第152話Ⅰ-152 ムーアへ

■シモーヌ川


 船を走らせているシモーヌ川はショーイの解説によると火の国と水の国を結ぶ物流の大動脈になっているそうだ。確かに川幅も広くすれ違う船の数も多い。もっとも、こちらの速度が速すぎるからそう感じるのかもしれないのだが。


 今回も船底にスクリューの付いていないジェット推進タイプのプレジャーボートをチョイスしてある。川幅が広いとはいえ水深が判らないので、浅瀬でも突破できるようにしたかったのだ。エンジンを響かせて水上を走っている俺達を見かけると、すれ違う船に乗っている船員たちは、荷物の陰に隠れてしまう。どうやら、こちらを船ではなく魔獣か何かだと思っているようだった。


 ボートの操縦は丸いハンドルとスロットルレバーを操作するだけで、非常に簡単かつ快適だった。睡眠不足の顔に朝の爽やかな風が当たって良い眠気覚ましにもなる。車よりも乗り心地が良いかもしれない。ミーシャたちもクッションの良いシートに座って、のんびりと川辺の景色を眺めている。波の無い川はカーブも少なかったので減速すること無くひたすら走ると2時間ほどで遠くに大きな橋が見えてきた。


 俺は急減速して左の岸へ船を近づけた。シモーヌ大橋のたもとには船着き場があるらしいが、そこには兵士が沢山いて火の国に入るものをチェックしているそうだ。犯罪者が通れるんだから俺達も行ける気がしたが、火の国の証明書が無い人間は簡単には通さない方針らしい・・・。船に乗る前にショーイが教えてくれれば、死人達から証明書を奪っておいたのだが・・・、睡眠不足で俺もそこまでは気が回らなかった。


 都合のよい川べりの浅瀬を見つけて船を乗り上げて船首から降りて行った。リンネはショーイの手を借りてお姫様のように降ろしてもらっていた。そういえば、リンネは火の国行きに当たり前のようについて来ているが不満は無かったのだろうかと今更ながら気になった。


「ここから少し歩いて車に乗れる場所を探す。ムーアは南の方角で良いんだよな」

「少し西だがほぼ南だ。しばらくは俺が先導するよ」

「わかった、そうしてくれ」


 プレジャーボートをストレージに収納して、ショーイを先頭に川の土手を登って行く。土手を越えると雑草の生えた荒れ地と畑が混在しているエリアだった。途中で街道に入るつもりにしているが、バギーで走るにしても草が多すぎてここでは進めそうになかった。荒れ地と麦畑の間を1時間近く歩くとようやく草の少ない土地に出た。


「よし、じゃあ、ここから車に乗って行こう。一旦街道に出て、関所があるところは迂回すれば大丈夫だろう」

「関所の近くは森や林にも兵士が居るはずだから気を付けてくれ」

「了解、ミーシャは俺の横で前方に何かあればすぐに教えてよ」

「承知した」


 4輪バギーは荒れ地の雑草を踏み越えて順調に走り出した。シモーヌ大橋からムーアの町は馬車で半日なので30㎞程度のはずだ。バギーを使えば1時間以内には町が見えてくるだろう。


 西に向かって5分ほど走るとすぐに街道に乗り入れることが出来た、一気に速度を上げて街道を爆走していく。途中で何台も馬車を追い越したので、何らかのうわさが広まるのは確実だが仕方がない。だが、街道を走れた時間は5分ほどだった。


「車を止めてくれ関所があるぞ」


 緩やかな起伏の続いている街道の先に黒くなっている場所をミーシャが指さしている。俺はハンドルを左に切って雑木林の中にバギーを止めた。関所までは1㎞以上離れているが、気付かれた可能性もある。何といっても、この世界には存在しないエンジン音を響かせて走っているのだ。


 雑木林の中でバギーを収納して、関所を左から回り込むように進み始める。手にはサブマシンガンを持ち、ヘルメットも装着してある。ミーシャにもアサルトライフル渡したので、100人単位の兵士なら相手が出来るはずだ。もちろん、戦闘は避けたいと思っているのだが・・・。


「右から馬と人が走って来るぞ」


 ミーシャが言った方角をみるが何も見えなかった。とりあえず、急ぎ足で反対の方向に進んだが、逃げても追いつかれそうな気がしている。100メートル程移動して振り返ると林の中を走る3頭の騎馬兵が見えた。


「ミーシャ、馬のお尻を撃ってよ」

「わかった」


 ミーシャはすぐにアサルトライフルを構えてトリガーを引いた。空気の漏れるような音がサプレッサーから3回鳴って、遠くで馬のいななきと兵士達の喚き声が聞えてくる。ミーシャはいつ狙ったのか判らない速度で3連射を正確に命中させていた。尻に激痛が走った馬が暴れ出して乗っていた兵士達は地面に叩き落された。


