第154話 ムーアのアジト

■風の国王都ゲイルの宮殿


 サリナはサトルの言いつけ通りに安全運転で無事にゲイルの宮殿に悪い人たちを連れてくることが出来た。宮殿の隊長さんはチタから連れて来たと言ったら凄く驚いていた・・・、ひょっとすると言ってはいけなかったのかもしれない。サトルに叱られたらどうしよう・・・。


「それで、サトル殿はいつお戻りになるのでしょうか?」

「まだはっきりとしておりません」


 お兄ちゃんはここに戻る予定が無いことをはっきりとは伝えなかった。隊長さんは引き渡した後に、サリナ達を柔らかいソファーのある部屋に連れてきてくれて、お茶とお菓子を出してくれている。昔なら憧れるだけで食べることのできなかった砂糖の掛かった焼き菓子だ。だけど、今では硬くて口の中がザラザラする変な食べ物としか思えない。サトルと一緒にいる時間はいつも夢のようだった。食べ物もそうだし、いろんな新しい道具を使わせてくれる。早くセントレアに戻ってサトルに会いたいなぁ。


「そうですか。では、王からの依頼なのですが、皆さまにぜひ宮殿で暮らしていただけないだろうかと申しております」

「宮殿に住むのですか?」

「ええ、何か役職が必要でしたら、大臣かあるいはライン領の新しい領主になっていただいても結構です。ですが、お住まいはぜひ宮殿で・・・、こちらなら食事も十分ご満足いただけると思いますので」


 ここの王様もサトルを傍に置いときたいみたいだ。そういえば、バーンの代官も水の国の王宮で働くように勧めていた。そして、サリナのお母さんも火の国で・・・。


「お話は分かりましたがサトル殿が判断することですので、私から伝えておきましょう」

「ありがとうございます。ぜひ、前向きにご検討ください」


 サトルは何処に行っても人気者だ。サリナもエドウィンで会っていなかったら、きっと魔法が使えるようにはならなかった。サトルは勇者じゃないって言い続けているけど、勇者かどうかなんて今のサリナにとってはどうでも良いことだった。最初はお兄ちゃんに言われたから一緒に居るようにしたけど、今はお兄ちゃんよりもサトルと一緒に居たい。


 やっぱり早くサトルに会いたい。


■ムーアの宿 黒龍


 ムーアのお頭は机の椅子に座って外の騒ぎについて手下から報告を聞いていた。窓の無い狭い部屋は余分な調度品が一切無かった。机の周りには沢山の書棚があり、無法者たちのアジトと言うよりは事務仕事をする部屋のようだ。座っている男も細身で荒くれもののボスには見えない優男だった。


「それで、そいつらは走り出さずに通りを歩いて来ているだけなのだな」

「へぇ、こっちが仕掛けると反撃しますが、手を出さないと歩いているだけでした」

「なるほど、そいつらは死人だろう。ここに入って来ないようだったら、放っておいて構わない」

「良いんですかい!? 町に居た仲間はかなりやられていますぜ」

「木刀以外でやられた奴もいるのか?」

「ええ、近寄ると足を怪我する奴が何人もいました」


 おかしい・・・、俺が知っている死人使いの技なら剣を振り回す程度の事しかできないはずだ。


「オズワルド、お前が行って確認して来い。お前の魔法剣で近寄る奴らの足を片っ端から斬って歩けなくしろ」


 お頭は壁にもたれて手下の話を聞いていたもう一人の男に向けて指示を出した。


「相手は死人ですか? お頭。斬り放題ってことですね」

「そうだ、それから近くに死人使いが居るはずだ。他の手下も使って変な動きをしている奴が居ないか目を光らせろ」

「わかりやした」


 オズワルドと言われた背の高い男はニヤリと笑みを浮かべて手下と一緒に扉から出て行った。ムーアを任される男は閉まった扉を見ながら考えていた。


 死人が弓矢や飛び道具を使えるのか?だとすると、俺の知らない闇の魔法の達人と言うことになるが・・・、オズワルドに任せておけば大丈夫だろう。あいつは風の魔法剣で近寄らずに相手の手足を切り落とすことが出来る。固まっている死人達なら、一太刀で大勢の手足が飛んで行くことになるはずだ。


 男は死人達の件を頭から追いやり、手元の帳面に目を戻した。帳面には組織全体の収入と火の国に提供する傭兵の人数を確認するための数字が乗っている。思ったよりも傭兵の集まりが悪いことにいらだっていた。首領からは期限までに人を集めるように厳命されている。報酬を引き上げるしかないだろうが、手元の金貨に余裕も無かった。何か、新しい金づるが必要になって来るのは間違いない。予定より少し早いが・・・。


 -チリン チリン


 男は卓上に置いてあるベルを使い、扉の外側で待機している手下を呼んだ。


「まとまった金が要る。この国で一番金持ちの子供を攫って来い」

「わかりました」


 手下の男は短い指示ですべて理解したはずだ。既に案は授けてあるから誰を襲い、幾らの身代金を要求するかも理解している。後はいつ実行するかだけの問題だった。


 §


 俺が扉を少し開けて中を覗くと、階段の横に立っている男と目が合ってしまった。男は躊躇せずに腰の剣に手をかけて抜こうとしている。


 -プシュッ! -プシュッ! -プシュッ!


