第153話 貧民街の騒乱
■ムーアの宿
俺達はショーイと別れて教会の近くにあった綺麗な宿に3人で入ることにした。もちろん昼間から綺麗な女子2名と楽しいことをするためでは無い。夜の襲撃について事前の準備と打ち合わせをするためだ。俺は睡眠不足を補うためにストレージで少し昼寝をさせてもらったが、それは3人には内緒にしておいた。
ショーイは一人で貧民街の偵察に行って2時間ほどで戻って来た。
「やっぱり難しい場所だ。俺が一人で行ってもすぐに目をつけられた。やばそうな奴らが遠巻きに見ていたから、結局は貧民街の入り口で少し酒を飲んで話を聞けた程度だ。よそ者が行くとすぐに囲まれるのは確実だ」
「一人でもそうなのか・・・、夜は人が減っているかな?」
大勢で行くよりも土地勘のあるショーイ一人の方が良いと本人が言って一人で偵察に出かけたのだが。
「いや、あの感じじゃ夜も同じだろう。昼間から路上で酒を飲んで、ばくちを打っている奴らが大勢いる。俺が入った飲み屋で黒龍の宿のことを話題に出したら、みんな口を
「貧民街の入り口からあいつ等のアジトまではどのぐらいあるんだ?」
「ほぼワンブロックだな」
300メートル以上の距離で戦いながら歩くのはリスクが高すぎる。貧民街はムーアの南西の角で反対側は城壁だから入り口は一か所しかない。町ごと破壊することも出来るだろうが、黒い死人達以外の人間も居る訳だからそこまでの無茶はできない。
「ところで、俺が言ったような場所はあった?」
「ああ、空き家は無かったが、貧民街の手前に立替中の建物がある。そこなら外から見られずに準備ができるだろう」
「よし、じゃあ日が落ちて2時間ぐらいたったらその建物に行こう。それまでは、体を休めて休息をとってくれ」
「どんなふうに押し入るつもりなんだ?」
「そうだな・・・、俺とショーイが表から行って、裏口をミーシャに見てもらおう。リンネは立替中の場所で待っててくれれば良いよ」
「あたしは連れてってくれないのかい?」
「リンネも来てもいいけど、危ないよ。まあ、護衛を用意するから大丈夫だと思うけど」
「じゃあ、あたしもついて行くよ」
リンネが死ぬことは無いから本人の意思を尊重した俺は笑顔で頷いた。
「貧民街に入れば宿までに必ず襲われるぞ。それはどうするつもりだ?」
「それは大丈夫。俺達に構っている余裕は無いはずだから」
「?」
アジトの下見が出来ないので、最後は強引に押し入る形になるが仕方ないだろう。俺もこれ以上の危険を冒すつもりは無いから、相手の犠牲は気にしないことにした。
§
俺達は20時過ぎにショーイが見つけてくれた立替中の建物の中で準備を始めた。最初に木刀を50本ストレージの中から取り出して建築資材の大きな石の上に並べて置く。その後にゲイルで倒した黒い死人達の死体を10人床に並べた。
「じゃあ、リンネはこいつらに木刀を持たせて、俺が合図したら奴らのアジトにむけて歩かせてくれ」
「良いけど、途中で襲われるんだろ?その時はどうするんだい?」
「襲ってくる奴らには遠慮はいらない。木刀で殴っていい」
「ふん、わかったよ。だけどこの子たちもみんな血だらけだね」
リンネの言う通り顔や胴体の銃痕から血が流れる死体ばかりだった。リンネは地面に片膝を着いて、一人ずつ立ち上がらせていく。立ち上がったゾンビ達は用意した木刀を持って部屋の隅に集まって立っている。
俺が取り出した50人の死体がすべて木刀を持って戦う用意が出来た時には、建築中の建物はゾンビがすし詰め状態になっていた。
「良し、ここを出て通りを歩かせてくれ。できるだけ立ち止まらせずにアジトの方に向かうようにな」
「わかったよ。 じゃあ、あんた達はもう少し頑張っておくれよ」
リンネの声を聴いてゾンビ達はぞろぞろと建物を出て左にある貧民街に向かって歩き出した。俺達は30メートル程離れて後ろをついて行く。貧民街の路上では、あちこちで火が焚かれていて、宴会をしている奴らが沢山いるのが見えていた。
ゾンビたちは不規則な隊列だが同じ歩調でゆらゆらと木刀を持って歩いて行く。先頭のゾンビが貧民街に入ると、目ざとく見つけた奴らが騒ぎ出した。
「おい、お前ら。手に物騒なもの持って何処に行くんだよ・・・。おい! そこのお前だ。何とか言ったらどうなんだ!」
ゾンビに吠え掛かっているが、当然ながらゾンビ達は全く返事をせずに同じ歩調で貧民街の中を進んで行く。怒った三人の男が無謀にもゾンビの前に立ちはだかろうとした。生きている人間なら、避けたり止まったりするのだが、ゾンビ達は躊躇せずに目の前の男に真正面からぶつかった。
「ふざけんな! おい、お前! 畜生、ぶっ殺してやる!」
