第136話Ⅰ-136 退職金

■ライン領主 マイヤーの屋敷


 地下に長い間閉じ込められていた狼は元気すぎるぐらい元気だった。全長が4メートルぐらいあると思うが、それでも地下から5メートル以上を一気に飛び上がって来たのは普通じゃない。愛情表現をしている巨大な狼を払いのけて立ち上がると、狼はお座りをしてしっぽを振っている。日光の下で改めてみると、オールドシルバーと言うだけあって、全身が銀色の綺麗な毛に覆われている。座った状態だと俺よりも顔が高い場所に来る大きさだ。犬のように座っているが顔は間違いなく狼だ。黄色い吊り上がった目の下にある大きな口には鋭い牙が生えているのも見える。噛まれたら、腕や足、首でも簡単に食いちぎられそうな気がする。


「シルバー!」


 屋敷から走ってきたミーシャを見て、ようやく狼は俺の元から離れて行った。ミーシャは走り寄る銀色の巨大狼を抱きしめて涙を流している。狼はゆっくりとしっぽを振ってされるがままにしていた。


 よし、これで一つ目の課題はクリアできた。だが、この屋敷では解決する課題がいくつもある。ハンスが屋敷を見て回って、使用人たちを庭に集めてくれていたので、ハンスの所へ行って話しかけた。


「ハンス、攫われていた娘たちも見つかった?」

「はい、2階のカギのかかった部屋に閉じ込められていましたが、使用人に命じて開けさせました」

「領主とか用心棒はどうしてる?」

「領主と息子はサトル殿が縛った場所でそのままにしてあります。二階には血の跡がたくさんありますが、黒い死人達は逃げたようです」


 あれだけの怪我をして逃げ出せるのも凄いと思うが、いなくなってくれると事後処理が楽で良い。


「じゃあ、領主の所に行こう。リンネ、もう一匹恐竜を出しておくから、使用人が逃げ出さないようにサリナと見張っといてよ」

「いいけど、逃げようとしたらどうするのさ?」

「脅かす程度で怪我はさせないで。でも、リンネやサリナが危なかったら手加減は要らない」

「わかったよ。面倒だから早く戻ってきておくれよ」


 俺は頷いてハンスとラプトルを従えて屋敷に戻った。ミーシャにはもう少し感動の再会を味わってもらうことにしよう。


 応接間の領主ファミリーは足を撃たれた領主とツインズBが弱っていた。死なせるつもりは今のところないので、不本意ながら血を流しているやつらを治療魔法で出血を止めておいた。念のためにツインズにはスタンガンを再度お見舞いしてやる。


「ありがたい、助かった。痛みも無くなった」


 領主は感謝していたが、俺がこれからやることを知っていたら、絶対に礼を言わなかっただろう。


「いや、治療したのはこれからお前の全財産を出させるためだ。金貨や金目のものは何処にある?正直に出せば命は助けてやるが、嘘を吐けば何度も足を切り刻んでやる」

「か、金は寝室の奥の隠し部屋に隠してある。嘘じゃないぞ!」

「じゃあ、そこに行こう」


 怯えた領主は素直に2階の寝室に案内してくれた。寝室はサロンがあった場所と反対にある大きな部屋で真ん中に天蓋付きの巨大なベッドが置いてあった。


「あんたは息子二人以外に家族は居ないのか?」

「妻は子供たちを生んですぐに死んだのだ」

「そうか、それで隠し部屋は何処にあるんだ?」

「こ、ここから入るのだ」


 領主は大きなクローゼットの扉を開けて、吊るされていた沢山の上着を床に放り投げた。クローゼットの奥に仕掛けがあったようで、領主が木の板の下を押すと倒れてきて、人が入れる暗い穴が開いた。


「ハンス、領主と二人で中に入って、金目の物を全部持ち出してよ」

「わかりました」


 俺はハンスにLEDのカンテラを渡して二人を見送った。かなり疲れているので、その場にキャンピングチェアーを出して座り込み、二人の作業を外で待つことにした。エナジードリンクを飲みながら待っていると、領主が大きな袋を手錠をかけられたままの両手で引きずって出てきた。


「一袋に金貨が1000枚入っている。まだ、あるから持ってくる」


 銃とラプトルに怯え切っている領主は自発的に働き始めた。領主と入れ違いにハンスも金貨の袋を持ってきた。


「まだ、たくさんあります。全部で10袋はあるはずです」

「わかった、まずはその部屋から全部持ち出してよ」


 全部で10袋なら庭に持って行くのに人手が必要だ。無線でミーシャに連絡を入れる。


「ミーシャ、庭に居る使用人の男を3人ほど連れて、領主の寝室まで上がってきて」

「わかった。すぐに行く」


 領主とハンスが全ての金貨を持ち出すのと、ミーシャが男たちを連れて上がるのがほぼ同時だった。金貨1000枚はかなりの重量だ。丈夫な麻袋に入った金貨を台車に乗せて、階段まで運んでから人力で階段を持って降りた。もちろん、領主にも働かせた。


 庭には使用人と衛兵を合わせると50人以上の人間がいる。俺は金貨を退職金として渡すつもりだったが、1万枚をみんなで分けると一人200枚になる。ざっくりの日本円でも2,000万円ぐらいのはずだ。悪代官の屋敷に奉公していたやつらに渡す金額としては、さすがに多すぎるだろう。金貨20枚で行くことにしよう。攫われた娘が3人保護されているから、こっちは金貨200枚で良いだろう、お金で済む話じゃないけど、少しでも嫌なことを忘れてほしい。


「ミーシャ、サリナ、リンネ、無理矢理連れて来られた娘に金貨を200枚、使用人には金貨を20枚ずつ渡すから枚数を数えてよ」

「うん、わかった」

「承知した」

「えらく、気前が良いんだね」


 俺としては、残りすぎる金貨をどうするかが悩みだったが、何かこの領地のために使えることが無いか考えていた。だが、その前に使用人たちに解雇通告をする必要があった。


「えー、使用人の皆さん。このマイヤーの屋敷は今日で閉めることになりました。急にクビになって困るでしょうから、お一人に金貨20枚を差し上げます」

「・・・」


 使用人たちは庭に座って、近くの者たちと顔を見合わせている。


「あ、あのぅ、一つお伺いしても良いでしょうか?」


 上品そうなオバサンが勇気を振り絞って、俺に質問してきた。


「はい、何でもどうぞ」

「わ、私たちに金貨を渡してから、こ、殺すおつもりなんでしょうか?」


 なるほど、なかなかユニークなアイディアだけど却下。


「いえ、皆さんを殺したりしませんよ。私は領主も殺さないつもりです。皆さんは金貨を受け取ったら、この屋敷を離れて好きな所に行ってください」

「殺さない? お金をくれる? どうして・・・」

「みなさんの中にも悪い奴がいるかもしれないけど、一人ずつ確認するのが面倒なので、領主の悪事は責任者だけを処罰することにします。悪事を働いたことのある人は、これからは心を入れ替えてください。さもなくば、恐竜が皆さんを追いかけます」

「わ、判りました。ありがとうございます」


 まだ、信用されていないみたいだが、金貨を渡せば信じてくれるだろう。

 さて、残りは領主と館の処分だが、時間も遅くなってきたし明日で良いだろう。


 領主達には狼の気持ちを一晩味わってもらう事にしよう。

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