第155話 死人達の活躍

■ムーアの町 黒龍


 ミーシャとリンネは狭い路地の角から、通りで騒ぐゾンビ達の戦いとアジトの裏口を両方見張っていた。


「リンネ、あの死人達はあそこから先には進まないのだな」

「そうさ、そこの通りを歩くようにとしか頼んでないからね」


 ミーシャにはリンネがなぜ死人を操れるかはいまだに解らない。それでも、サトルが思いついた死人や魔獣を操って騒動を起こすのが良い作戦だとは理解している。だが、既に死人だと相手にばれているようで、囲んでいる奴らはあまり仕掛けて来なくなっていた。仕掛けるときは駆け寄って、足だけを狙ってすぐに離れて行くのだ。足を切り落とされて動けない何人もの死人達が道の上であがいていた。このままだと騒動が終わって、アジトから出てきている手下どもが戻って来るだろう。


「リンネ、離れていてもお前のお願いは通じるのか?」

「ああ、大丈夫だよ。あたしの考えていることはちゃんと判るはずさ」

「そうか、ならば、あいつ等を周りの手下たちに襲い掛からせてくれ。攻撃されるのを待たずに追いかけさせろ」

「ふん、そうだね。このままだとみんな倒れちまいそうだからね」


 リンネは声に出さなかったが、通りで暴れている奴らをしばらく見ていた。


 -何だ、こいつ等いきなり! 

 -おい! 話が違うぞ! 離れていれば大丈夫じゃねえのか!?

 -畜生! やっちまえ!


 リンネの頼みはすぐに通じて、大人しくしていた死人が目の前に居る人間に向かって襲い掛かり始めている。迎え撃つ手下たちとの激しい戦いが再び始まった。


 これで少しの時間が稼げるはずだが、そんなに長い時間は持たない。ここの襲撃は今までのアジトとは全く違う。貧民街全体が敵になっているから、サトルがここのお頭を倒したとしても、逃げるときにも見つからないようにしなければならない。通りの騒ぎが終わってしまうと・・・、大勢の人間が死ぬことになるだろう。


-17発の弾が入った弾倉を8個もっているが、弾と人間どっちが多いのか?


ミーシャは通りから裏口に目を移し、サトルから預かっている銃を握って監視を続けた。


 §


 俺はアサルトライフルのレーザーポイントを階段の上に向けながら、木製の階段を慎重に上った。上の階の踊り場は廊下が無く目の前に扉が一つあるだけだった。下の階と同じ床面積なら、かなり広い部屋がこの奥にあることになる。


 さっき下で戦った男の連れが上に戻っているから、中で待ち構えているか別の出口から逃げたかのどちらかのはずだ。おそらく前者を採用したと俺は考えていた。扉の横まで移動して、スタングレネード(閃光音響弾)のピンを抜いて扉を開けた。部屋の中を見ることも無く投げ込んで、扉を閉めて後ろを向いた。


 -バーン!


 木製の扉の中から激しい音が響いて来た。すぐに立ち上がりアサルトライフルを構えて部屋に突入する。白い煙が立ちこめる部屋の中には、扉の横で二人の男がうずくまっていた。俺は問答無用で両足をアサルトライフルで撃ち抜いた。部屋の奥を確認すると、向かい合っておいてある長椅子を囲んで、三人の男が剣を杖のように使いながらふらついている。


 スタングレネードの爆音と閃光で方向感覚が無くなった三人も両足を撃って歩けないようにする。部屋の中は床でのたうち回っている5人以外に動くものは居なくなった。後ろのショーイも俺に続いて部屋に入り、中を見まわして入ってきた扉を閉めた。


 入った部屋は10畳程度の部屋でそれほど広くない。長椅子の横に奥の部屋へと続く扉があったので、近寄って取っ手を引いたが中から閂を掛けていて動かなかった。俺はアサルトライフルをフルオートにして木製の扉の真ん中ぐらいの高さに銃弾を叩きこんだ。マガジンを付け替えてから扉を引くと、軋みながら中の閂が折れて扉が開いた。


 入った部屋は手前の部屋の倍ぐらいある大きな部屋だった。入り口に向けて大きな机が置いてあり、壁際には沢山の書棚と小さな引き出しがたくさんついている棚が並んでいる。会社の事務室みたいな感じだった。見える範囲には誰もいなかったので、俺は銃口を机に向けたまま、ゆっくりと大きな机の死角になっていた場所に回り込んだ・・・が、誰もいない。


 部屋の中には入って来たところ以外には扉が無い上に、他に隠れることのできる場所も見当たらなかった。


 -さっき足を撃った奴らの中にこのアジトのボスが?いや違う、中から閂が掛かっていた。


「ショーイ、どこかに抜け穴があるはずだ。急いで探してくれ」

「抜け穴? そんなもの何処にあるんだ?」


 -だから、それを探せって言うてんねん!


 おバカなショーイを無視して、フラッシュライトの光を壁と床に当てて確認していくと、すぐに仕掛けがわかった。書棚の一つが横に動くようになっていて、木の床には動かした傷跡がたくさんついている。俺は声を潜めてショーイを呼んだ。


「この書棚を静かにそっちへ引っ張ってくれ」

「わかった」


 ショーイが引っ張ると書棚はスムーズに横に動いた。20㎝程隙間が来たところで、スタングレネードを中に投げ込んで壁際に隠れた。


 約2秒後に隙間から爆音と閃光が漏れて来た。ショーイと一緒に書棚を動かすと、書棚があった場所には、高さ1メートルぐらいの穴が壁に開いている。腰をかがめながら中に入ると部屋の中には明かりが無く何も見えなかった。ヘッドライトとアサルトライフルのフラッシュライトも点けて部屋の中を確認すると、手前の事務室より更に大きな部屋だった。白い煙が立ちこめてはっきり見えないが、応接セットや壁際にも長いテーブルがあるのが判った。そして、テーブルの横に小柄な男が両膝をついている。


 部屋の中には他に人が居ないことを確認して、その男に後ろから声を掛けようとしたが考え直した。


 -この男がボスだろう。こんな華奢な男が・・・、むしろ危険だ。


 タクティカルベストからテーザー銃を取り出して背後から撃ち、全身を痙攣させる高圧電流を流した。だが・・・、体が全く震えていない? 


 こいつは普通じゃない・・・死人か!? 組織の首領? 


 俺はアサルトライフルを持ち直して、フルオートで全弾を背中に叩きこんだ。着弾のショックで体が震えて前のめりになったが、痛みを感じている様子は無かった。


 首領は触れるだけで人を殺すことが出来る・・・、ゲイルのお頭がそう言っていた。近寄らせずに無力化させる必要があるが、銃弾ではとどめが刺せそうになかった。手榴弾で部屋ごと吹っ飛ばすか? いや、それでは部屋の中を調べられない。


 既に死んでいる奴を殺す方法・・・、待てよ、既に死んでいる?


 俺は銃口を男の後頭部に向けたまま、素早く近寄って男の肩に手を置いた・・・、目の前から男が消えた。

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