第111話Ⅰ-111 北の狼
■森の国 王都クラウスの北
イアンの心配は放っておいて、俺とミーシャはバギーに乗って北の森を目指した。北には大きな町は無いらしく、小さな村をバギーのままで走り抜けていく。なんだか、こそこそしているのもバカバカしくなってきていた。多少なら悪目立ちしても良い、そんな気分になったのはミーシャの所為かも知れない。
ミーシャはすました顔で助手席に座っている。矢が通らない魔獣でも気にしていないようだ、さすがに剣だけなら人手が必要だっただろう。しかし、俺と一緒なら狼なんかに後れを取ることも無い。俺にとっての狼は狩りたい獲物ではないから時間の無駄だが、終わらない限りはエルフの里には行けないのだから仕方がない。バギーなら3時間ぐらいで着くはずだ。今日中に群れを見つけて、明日までにはケリをつけたい。
§
小さな村や町をいくつも走り抜けて2時間ほど走ると、大きな森が目の前に広がっていた。背の高い大きな木が平坦な土地に果てしなく広がっているようだ。俺が最初に到着した森もこのぐらいの広さだったのかもしれないが、木はここまで大きくなかった。
この森を抜けるのには少し時間が掛かりそうだ。木の間隔は広くてバギーで通り抜けられるが、真っすぐは走れないから、ゆっくりと大きな木とその根をかわしながらひたすら北に向かう。
「ミーシャ、このあたりには狼は居ないの?」
「少しは居ると思うが魔獣ではないな。無視して良いだろう。夜になれば魔獣もこのあたりまで出てくるはずだ」
夜は狼たちの方が有利だろうから、やはり昼間に追い込んで倒すべきだ。途中で一度休憩した後はバギーを走らせ続けると、2時間ほどで大きな森を抜けることが出来た。抜けたと言っても、すぐ先には山に続く森がまた広がっていた。だが、森を抜けた場所からは小さな集落と畑が見えていたので、ミーシャが狼の情報を聞くために集落の入り口でバギーを止めた。集落は大小の家が10軒足らず建っているが、どれも板張りの壁で簡素なものだった。
「家畜が襲われたのは10日ほど前の夜らしい。畑を耕す馬が殺されている。何人かが西の山にある森に入って狩りに行ったが、逆に囲まれて逃げ帰ってきたそうだ」
集落から戻って来たミーシャの情報は組合で聞いた話と同じだった。
「どうしようか? 日が落ちるまではまだあるから、見つけたものだけでも倒す?」
「うん、そうしよう。だが、歩かなければ近寄れないだろうな。もう少し西へ進んでから森へ入ろう」
-歩きか、運動不足だから丁度いいかもしれないな。
だが、森の中を移動するのは思ったより大変だった。山地のすそ野だから殆どが上りで、足場も良くない。1㎞も歩くと息が上がってきたが、ミーシャは平地と変わらずにどんどん進む。
「ミーシャ、チョット待って。もう少しゆっくりじゃないと無理」
「そうか、悪かったな。だが、これでもお前に合わせたつもりなのだ」
「・・・」
「狼たちは既に感づいているようだ、何匹かが回り込むように逆方向へ移動している」
「どのぐらい離れているの?」
「1㎞足らずだと思う」
「全部倒すのは結構時間が掛かるかな?」
「そうだな、距離を取られているから、追い込むのに時間が掛かるだろう」
このままでは俺の体力が持たないのは間違いない、プランBで行こう。
「ミーシャ、今日は追いかけるのをやめて、あいつらを夕食に招待してやろう」
「夕食?」
訝るミーシャを連れて森の中を下った。奴らの夕食のために森の出口付近に3kℊの豚ブロック肉を20個ほど並べて、針金で縛ってから長いペグを地面に打ちこんで肉を持ち出せないようにした。歓迎のしるしとして肉から2メートルぐらい離れた場所へ指向性地雷を10個並べておく。念のため、落ちている木の枝などで指向性地雷を隠してから、点火ケーブルを20メートルほど伸ばして一か所にまとめておいた。
「まだ、日が落ちるまでには時間があるから、このままにしてシャワーでも浴びよう」
少し離れたところにバギーで移動して、キャンピングカーでシャワーを浴びて日が落ちるのを待った。日没後にハンバーガーで軽めの夕食をとって、迷彩服を着こんでから歩いて夕食会会場に向かう。日が落ちた森の近くは暗く不気味だ、ミーシャが居なければビビッて外には出ないだろう。
