第133話Ⅰ-133 思うようには

■ライン領主 マイヤーの屋敷


 領主の書斎は俺達がツインズを連れ込んだ応接間がある廊下のさらに奥にあるはずだ。まずは大事な狼を確保してから、領主とまとめて後で処理をしよう。そう思って応接間の扉を開けた。


「誰だ! お前らは!」


 人生思うようには行かないものだ、二人の剣を手にした男が玄関ホールから俺を呼び止めた。胸当てをつけて綺麗な身なりをしているので、屋敷の衛兵か何かのようだ。ショーイの話では、門番を兼ねている衛兵は10人ぐらいいるそうだ。


「えーっと、キーンとギーンの親友です」

「親友? お二人はさっき娘を連れてきた・・・、お前がそうなのか?お二人は何処だ!」


 大声で話しているのを聞きつけて、使用人たちが反対側の廊下から顔を出してみている。既に隠密作戦は失敗だろう。プランBに移行しよう。


「ああ、悪い奴らは俺が始末した。お前たちも死になくなかったら、領主の所へ連れて行け。さもなければ・・・」


「ウワー!、 き、昨日のバケモノだぁー!!」


 俺はストレージで大人しく立っているデスハンターを廊下に置いてやった。微動だにしないこいつを見て、一人は飛びずさりながら尻もちをつき、もう一人は剣を捨てて二階へ逃げて行った。向こうの廊下で見ていた使用人たちからも悲鳴が上がっている。


「それで、領主は何処にいる? 食われたくないなら早く言え!」


 慣れない恫喝で迫力が足りないが、横にある置物の効果は大きかったようだ。尻もちをついたやつは親切に教えてくれた。


「に、二階にいる。そ、そいつがまた来るかもって言って、サロンに引きこもってしまわれた」

「用心棒たちは何処にいるんだ?」

「何人かはサロンに一緒にいるはずだ」


 全員では無いのが残念だが、すぐに集まってくるだろう。俺は衛兵をスタンガンで無力化して、応接間でツインズと同じように手錠をかけて縛った。念のためにツインズにはもう一度スタンガンをお見舞いしておく。動けないようにするためだ、決して体罰ではない。


 玄関ホールまで行くと、屋敷の中はざわついているが、新たな衛兵が来る気配はない。ミーシャとサリナは黙ってついて来ている。ミーシャが後ろに居れば怖いものは何もない。サリナは・・・、それなりに安心だ。


 二階に上がるとガラの悪そうな二人の男が廊下の奥から歩いて来た。二人とも既に剣を抜いていて、一人の剣は炎を纏っている。炎の魔法剣だが、20メートルぐらい離れているので間抜けな聖火ランナーのようだ。


「ミーシャ、お願い」


 -プシュッ! -プシュッ! 


「ダァッ! ち、畜生! あ、足が」

「い、痛てぇ!」


 ミーシャは躊躇せずに二人の足をグロックで撃ちぬいた。サプレッサーのため息のような音と奴らの悲鳴が重なった。だが、膝をついた二人は片足をかばいながらも、もう一度立ち上がって剣を構えようとした。


 -プシュッ! -プシュッ! 


「ギャァウッ!」

「グッ! クソッ! 一体何が・・・」


 反対側の足も撃ち抜かれて二人とも床に転がった。俺は足の方から近寄って、スタンガンで無力化して、後ろ手に手錠をかけて廊下に放置しておく。ミーシャは敵には容赦がない、俺が人殺しを嫌いなのが判っているから足を撃っているが、そうでなければ確実に頭を狙っているはずだ。二人も1発目であきらめれば片足で済んだはずだった。


 二人の男が歩いてきた廊下の突き当りには両開きの大きなドアがあった。綺麗に磨かれた大きな取っ手を引っ張ったが開かない。中から閂が掛かっているようだ。ストレージからショットガンを取り出して、ドアの中心に向けて12ゲージの鹿弾を叩きこむ。


 轟音と共に発射される粒弾が木片を飛ばしながらドアを破壊していく。6発撃ったところで、中の閂が破壊されてドアがぐらつき始めたので、足の裏で思い切り蹴り飛ばした。映画のシーンを一度やってみたかったのだ。


