第145話Ⅰ-145 チタの町

■ゲイルの王宮


 風の国の王であるワグナーは、サトル達が討伐したと言う黒い死人達についての報告を執務室で近衛隊長から受けていた。執務室の扉は壊されたままだが、机やテーブルは埃を拭けばそのまま使えた。


「生け捕りにしたものが100名余りですが、半数は助からないと思います。それに、既に死んでいた者は魔法で消し去ったのですが、そちらもかなりの数に上ると思います」

「魔法で消した!? それは、どういう意味なのだ?」

「手で触れると死体が消えたのです。魔法だと言っておりましたが・・・」


 死体を消す魔法?だが、あの者たち使った魔法はいずれもこの世のものではない。今更、驚くほどの事でもないのだ。ワグナーは自分にそう言い聞かせた。


「それで、あの者たちは何処へ行ったのだ?」

「わかりません。『朝から町を出るから、拠点にしている宿が燃やされないように見張っておいてくれ』と言っておりました」

「それで、言う通りにしてあるのか?」

「いえ、陛下のお許しを得てからと思いまして」

「すぐに言う通りにするのだ! 万一、拠点が燃えるようなことがあればどうするのだ!」


 この王宮に3名で押し入って、50名近い兵を倒していく奴らの怒りを買う事だけは避けたい。


「よろしいのでしょうか?あのような素性の分からない者たちのいう事を聞いても?」

「良い! それとも、そなたはあの者たちを取り押さえる自信があるのか?」

「それは・・・」

「それに、奴らは悪人を狩りに行っておるのじゃろう? ならば、王の務めとして協力してやるのじゃ」


 ワグナーは強がりだけで言っているわけでは無かった。先日の襲撃は恐ろしかったが、兵の命を奪うことも無く、叔父上の不始末を咎めに来ただけだった。今のところ、敵に回す相手ではないし、いずれにしても勝てる見込みのない相手なのだ。


「それよりも、あの者たちを我が国にとどめる方法を考えよ」

「我が国にですか!? 召し抱えられるおつもりですか?」

「それが良いな・・・、 何か役職と金を与えて、望むなら宮殿に住まわせても構わぬ。うむ、それが良い! 是非、ここで暮らすように頼んでみてくれ!」


 あの者たちが宮殿に入れば、何かの時には守ってくれるかもしれない。敵にするよりはずっと良い案だとワグナーは思った。


「わかりました。あの者たちが戻り次第伝えておきます。それに、拠点の方も今から警護の者をつけておきます」


■水の国 チタの町 黒い死人達のアジト


 チタの町で黒い死人達がアジトに使っている倉庫はシモーヌ川という大きな川沿いに立っていて、倉庫の裏にある桟橋から荷物を運べるようになっている。シモーヌ川は火の国と水の国を結ぶ重要な水路で、多くの荷がこの川を使って運ばれていた。


 犯罪者にとっても水路の重要性は変わらなかった。さらって来た人間を運ぶときには主に船を使っていたのだ。船なら逃げにくいのと人目にもつかないのが大きな理由だった。それに、さらった人間は出来るだけ遠くに、出来れば国外に売る方が良い。そういった意味で、4つの国の中心に近い場所にあるチタは人身売買の中継点としては打ってつけの場所だった。


 アジトの中では、今日も南方のバーンから攫って来た若い二人の娘を連れてきた男がもう一人の男に話しかけていた。


「次の荷はいつ出すんだ?」

「明日の予定だ、全員火の国へ送る」

「そうか、お頭は何処に行ったんだ? 金が欲しいんだけどよ」

「ほら、金はおれが預かってる。お頭はセントレアに行ったよ」

「チェッ! 銀貨5枚かよ! しけてるなぁ」

「だったら、お前も風の国から回って来た回状の奴らを狙えよ。金貨百枚の懸賞首だぞ」

「なんだそれ! 詳しく聞かせろよ!」


 男たちは回状を見ながら獣人とハーフエルフを捕らえて金貨100枚を貰える夢を見始めていた。こいつらを見つけることさえできれば・・・


 ■チタの町


 俺達は昼前にはチタの町へ到着した。チタの町はセントレアから馬車で1日、ゲイルからセントレアまでは馬車で5日ほどだ。車でも5・6時間と言うところだが、セントレアを経由しない近道があったので、4時間ほどで到着することが出来た。