狼は夜なら集落の生きた馬を襲うぐらいだから、俺達がそばに居ても来てくれると信じていた。地面に敷くマットと小さなテントを出して、地雷のケーブルを中に引き込んでテントに入る。事前に発火装置のテストを行ってから、10個のケーブルに発火装置を接続しておいた。
「ミーシャ、俺が合図したら、そのレバーをできるだけ早く握ってくれ」
「ああ、サリナがやっていたやつだな」
そうだ、サリナが居れば地雷の設置も喜んで・・・。
「逃げられないようにしたいから、両手で持って握って次々って感じね」
「ああ、わかった。まだ、近くには来ていないが、1時間ぐらいで森の奥から出てくるはずだ。風は森から吹いているから、肉の匂いが届くまでには少し時間が掛かる」
狩人の経験で横に居るミーシャは自信満々だ。狭いテント中で腹這いになって並んでいると、婚約者がいると知っていてもまだドキドキする。俺は緊張を抑えるために、暗視装置を取り付けたヘルメットを二つ取り出して、一つをミーシャに渡す。
「これを使って森の中を見てよ」
俺が使い方を見せてやると同じように頭に乗せた暗視装置を下して目を当てた。
「これは何だ! すべてが緑になったぞ!・・・だが、はっきりと見えるのだな。木の葉まで見えるようになったぞ!」
「ああ、視界が少し狭くなるけど、夜はこれがあれば獣に負けないぐらい夜目が利くだろ」
「そうだな、すごいなぁ。お前の魔法は・・・」
-いや、俺には原理さえわかってないから。
「だけど、ずっと見ていると目が疲れるから、あいつらが近づいてきてから使えばいいよ。地雷のレバーを引いた後で残っているのが居たら、アサルトライフルで仕留めよう」
「わかった。お前の言う通りにしよう。狩りは待つのが一番難しいからな」
確かに、それからの2時間は口を利くことも無く、二人で狭いテントの中で過ごした。ミーシャのシャンプーの匂いを嗅ぎながら・・・悶々として。
「!」
ミーシャは黙って、俺の肩を軽くたたいた。お客さんが来たようだ。暗視装置の中で、光る眼がたくさん見えてきた。まだ、肉の傍まで来ていないが、遠巻きに10頭以上が近寄ってきている。
-遠慮はいらない、たっぷりと食え!
俺の祈りが聞えたのか、だんだんと近寄って来た一頭が肉を咥えて森の奥に戻ろうとした。だが、肉が持って行けないので、いったん口から離して戻って行った。
-お持ち帰りは厳禁! だけど、罠に感づいたのか?
心配は杞憂のようだった、別の二頭が同じように咥えて戻ろうとしたが、無理だと判るとその場で肉を食い始めた。後ろからもわらわらと集まってきて、生肉パーティーが始まった。
俺はテントの中でゆっくりと上半身を起こして、正座したままレバーを持った。もったままでミーシャの肩を叩くと同時に両手のレバーを握り占める。轟音と地雷の中に仕込まれている鉄球が狼と周りの木を弾き飛ばす音を聞きながら、残りのレバーを続けて握る。二人で2・3秒の間に10個の爆音を静かだった森の中に響き渡らせた。
暗視装置越しに生き残りを探そうとしたが、残念ながら砂埃で何も見えなかった。アサルトライフルを構えてテントから出て、砂埃越しに動くやつが居ないか見ていると、ミーシャが1発撃った。ちゃんと暗視装置を使いこなしているようだ。俺には見えない・・・
砂埃が治まったので、森の中に入って肉が置いてあった場所を確認すると11頭の狼が横たわっていた。ほぼ即死のようだ、全身に鉄球と爆風を浴びてズタズタになっている。氷獣化と言うのが気になったので、暗視装置を外してフラッシュライトの光を倒れている狼に当てて見る。
確かに体の表面がキラキラしている。グローブをはめた指で押すと硬い。拳で軽く殴っても、石のような硬さの氷だった。これなら至近距離で無ければ、矢は通らないだろう。
「うまくいったようだな。生き残ったものもいるようだが、来ていたやつは殆ど仕留めただろう」
「そうだね、でもまだ40頭ぐらいはいるんだよね?」
「そのはずだ」
そうか、明日は同じ手は使えないだろうから、プランCを使う必要があるな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます