第134話Ⅰ-134 全てが敵?

■ライン領主 マイヤーの屋敷


 サトルとミーシャに続いてサリナが入って行った部屋は。煙が立ち込めててまだ臭かったけど、後ろから来る人はいなかった。サトルとミーシャが汚いオジサン達を倒していくからサリナは背中を守るだけで良かった。二人ともサリナを信頼して背中を任せてくれているから頑張らないと。


 サトルが話していた長椅子の後ろに隠れている人が悪い領主みたいだ。ようやくミーシャの狼が取り戻せそうで良かったと思う。それと、ここの領主はオッドさんの娘達をさらった悪い人だからやっつけないといけないし。でも、使用人は悪くないから、怪我をさせないようにってサトルは言ってた。サトルのそういった優しいところがサリナは大好き。たまに意地悪なことを言うけど、サトルがいつもみんなの心配をしてくれているのを知ってる。ここの使用人にも領主のお金を全部渡すって言ってたし、領主の横に居る執事って人もきっと喜ぶはず・・・、なんで!


「サトル! 大丈夫か?」


 サトルの体を執事の人が突然ナイフで刺した。ミーシャ駆け寄りながら逃げる領主を撃ったけど、サトルが膝を着いて倒れてる!


「サリナ、早く魔法だ!」


 そうだ、ミーシャの言う通りだ、私が頑張らないと!

 治療のロッドをポーチから取り出して、サトルが抑えている場所に向ける。サトルの顔は元気が無くて目を瞑ってるし、血がいっぱい・・・。頑張る!


「ヒーーール!」


 -アシーネ様、サリナの大好きなサトルの体を元に戻してください。お願いします!


 サリナは神様に一生懸命お願いした。いつものように、手から暖かいものがサトルの体に流れて行く。傷口はふさがったし、もうこれで大丈夫なはず。


「アァ、サリナか。ありがとう」

「よ、良かった。もう痛くないよね?」

「大丈夫だ。少し血が出たからめまいがするけど、すぐに収まるよ。なんで泣いてる?」

「だ、だって、サトルがいっぱい血を・・・」

「すまんな、チョット近寄りすぎてた。お前も気をつけろよ。さてと・・・」


 俺はサリナの治療で何とか立ち上がれるようになったが、かなり出血したようだ。少しどころでない目まいがするから、サリナの肩を掴んで俺は立ち上がった。執事はミーシャの正確なショットで既に死んでいる。使用人だと思って哀れみを掛けた俺がバカだった。この屋敷に居る奴は全員が敵だと思わないといけない。領主は足を押さえて喚き散らしているが、これから頑張ってもらわないと困る。


「おい、立て!さっさと、狼の所へ案内しろ!」


 俺は転がる領主の太ももにケリを入れた。


「あ、足が動かないのだ。立てない・・・」

「立たないともう一本の足も同じように動かなくなるぞ!」

「そ、そんな・・・」


 領主はソファーを頼りに立ち上がったが、片足で歩くのは難しそうだった。仕方がない、心の広い俺はストレージから松葉づえを取り出して貸してやった。刺された直後にしては優しすぎる対応だと思う。


 俺達はノロノロと進む領主に続いて、一階にある書斎へ向かった。廊下の扉から顔を出す使用人がいたが、俺達の姿をみるとすぐに扉を閉めて奥に引っ込んだ。賢明な判断だ。今の俺は全員を撃つ気でいるからな。


 一階にあった書斎は20畳ぐらいの広さの部屋で、両側に書棚が並んでいる。書棚の本は図書館でしか見かけないような大きな背表紙だった。読書机の向こうにある大きな窓からは庭には白い壁の小屋みたいなものが見えていた。


 庭に面した壁に小さな扉があり、領主は机の引き出しから鍵を取り出して扉を開けた。おかしい・・・、ミーシャの話ではこんな小さな扉から入れることのできる狼ではないはずだ。


「チョット待て。この扉の先には何があるんだ?」

「ち、地下だ。この下に狼が居るのだ。ここからエサをいつも・・・」

「エサ・・・、狼はどうやって地下に入れたんだ?」

「連れてきたときは檻を庭から地下におろしたのだ」

「檻を下して上は塞いだのか?」

「いや、檻の入り口を開けて地下を歩けるようにしたのだ。檻はそのままだがあの壁で外から見え無いように覆ってある。地下でも日が当たるようにと・・・」

「もういい」


 クソ領主の狼を気遣うようなセリフを聞くと余計にむかついた。だが、話はよく分かった。狼檻から出して地下室に入れるのは危険だから、檻のままで地下室に入れて、檻の扉だけを後で開けたのだろう。そうなると、この扉からはミーシャの狼は出てこれないと言うことになる。それでも、先に地下室の中がどうなっているかを見る必要があった。


「サリナ、書斎に誰も入って来ないように見張っとけ、誰か来たら魔法で吹っ飛ばして構わない。俺とミーシャは地下に入る」

「わかった! 二人の背中は任せて!」

「じゃあ、お前が先頭で行けよ。変なことをしたらすぐに殺す」

「わ、わかった。言う通りにするから殺さないでくれ・・・」


 怯える領主を先頭に地下へつながる狭い階段で腰をかがめて降りて行くと、生臭い匂いが漂って来た。5メートル程降りた場所が地下室の位置だった。降りた場所は少し広くなっていたが、地下室の入り口には太い鉄柵が入っていて中には入れないようにしてある。鉄柵の下にある隙間には大きな皿が置いてあり、生臭い匂いその皿から漂って来ているようだ。その向こうに見える地下室は学校の教室ぐらいの広さで、真ん中にある大きな檻には外からの光が差し込んでいたが、檻の中には何もいなかった。


「シルバー!」


 俺の後ろに居たミーシャが俺と領主を押しのけて、鉄柵を掴んで叫んだ。


 奥の方から黒い影がゆっくりと立ち上がってミーシャの所に向かってくる。外から入って来る光の中で、その姿が徐々に明らかになって来た。


-大きい! 姿かたちは狼だが、立っている俺と同じぐらいの高さに顔がある。


「シルバー・・・・」


 ミーシャは鉄柵を握りしめて身を震わせながら嗚咽を漏らしている。大きな狼はゆっくりと近づいて、そのままミーシャの手に鼻を擦りつけた。何年も会っていないミーシャの事を狼はちゃんと覚えていたのだ。ここに入れられた原因を作った相手なのに、いまだに二人の間には心が通っている。


「それで、ここから出す方法は何かあるのか?」

「それは・・・、用意して無い・・・」


 出すつもりが無いから、出す方法も無いと言うわけか。


「地下におろすときはどうやったんだ?」

「そのための、やぐらを組んでいたのだ。下した後はやぐらを壊して壁を作った」


 これは思ったより大変だ。せっかく見つけたのに。

 文字通り狼を外へ出す壁が高い・・・。

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