ぶつかられた男が腰の剣を抜いて袈裟がけに先頭のゾンビに斬りかかった。首筋に剣が深く食い込んで普通なら致命傷かもしれないが、木刀を持つ手は無傷だった。ゾンビは無造作に右手を持ち上げて男の首筋に叩きつける。
「グァゥッ!」
最初の男がやられたのを見て、二人の男が参戦してゾンビ達に斬りかかった。ゾンビ達も敵だと認識したようで、歩みを止めずに切られながら男を木刀で殴りつけていく。斬ったはずの相手が痛がりもせずに、殴り返してきたことで男たちはようやく異常さを理解したようだ。
「こ、こいつらおかしいぞ。斬ってもとまらねぇ。に、逃げろ!」
最初にやられた男を引きずりながら男達は足早に逃げて行く。ゾンビの隊列は何事も無かったように、行進を続けて貧民街の通りを進んでいる。すぐに同じような男達が立ちはだかり、同じやり取りをしてゾンビの体をいくつか傷つけるが、同じように痛い目を見て逃げて行く。
それでも貧民街を100メートルほど入ると、ゾンビを囲む相手が増えてきて、中には死人であることに気が付いたやつが居たようだ。
「おい、こいつ等は襲ってくるわけじゃねえ。後ろから斬ったらすぐに逃げろ」
知恵のある奴の意見でゾンビ達を自由に歩かせて、後ろ側に5人ほどが回り込んできた。ゾンビ達は攻撃されない限り完全に無視して歩き続けて行く。男達は後ろから剣を振りかざして・・・。
-プシュッ! -プシュッ! -プシュッ! -プシュッ! -プシュッ!
「ガァッ! 足が、足が痛ぇ」
「何が起こった?」
「こいつらの仕業だ! 気をつけろ!後ろもやばいぞ!」
後ろに回ってきたやつら、すなわち俺とミーシャの前方に来た奴らの足をサプレッサー付きのハンドガンで撃ち抜いた。俺達は通りの端をできるだけ目立たないようにゾンビ達の後を追い掛けている。暗い通りの壁際から消音器付きの銃を使うと、撃たれた奴は何が起こったか理解できずに、全てをゾンビの所為だと勘違いしてくれた。
だが、かなりの人数がゾンビを取り囲んで一緒に歩いて行くようになった。襲い掛からない限りは反撃しないことがばれてしまったようだ。もう少し刺激が必要なのだろう。そろそろプランBを発動させよう。
「ミーシャ、横と前に居る奴らも何人か手足を撃ち抜いてくれ」
「承知した」
通りの反対側を歩いているミーシャに無線で声を掛けて、ゾンビを囲んでいる奴らの足を狙って撃ち始めた。
-グワッ、 ギャッ! 痛てぇ! 何だ! 畜生やっちまえ!
囲んでいるだけで足に激痛が走った奴らが、ゾンビの攻撃と判断して襲い掛かり、ゾンビが容赦なくそれに反撃する。その間も隊列はひたすら前進していく。乱戦が続いてゾンビ達が通った後に倒れているやつが増えてきたが、今のところゾンビ側に行動不能になった奴はいなかった。既に死んでいる奴らに怖いものは無いのだ。
貧民街の通りはゾンビを中心とした騒乱が広がって行き、飲み屋や売春宿に居た男達も戦闘に参戦して喧噪に拍車がかかった。俺とミーシャは目立たない範囲でゾンビ達の援護射撃をして、騒乱を煽り続けた。男たちの怒声と血や汗が飛び交い、隊列の進みがどんどん遅くなってきたが、通りの突き当りにある目当ての宿屋-黒龍が近くに見えてきている。
「ミーシャ、そろそろアジトの前まで行くから、ミーシャ達は裏にまわりこんで」
「承知した。アジトの中は気を付けろよ」
「ありがとう、ミーシャもね」
俺とショーイはゾンビと戦う男達を取り巻いている大勢のやじ馬の中に紛れ込んで、ゾンビの集団を追い越した。
振り返って人だかりを見たが、みんなゾンビとの戦いに夢中で俺とショーイ、反対側に居るミーシャとリンネに注意を払う奴は居ないようだった。宿の前にも大勢の人が並んで、騒乱を眺めて話をしている。
「あれは一体どうなってやがんだ!? 斬っても痛がりもしねえぞ」
「判らねえ、とりあえずお頭に報告してくる」
「ああ、俺達も武器を用意して準備すると言ってくれ」
男達は黒龍の扉を開けて中に入ったので、俺達も続いて宿の中に入った。1階は飲み屋になっているようだが、飲みかけのカップがテーブルの上に置き去りされて誰も座っていなかった。みんな外の様子を見に行っているのだろう。武器を準備すると言った男達は店の奥に入って行き、お頭に報告すると言った男はカウンターの横にある階段から2階に上がって行った。少し遅れて俺達も2階に上がると、男は廊下の一番奥にある扉の中に入るところだった。
すぐに追いかけて扉に耳をあてて中の様子をうかがう。階段を上る足音が中から聞こえる。どうやら部屋では無く、別の場所へつながる階段があるようだった。
俺は薄暗い廊下の奥にある扉を少し開けて中を覗いた・・・。
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