第150話Ⅰ-150 夜間工作
■水の国王都セントレア
背の低い男はシャツの裾をズボンの中に入れながら、短剣を二本刺した革帯を腰に巻き付けようとしていた。俺が近寄ると向きなおって、いぶかしそうにこっちを見ていた。
「お前らが使いなのか・・・、初めて見る顔だな・・・」
「ああ、急ぎの件で急に来ることになった。これが証だ・・・」
俺は手首の上に貼ってある六芒星のタトゥーシールを見せながら近寄った。
「そうか、急ぎってのはなんだ?」
「ああ、ゲイルのアジトが襲われて頭も手下も全滅した」
「ぜ、全滅!? この間の倉庫の件とは別か!?」
「判らないが、これを渡せと・・・」
「グッゥー! チィッ! 」
俺はマントの下から物を取り出すふりをして、テーザー銃で男の胸に高圧電流を流した。だが、男は人間離れした動きですぐに腰の短剣を抜いてテーザー銃のワイヤーを切った!男は俺の胸に向かって短剣を伸ばして踏み込もうとしている。
-プシュ! プシュ!
男の驚異的な動きもそこまでだった。ミーシャが冷静にサプレッサー付のグロックで両腿を撃ち抜くと、その場に両手をついた。
「ガァ! 畜生、何をしやがった!」
喚き始めたので足の方に回り込んでスタンガンを5秒ほど当てて、完全に動けなくしてから手錠をかけた。一旦路地裏に連れ込んで死体袋に入れてからリヤカーに乗せた。路地の奥から人気の無くなった通りを進んで、南門からセントレアの町を出て行く。入市税の無い王都の門には夜になるとお飾りの兵さえいなかった。
人目が無いことを確認してからピックアップトラックを呼び出し、荷台に男が入った死体袋を乗せて荷物を固定するネットで抑え込んだ。尋問はチタまで行ってからじっくりと行うつもりだ。
■チタの町 黒い死人達のアジト
ショーイはハンスとハンバーガーを食べながら今後の相談をしていた。それにしても、サトルの出してくれる食事はこの世のものとは思えないうまさだ。アイツが勇者で無くても、サリナは一生ついて行きたくなるかもしれない。
サリナとリンネは奥の部屋で娘たちにお菓子やハンバーガーを与えて慰めている。サトルが部屋を片付けて、寝心地の良いベッドを何台も並べたからゆっくり休めているはずだ。
「ハンス、お前はマリアンヌ様を助け出しには行かないんだよな?」
「ああ、そうだ。魔竜討伐が終わるまでは炎の国に行くことも無い」
「良いのかそれで?」
「・・・良いも悪いもないのだ。サリナと一緒に勇者を探して魔竜を討伐する。それが母上様から俺に託された唯一の事だからな」
ハンスはマリアンヌ様が南にある獣人の国から赤ん坊の時に連れて帰って来た子供だった。炎の国では獣人は人として認められていなかったが、マリアンヌ様はそれが間違っていると言って、周りの者に人として接するように命じ、わが子としてサリナと分け隔てなく育てた。
「だが、サトルやミーシャに力を貸してもらえば、マリアンヌ様もキアヌ様も助けられると思わないか?」
「それは絶対にダメだ。勇者の力を魔竜討伐以外に利用してはいけないのだ」
「だけど、こいつらを倒すのも魔竜討伐とは関係ないだろ?」
「黒い死人達の件はサトル殿が自ら決められたことだ。勇者はその心のままに・・・、教会の教え通りだ」
確かにショーイやハンスがサトルに頼んだわけでもなかった。成り行きで・・・、いや違う!すべてこいつの所為だ。こいつが黒い死人達に居るはずの俺を探しに来て捕まったから、サトル達が巻き込まれているのに・・・、まったく良く言う。昔からハンスはクソまじめで融通が利かない男だが少しずれている。
「だが、魔竜がいつ、どこで復活するかも判らないんだろ?それまで、何をするつもりなんだ?」
「私たちはサトル殿について行くだけだ」
「そうか・・・」
要するにサトルが決める事には従うと言う事なら・・・
-ドン! ドン! ドン!
「来たようだな」
「ああ、私は奥の部屋に入っておく」
攫われた娘たちは今日の晩に火の国に船便で運ばれる予定だった。夜がすっかり更けたこの時間に裏口の扉を叩く大きな音が倉庫内に響き渡っている。ショーイは裏口に近づいて中から声を掛けた。
「そんなに強く叩くな! うるせえぞ」
「何で、扉に閂なんかかけてやがる!」
大きな両開きの扉を開けてやると、怒った男が3人入って来た。
「ああ? ゲイルの件は聞いていないのか?」
「ゲイル? 何の話だ?」
「5日ほど前にアジトの倉庫が襲われて跡形もなくなったらしいぞ。だから用心のために閉めているんだよ」
「チッ! 面倒臭え話だ! 俺達を襲うなんてどこの狂人の仕業だ・・・、お前、見ねえ面だな、他の奴らも・・・、いつもの奴らは何処に行った?」
「ああ、俺達は最近雇われたんだ。ここの奴らは奥で女たちとお楽しみだ。そっちは船に何人乗っているんだ?酒を差し入れてやるよ」
「そいつはありがてぇな。後3人いるから酒は多めに頼むぜ。女も早く支度させ・・・、手前ぇ!」
ショーイは男に最後まで言わせずに腰から抜いた刀の峰で3人の男の首筋を連続で打ちすえた。
「あんた、良い腕してるねぇ」
「俺は外の奴らを倒してくるから、サリナと二人で動けないようにしておけ」
いつの間にか後ろに居たリンネに倒した男の後始末を頼んだ。倒れた男達が持っていたランプを片手に船に乗り込んで、船の上でタバコを吸って待っていた男達を挨拶無しで叩き伏せる。重たい男達を一人ずつ桟橋から引きずって倉庫の中に連れて行くと、サリナが手かせをはめて行く。足と口にも銀色の布のようなものを巻き付けて、完全に動けなくするとサリナは満足した表情を浮かべた。この娘はサトルの不思議な魔法道具を当たり前のように使いこなしているが、ショーイには何をしているのかが殆ど判っていなかった。
「サトルはそろそろ、戻って来るのか?」
「うーん、後1時間ぐらい! この針が一番上で重なるまでに戻って来るはず」
サリナはサトルからもらった腕に付けた魔法道具を見て嬉しそうに返事をした。この時計と言うのを見れば時間がすぐにわかるらしい。太陽や教会の鐘の音が無くても時間が判る魔法だが、サトルの魔法の中では大したものではないのだろう。ショーイ達全員に同じものをくれたが、ショーイにはどう使うものなのかが全く理解できなかった。
あと1時間か、サトルは相手に気付かれないうちに次を叩くと言っていた。おそらく、次は火の国のアジトを狙うはずだ。それもすぐに動くだろう。サトルの馬車は馬の2倍以上の速さで移動できるから、すぐに動けば敵に情報が伝わる前に攻撃できる。
問題は火の国にどうやって入るかだ。あの国は他の国とは全く違う。街道沿いは兵士が沢山いる関所が何か所もある。不審な動きをすれば容赦なく矢を射かけてくるやつらだ。それにアジトがあるはずのムーアの町も出入りが厳しい。
だが、サトルなら何とかするだろう。理解できなくてもサトルの魔法なら何でもできるような気がしていた。
火の国に入ればマリアンヌ様の情報を掴むことも出来るだろう。そして、マリアンヌ様の話を聞けばサトルは・・・
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