 ドアは半開きになったが中には入らずに、スタングレネード(閃光音響弾)を投げ込んで、後ろを向いてしゃがみ込む。躾の行き届いた後ろの二人は俺と同じように後ろを向いて耳をふさいだ。


 爆音を体中で感じながら、サブマシンガンを手にして部屋の中をのぞくと、扉の横で刀を持った男が一人うずくまっていたので、スタンガンで無力化する。煙が立ち上る部屋は左の庭に面した大きな窓から明るい日差しが差し込んでいる。


 窓際にはソファーが何脚も置いてあるが、その後ろに男たちがしゃがみ込んでいた。


「こんにちは。領主はどの人ですか?」

「・・・」


 返事が無い・・・、よく考えればスタングレネードの爆発音で声が聞えないのだろう。サブマシンガンを構えたまま、慎重に近づいていくとソファーの後ろから剣を持った男が飛び出してきた。俺はサブマシンガンのトリガーを短く引いて、男の太ももへ4.6mm弾を叩きこんでやった。


「ダァッ! アァ、痛ぅ!」


 男は剣を持ったまま、前方にダイブして床の上で悲鳴を漏らしながら転げまわり始めた。さらにもう一人が腰を落としたまま俺を狙おうとしたが、ソファーの陰から出たところをミーシャのグロックで倒された。倒れたのは黒い死人達だろう。これで5人、黒い死人達は全員倒せたはずだ。


 ソファーの後ろにはでっぷりと太った白髪交じりの男と、同じく白髪交じりの細い男しかいなかった。二人とも、倒れている男たちと違って綺麗な服を着ていた。太った方がフリルの付いたシャツを着た領主で、細い方は地味な茶色の上下だったので使用人のようだ。


「それで、あんたが領主のマイヤーって人? そっちは使用人かな?」

「い、命だけはお助けを!」


 二人とも俺の方を見上げて、ソファーの後ろで震えて膝をついたままだ。


「殺さないから、答えろよ。お前がマイヤーなのか?」

「そ、そうだ。私がマイヤーだ。か、金が目的なのか? 金なら幾らでも払うぞ。そうなんだろ?」


「金か。それも必要だけど、それは後だな。もう一人のあんたは使用人なのか?」

「は、はい。執事でございます。何でも言うことを聞きます、何卒命だけは・・・」

「じゃあ、あんたは使用人を全員集めて庭で待っててよ。逃げたら、こいつが追いかけるからね」


「う、ウワー! 昨日の!」


 領主と執事は叫びながらソファーの陰に隠れた。俺の横にあらわれたラプトル君-現地名デスハンターはすっかり人気者になっているようだ。リンネにもお礼を言わないと。


「じゃあ、そっちはよろしく。領主は立ち上がって、狼が居るところまで案内してよ」

「お、狼?」


「お前が森の国から連れてきた大きな狼だよ。地下にいるんだろ?」

「あ、あれを探すためにこんなことを?」

「それだけが目的じゃないけどね、早く行こうよ」

「わかった。すぐに案内・・・」


 マイヤーと執事が立ち上ろうとしてからは、スローモーションのようだった。執事は突然右手に隠し持ったナイフを真っすぐ突き出しながら、俺の脇腹を刺してきた。反応が遅れた俺は、焼け付くような痛みをわき腹に感じながら、サブマシンガンで執事を殴った。殴られた執事は、もう一度ナイフを持ち変えて俺を刺そうとしていたが、コメカミに小さな穴が開いて、反対側から血が飛んで行く。その場に崩れるように執事は倒れた。


 俺も倒れ込むように膝を着いた。わき腹から生暖かい血が流れて行くのがわかる。


「大丈夫か!?」


 ミーシャが駆け寄ってくれたが、マイヤーが逃げ出そうとしたのですぐに足を撃った。


「ギャー、痛い、痛い、痛い!」


 泣き叫ぶマイヤーの声を聴きながら、俺は意識が遠のくのを感じていた。


 油断大敵だ・・・

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