第132話Ⅰ-132 ショーイ

■ライン領 マイヤーの町 近郊の森の中


 ミーシャはサリナ達がハンカチを置いた場所から離れたのを確認して、アサルトライフルのトリガーを何度も引いた。約500メートル先の切られた木に置かれたピンク色のハンカチが俺の双眼鏡の中で踊っている。もちろん全弾命中だ。


「じゃあ、今から俺達もそっちに行くよ」


 無線でサリナに伝えて、ハンス達が話していた場所に3人で向かった。


 ハンスとサリナの横に立っていたショーイはハンスと同じぐらい身長のある背の高い男だった。細面の顔に太い眉毛の下に鋭い眼光を放っている。口を真一文字に結んで、俺達を値踏みするように見ていた。


「それで、話は付いたの? ショーイが炎の刀を使う剣士ってことで良いのかな?」


 俺にとってはどうでも良いことだが、狼を助け出すためにもショーイの事を解決しておく必要があった。


「あんたが勇者なのか? さっきのは一体どういう魔法なんだ? 木と布が・・・」

「弓より遠くから狙える魔法だね。俺は勇者じゃないけど」


「勇者じゃない・・・? ハンスどういうことなんだ?」

「今回の勇者はご自覚がないようなのだ」

「自覚が無い? それなら、魔竜はどうするんだ?」

「私たちで倒すのだ。それまではサトル殿に導いてもらうつもりだ」

「・・・」


 ハンスは勝手に解釈をしているようだが、導くつもりは1ミリも無かった。


「じゃあ、ハンスの剣士は解決したようだけど、ショーイは領主達の事はどう思ってるの?」

「それはどういう意味だ?」

「人さらいとか、酷い事ばかりやってるけど、なんとも思わないの?」


 そもそも、こいつは黒い死人達の仲間だ。悪事に加担することに抵抗は無いのかもしれない。


「ああ、あいつ等はイカレてるよ。だけど、俺は金を貰って領主を守ってやるだけだ。領主や息子達が何をしようが関係ないね。実際のところ領主が襲われることも無いから、金だけもらって屋敷でゆっくりできるいい仕事だったんだよ。それを・・・」

「俺の恐竜は屋敷の中をちゃんと走ってた? 誰が胸の文字をショーイに教えてくれたんだ?」


 メッセンジャーの仕事ぶりを見られなかったので、間接的にでも聞いておきたかった。


「あの化け物か・・・、騒ぎになって俺も一階に降りてみたが、凄い勢いで走っていたぞ。使用人たちが逃げ回りながら、俺を指さして、『あそこだ、あそこにいる!』って化け物に俺の居場所を教えてやがるんだよ。まあ、化け物の方は無視して、そのまま一階を走り回っていたけどな。その後で領主に呼ばれて、『いますぐ屋敷を出ろ、クビだ』とさ」


 そうか、デスハンターが働き者で良かった。リンネをみるとリンネもいう事を聞いたのが判って笑みを浮かべている。


「もう一つ教えてくれ。あの屋敷には大きな狼が捕らえられているのか?」

「へぇー、よく知っているな。そのことは使用人でも知っている人間は少ないぞ」

「どこにいるんだ?」

「地下だ。一階の領主の書斎から地下に降りる通路がある。かなり広い場所をその狼のために作ったらしい」


 ミーシャを見ると、なんとも言えない悲しそうな表情を浮かべていた。


「屋敷の使用人たちは何人いるんだ?」

「執事、メイド、下男、厨房・・・、30人ぐらいだろう。そんなことを聞いてどうするんだ?」


 思ったより多い。領主が悪人だからと言って、使用人たちが悪人とは限らない。どうやって、怪我をさせずに追い払うかだが、門の扉が固く締められたからメッセンジャー作戦は使えない。


「それから、俺以外にも黒い死人達が5人いるぞ。俺ほどじゃないが、それなりに腕の立つ連中だ」


 ありがたい情報だが、更に面倒くさくなってきた。


「ショーイは黒い死人達を抜けても大丈夫なの?」

「ああ、俺は客分で、奴らの正式な仲間じゃない。腕を貸しているだけだから、金の切れ目が縁の切れ目だな」


 随分と都合のよい考え方をする奴だが、こんなやつを味方につけてハンスは大丈夫なのか?


 それよりも、どうやって屋敷に入るかだ。正面から突撃しても何とかなるだろうが、相手の犠牲者が増えてしまう、油断させて入るためには・・・


 §


 次の日の朝、俺はサリナとミーシャに腰縄をつけて正門から領主の館を訪問した。


「ここの領主が若い娘を良い値段で買ってくれるって聞いたんだが、領主に会わせてくれ」


 二人いた門番達は疑いもせずに門を開けて、一人の門番が俺達を屋敷まで連れて行ってくれた。過去にも同じようなことがあったのかもしれない。


 大きな玄関を入ったところで、そのまま待つように言われたので、屋敷の中を眺めながら待っていた。玄関ホールは3階までが吹き抜けになっていて、正面には大きな肖像画が飾ってある。両サイドから2階へ上がる階段にも赤いじゅうたんが敷いてあり、如何にも金持ちですと言った感じだった。


「お前が女を連れてきた男か?」


 俺に声を掛けてきたのは領主では無く、双子のどちらかだ。四角い顔に細い目と円い鼻をつけた不細工なツインズがセットで階段から降りてきた。


「ええ、領主さまにお会いしたいのですが」

「領主は忙しくしている。俺達が代わりに話を聞いてやろう・・・。ホォ、なかなか可愛い娘たちじゃないか」


 ツインズはうつむき加減のサリナとミーシャを下から覗き込むように見て、下卑た笑みを浮かべた。


「で、幾ら欲しいんだ? 金貨1枚か?」

「失礼ですが、貴方たちは?」

「俺達は領主の息子だ。なんだ、俺達が相手では不満なのか?あんまり舐めた態度をしていると、金を貰えないだけでなく、痛い目を見ることになるぞ」


 ツインズAは、これ見よがしに腰へぶら下げている剣の柄を手で叩いた。


「そうですね、金貨1万枚と言いたいところですが、あなた達がキーンとギーンのようなので・・・」


 俺はテイザー銃を近くにツインズAに発射した。高圧電流が全身の筋肉をけいれんさせて、受け身もとれずに前のめりに倒れて行く。


「お、お前何をした!」


 後ろに居たツインズBは後ずさりしながら剣を抜いた。


 -プシュッ!


「ガァー! 痛い、痛い・・・足が・・・」


 ミーシャに足を撃たれたツインズBは膝をついて大声を上げている。うるさいのでスタンガンで静かにしてもらった。二人とも後ろ手に手錠をかけてから、縛った足と手を結んでエビぞりのように体をそらしてやる。


 玄関から右に伸びた廊下で一番近い扉を開けると、誰もいない応接間だったので、二人を引き摺って中に放り込んでおいた。こいつらの処分は後ですることにしよう。


「よし、じゃあ、先に領主の書斎を探しに行こうか」


 いよいよ、狼をミーシャに返してやれる。その後でこのライン領というのは俺の権限で廃止するつもりだった。


 領主? 王様? 鬼畜やそれを許しているやつらに遠慮はいらない。

 世直しが必要なのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る