第135話Ⅰ-135 狼救出作戦

■ライン領主 マイヤーの屋敷


 狭い通路を上って書斎に戻るとサリナは仁王立ちでドアの方を警戒していた。


「サリナ、正門の前にハンス達が来て居るはずだから、お前は迎えに行ってくれ。途中で邪魔する奴が居たら、魔法でぶっ飛ばして構わないから」

「うん、わかった。サトル達はどうするの?」

「俺とミーシャは狼を地上から助け出す方法を考える」


 人間の通路では通れない大きさなのは間違いない。檻を下した場所から何とか引き上げるしかないと思うが、何を使ってやるのが最も効率が良いだろうか・・・。


 作業に入る前に領主を一階の応接間に連れて行き、スタンガンで無力化して縛り上げた。そろそろ復調しそうなツインズにも、念のために高圧電流を流しておいた。


 3人で庭に出ると、正門の向こうには馬車を率いたハンス達が見えていた。門番の姿は見えないから既に逃げ出したのだろう。昨日の恐竜騒ぎのあとで屋敷の中からショットガンの轟音が鳴り響いているのだ、まともな神経の奴なら隠れているだろう。


 門に向かうサリナを見送って、俺とミーシャは書斎から見えていた地下室の上にある白い壁に向かった。高さは2メートルぐらいで横幅は4メートルぐらいだ。叩くと硬さを感じるが、土でできているようで、強度自体は大したことがなさそうだ。梯子を掛けて壁の上まで登ってみると、壁の厚さは30㎝程だから手榴弾でも吹っ飛ばせそうな気がする。壁の下には地下室に置いてある檻の天井部分が見えていた。


 だが、手榴弾で吹っ飛ばして、崩れた壁が中に倒れると、後の作業が面倒になる。壁を外側に倒しながら破壊しなければならない。俺は最後の迷宮の岩を砕いた手法を取り入れながら、壁を外側に引っ張ることにした。


 ストレージから壁に穴をあけるドリルとテルミット反応で岩を破壊する非火薬破砕剤を取り出した。ドリルで壁の下の部分と両端に50cm間隔で穴を開けてから、長さ20cmの筒状になっている破砕剤に点火具を取り付けて穴に押し込んで行く。最初に壁の下に入れた破砕剤の導線を着火装置まで引っ張って着火ボタンを押した。


 弾けるような大きな音と砂埃が舞い上がって、壁の下に横向きの亀裂が走った。狙い通りの出来栄えに満足した俺は、ストレージからパワーショベルを取り出した。使ったことは無いので、動画とマニュアルを参考に動かしてみたが、難しくなさそうだった。アームを最も高い場所まで持ち上げてから、バケットと言われる土を救う部分を壁の内側に入れてひっかけた。そのままパワーショベルを後退させてバケットで壁を手前に引っ張る。ガリガリと土壁が削れる音が聞えるが壁は崩れてはこない。


 パワーショベルから降りて、壁の両側に入れた破砕剤に導線と着火装置を接続してからもう一度に乗り込んだ。レバーで後退させながら・・・、破砕剤の着火ボタンを押した。


 壁の両側に開けた破砕剤の弾ける音とともに土壁には縦に亀裂が走った。バケットで引っ掛けられた壁がショベルカーの後退で外側に引き倒されて、大きな音を庭中に響き渡らせた。


 穴あけと破砕の準備にかなり時間が掛かったが、ここまでは大成功だ。壁が無くなって下に向いた大きな穴が見えている。だが、次の問題がある。地面から1メートル下が地下室の天井になっているが、その場所には檻が置いてあって、檻の天井で出口がふさがれているのだ。檻の天井は太い鉄柵になっているから、地下に行って檻を動かすか、壊すかのいずれかが必要だ。鉄の塊の檻は動かすのは大変そうだったので、壊すことにした。


「ミーシャ、地下室の入り口に行って、狼が檻に近づかないようにして貰えるかな?」

「わかった、何をするつもりなのだ?」

「鉄の檻を溶かすから凄い熱が出るはず。前に死人を焼いた時と同じ感じかな」

「わかった、何かあれば無線で連絡する」


 ミーシャは素早く屋敷に走って行った。


「私たちは何をお手伝いすれば良いでしょうか?」


 ハンス達は馬車の傍で俺がやっていることを不思議そうにずっと見学していたが、壁が倒れて、ようやく何をしたかったのかが理解できたようだった。


「じゃあ、ハンスは屋敷の使用人を庭に集めてよ。念のためにデスハンターを連れて行けばいいよ、抵抗する奴はいなくなるから。リンネ、こいつを・・・、ハンスの後ろをついて歩くように頼んで」


 ストレージからラプトルをハンスの横に再登場させた。


「ついて行くだけでいいのかい?」

「ハンスを襲う奴が居たら、かみ殺してもかまわない」

「ふん、わかったさ、頼んでみるよ」


 リンネのお願いを聞いたラプトルは、主人と散歩する犬のようにハンスについて行った。


「ミーシャ、狼は檻から離れている?」

「ああ、私の目の前に居るから大丈夫だ」

「じゃあ、始めるね」


 ストレージから30本の焼夷手榴弾を取り出して、ピンを抜いて地下室に投げ込んでいく。地下室の床では2,000度を超える燃焼を起こした炎が鉄の檻を焼き始めた。焼夷手榴弾は半径2メートル程度を高温で焼き切る。バリケードや鉄条網を破壊するためのものだから、檻の破壊には向いているだろう。すぐに消えてしまうのがネックだから、間隔を置いて投げ入れて行く。


「ミーシャ、檻はどんな感じ?」

「ああ、鉄柵が真っ赤になっている・・・、何本かはもう壊れたようだ」


 -もう一息だな・・・


 追加で5本投入してから、穴を除くと熱風がまだ吹き上げている。先に冷やした方がよさそうだった。暇にしているちびっ娘にも働いてもらおう。


「サリナ、穴の中に水を入れてくれ。1メートルぐらいの玉にしてくれ」

「うん、わかった」

「ミーシャ、焼けた檻に水をかける。湯気が出るけど驚くなよ」


 サリナは俺の頷きを合図に右手を穴の上に向けた。


「おーたー!」


 大きな水球が穴の底に落ちて行った。


 -バシュューシュュー!!


 熱せられた鉄が水で冷やされて、爆ぜる音と水蒸気を激しく立ち上らせた。水蒸気が収まると、焼け焦げた匂いが広がって来たが、覗き込んだ穴からの熱風はかなり収まった。だが、鉄の檻は傾いているがまだ天井の柵が残っていた。それでも、柵がゆらゆらと揺れているので上から重たいものを落とせば何とかなるような気がする。


 タブレットで100㎏以上ある耐火金庫を検索した。上から落とすのは初めてだが手の届く範囲なら何とかなるはずだ。ストレージから呼び出して、穴の中に落とされた金庫は残っていた鉄の檻の天井を見事に砕きながら床に激突した。


「今のは何だ?」

「ああ、柵を壊した。後は、どうやってここから出すかだけど・・・」


 無線でミーシャに話しながら考えていた、障害物は無くなったが、地下室の床から地上までは5メートルぐらいあるだろう。梯子は使えないから、何かスロープを用意して・・・


「ワァッ!!」


 穴の中から飛び出してきた狼が俺を押し倒した。思わず叫びながら、必死で逃げようと狼の下でもがいたが、狼の口が俺の顔を・・・舐め始めた。


 生臭い匂いが顔中に広がる。 お礼は良いからどいてくれ・・・

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