 俺は右手のハンドガンで胸を狙って3発撃ちこんだ。木の床に空薬莢が落ちる音がして、剣を抜いた男が前のめりに倒れてくる。ここの見張りは迷わずに俺を斬ろうとしていた。見たことない奴は全て敵だと認識しているようだ。不本意だが、こちらもそれで行くしかない。


 入った場所は部屋では無く階段の奥に廊下が伸びていて、部屋がいくつかあるようだったが、さっきの足音から考えて扉の奥に消えた男が上に向かったのは間違いない。倒れている男は既に死んでいたので、ストレージに入れて完全犯罪に仕上げておく。


 階段をショーイと一緒に静かに上って行くと、もう一つ上の階も同じような構造だった。階段と奥に続く廊下がある。ここのボスは上なのか、それともこの階なのか・・・、確認してから上がるしかないだろう。


「ショーイ、この階の部屋を確認するから階段を見張っておいてくれ」

「わかった。手加減は出来ないが構わないな」

「ああ、出来るだけ声を出させるな」


 表の騒動で手薄だとは言え、ここは敵の本丸だ。手加減をしている余裕は全くなかった。俺はヘルメットのヘッドランプを点けて、薄暗い廊下へ足を踏み入れた。廊下の片側に4つの扉がある。さっきの見張りがいきなり襲い掛かったことから考えても、ここに一般の客が止まっていることは無いはずだ。俺は一番手前の扉に耳を当てたが、中からは何も音が聞えて来ない。扉を押して中を見るが真っ暗な部屋の中で動くものは無かった。サブマシンガンに装着したフラッシュライトで照らすと、ベッドが四つと床に酒瓶が転がっているだけの部屋だった。どうやら、手下のための部屋に使っているようだ。


 残りの三つも慎重に確認したが、どれも同じような部屋で中には誰もいなかった。おそらく、外の騒ぎを見に行っているか、この宿以外のところでよからぬことをしているのだろう。最後の部屋を確認して廊下に戻ると、壁際に張り付いたショーイが止まるように手で合図をしている。ショーイが見ている上の階段から人が下りてきたようだ。


「よお、いい機会だからお前らに死人相手の戦いを教えてやるよ」

「オズワルドの兄貴は死人とやり合ったことがあるんですかい?」

「いや、その時の死人は・・・」


 階段の上から聞えてきた声と足音が止まった。ショーイが刀を鞘から静かに抜いて俺のいる方に半歩下がって来る。俺はショーイの斜め後ろに立ち、階段の踊り場にサブマシンガンの銃口を向けて構えた。


 どうやら、敵が俺達に気が付いたようだ・・・。


 5秒ほどの静寂が長く感じた・・・、だが、踊り場に大きな影が剣を横に薙ぎ払いながら飛び出してきた。俺はトリガーを引く寸前で止めた。射線上にショーイが飛び込んで相手の剣を刀で受けていたのだ。


 二人は相手に振り切らせないように連続して剣と刀を振い、硬い金属がぶつかる音と大きな足音が響いていく。二人とも狭い空間で自由に動けないはずだが、素早く移動しながら何度も剣と刀を交えている。


 刀を振るショーイの向こうに相手が居るために俺はトリガーが引けなかった。それでも、レーザーサイトの光を相手の男に合わせながら、トリガーに指をかけてショーイが離れるタイミングを待った。二人が同時に踏み込んで鍔迫り合いが始まった時に態勢が入れ替わり、相手の男の背がこちらに回ってきた。素早くトリガーを3回引き絞り男の腰あたりに9㎜弾を叩きこんだ。


「グアゥッ!」


 男から力が抜けたところをショーイが突き放して、刀で袈裟懸けに首筋を斬った。首から血しぶきを噴き上げた男は膝を着いてから前のめりに倒れて行く。


「大丈夫か?」

「ああ、危ないところだった。こいつがここに居るとは・・・」

「知っている奴なのか?」

「元は王宮武術士だった男で俺の親父の弟子の一人だ」


 ショーイは複雑な表情で倒れた男の背中を見ていた。


「もう一人いたはずだよな」

「階段の途中で俺の気配に気が付いて、一人は上に戻ったようだ」

「じゃあ、既に潜入がばれてしまったと言う事だな」

「そうだと思う、この男はここのお頭の傍にいたはずだ」


 どうせばれているなら、派手にやって行くしかないだろう。俺は倒れている男をストレージに入れてから、銃をアサルトライフルに持ち替えて、さらに上の階を目指して階段を登り始めた。


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