「よし、今のうちに進んで行こう」


 足早にその場を立ち去り林の奥へと進んで行った。20分ほど東へ移動して様子を伺ったがミーシャが大丈夫だと頷いてくれたので、南に向かって歩き始めた。林を抜けたところでバギーに乗って南へ走れるだけ走ってから街道に戻ることにした。林の先はしばらく起伏のある草原が続いていたが、土地が平らになったあたりからは綺麗な麦畑が広がっている。街道に戻った後は少し速度を落としてバギーを走らせたが、10分も行かないうちに次の関所が見えてきた。


 街道の両側は広大な麦畑が広がっているので、畑の中を通っている細い道を歩いて関所を迂回することにした。麦畑は1メートルぐらいの高さしかないから、ミーシャを先頭に中腰で素早く移動して街道から遠ざかって行った。


「ショーイ、関所はここで終わりかな?」

「俺がこの国を出るときはここが最後の関所だった。だが、ムーアに入るところでは大がかりな検問がある」


 町に入るときには作戦が必要だが、その前にこの関所を迂回しなければならない。ミーシャは関所からかなり離れた場所まで畑の中を移動していく。30分ほど東に移動してからようやく南に向かって進み始めた。1時間以上をかけて関所を迂回すると、小高い丘の上からは遠くにムーアの町が見えていた。セントレアほどではないが、城壁のある大きな町のようだ。


 そこからはバギーを使わずに徒歩でムーアに向かうことにした。1時間弱でムーアに入る検問所が見えてきた。検問は門の外にある大きな小屋と小さな小屋でやっているようだった。馬車や馬に乗っている者は大きな小屋の前で、徒歩の者は小さな小屋の前にそれぞれ並んでいる。徒歩の人間も一人ずつチェックされているようで長い行列が出来ていた。


 このままでは証明書の無い俺達は入れないから、俺はここで一騒動起こすつもりにしていた。列の最後尾から100メートルぐらい離れたところで木立の陰に4人で入った。


「リンネ、氷獣の狼を出すから、俺の後ろを走って追い掛けるようにしてくれるか?」

「追いかけるっていうのは、どんな感じだい?」

「そうだな、噛まない範囲で俺に襲い掛かるイメージで行こうか」

「追いかけるけど噛まない・・・。やってみようか」


 少し頼りなげなリンネの返事が心配だったが、騒動を起こすにはリンネの協力が必要だ。俺はストレージから森の国で倒した氷獣化した大型狼の死体をリンネの前に取り出した。


 リンネが右手を狼の首筋に置いて目を閉じると狼が起き上がって、俺を見て唸り始めた。用意はできたようだ。


「3人も俺の後を追い掛けて、町の中に入ってくれ。ミーシャは無線の電源は入れっぱなしにしておけよ」

「承知した」


 俺は立ち上がって行列に向かって走り出した。後ろを振り向くと巨大な狼がついて来ている。俺は息を吸い込んで大声を上げた。


「ば、化け物だー!に、逃げろー! 早く町の中に逃げるんだー!」


 行列に並んでいる人々が俺の声を聴いて振り向いた・・・。


 -ウワー! な、なんだあれは! 化け物だ! 逃げろー!


 人間をはるかに上回る全長4メートルの魔獣化した狼を見た人々は一瞬でパニックになってくれた。阿鼻叫喚が巻き起こり行列が一瞬で崩れて町に向かってばらばらに走り始める。俺は走る人の後方で程よい位置をキープしながら、混乱する行列に続いて走り続けた。小屋からは兵士が剣と槍を持って出てきて、検問所を突破しようとする人々を制止しようとしたが、あっという間に人の流れに押し込まれていった。


 狼にしては不自然な遅いスピードで追いかけてくるのだが、サイズがでかいのでゆっくりでも十分な迫力がある。後ろを走る狼を目にした兵士達は剣で斬りかかることも出来ずに呆然としている。


 検問所と城門を大勢の人間と一緒に通過した俺と狼は、混乱して逃げ惑う人々を追いかけて町に入った。俺は大通りを走りながら路地を見つけて、右側にあった建物の裏側に走り込んだ。細い路地を何度か曲がって前後に人目が無いことを確認して立ち止まると、後ろの狼も唸りながらその場で止まった。すぐに近寄ってストレージに狼を戻しておく。ついでに目立たないようにマントを着てフードも被った。猿芝居が見破られて、俺を探している奴が居るかもしれない。


「ミーシャ、3人も町に入れたか?」

「ああ、私たちも入った。検問所の兵士が狼を追いかけていたが大丈夫か?」


 無線からミーシャの注意を聞いて後ろを振り向いたが誰もついて来ていない。入った路地は城門付近からは少し奥まった場所にある大きな建物が密集した場所だったが、人通りは多くなかった。


「大丈夫のようだ。教会の前で合流しよう」

「わかった」


 大通りに戻るとまだ走り回っている人や兵士が大勢いるのを横目で見ながら、何気ない顔で町の中心にあると言う教会を目指して歩き始めた。


 何とかムーアの町に入ることが出来た。帰りも一工夫必要だろうが、最悪の場合は強行突破するつもりだった。異世界での生活がどんどん大胆かつ過激になって行くのを俺は感じていた。


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