 アジトの偵察に行く前にチタの町を見ておくことにした。6人で歩くと目立つので、3チームに分けて無線を持っている。俺はリンネと二人になっていた。残りはハンスとミーシャ、ショーイとサリナのコンビだ。他のチームは女性陣が無線を持っているので、何かあればいつでも連絡が出来る。


 チタの町は事前に聞いていたとおり、荷馬車がたくさん走っている。町の中心にある教会から続く大通りの先が船着き場や倉庫になっているようで、大通りには店や食堂が軒を重ねている。


「リンネはこの町には来たことがあるの?」

「無いねぇ。あんたが思っているほど、あたしたちは出歩かないんだよ。一生のうちで旅をしないままで死んでいく者の方が多いはずだよ」


 リンネの言う通りだと気が付いた。俺は車でどこにでも行けるが、この国の交通事情で隣の国へ行くと言うのはかなりの覚悟と金が必要だ。よほど理由が無ければ旅をすることは無いのだろう。


「リンネは何か欲しいものはある? 服とか買ってあげようか?」

「へぇ、優しいこと言うんだねぇ。でも良いよ。買ったものより、あんたの魔法で出してくれるものの方がずっと良いものだからね。この靴も凄く歩きやすいよ」


 リンネには革製のウォーキングシューズを履かせてある。パンツルックのミーシャたちと違ってワンピースなので、コンバットシューズはあまりにも違和感があったのだ。


「じゃあ、そろそろ皆と合流しようか? 特に見ておく場所もなさそうだし・・・」


 無線でミーシャとサリナを呼ぼうと思った時に、ミーシャの声が無線のイヤホンから聞こえてきた。


「サトル。私とハンスをつけてくるヤツが居る」

「黒い死人達なの?」

「判らないが、柄の悪そうなやつらだ」


 昨日の件は、まだ伝わっていないはずだし、俺の車について来れる奴が居るはずもない。昨日の今日でここまで来たのは、相手に風の国の情報が伝わる前に急襲したかったからだ。


「わかった。危なかったら撃っても構わないけど、出来るだけ生け捕りにして。今からそっちを追いかけるから、川沿いを上流に向かって、ゆっくり歩いてよ」

「承知した」


 ミーシャ達は荷上場と倉庫が並んでいる川沿いを見に行っている。俺は大通を早足で歩きながら、リンネに無線の内容を伝えた。


「ひょっとして、回状が先にまわっているのかもしれないね」

「回状? それは何?」

「組織の連絡方法だよ。人を追いかけたりするときに他の支部に出すんだ。ゲイルに入った時もハンスは見張られてたから、その情報がこっちにも回って来てたかも知れないね」


-また、ハンスなのか?


 本人が悪いわけではないだろうが、獣人と言うだけでかなり目立つ。全く居ない訳ではないが、バーン以外では獣人を見かけることは殆どない。


-今度から、ハンスには留守番をしてもらうことにしよう。


 大通から倉庫街を抜けると川沿いの小道を歩くミーシャ達が見えた。後ろには隠れるそぶりも無い男たちが二人ぶらぶらと歩いていた。腰に剣を差しているが、まっとうなことに使うタイプには見えなかった。


「ミーシャ、後ろに追いついた。二人連れの男だよね?」

「ああ、そうだ。もう、撃っても良いか?」

「いや、もう少し町から離れたところまで行こう」


 ミーシャは早くケリをつけたがっているが、俺は捕まえてから色々と教えてもらうつもりだった。声が出ても気にならない場所まで付き合ってもらった方が良いはずだ。

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