第110話Ⅰ-110 森の国の王様
■森の国 王都クラウス
前夜はショックで眠れなかった・・・、いや、正直に言ってそんなことも無かった。ショックと言えばショックだったが、冷静に考えればミーシャに対する思いは、身近にアイドルが現れたようなものだった。ミーシャ個人も嫌いではないが、他に比べるエルフが居ないから憧れただけだ。うん、きっとそうだ。だから、エルフの里に行けば、もっと素敵なエルフが! ・・・そうやってストレージの風呂の中で自分と納得させた。
今朝もコンビニのサンドウィッチで仲良く朝食をとった。狭い部屋なのでベッドに座って向かい合って、まるで一晩を一緒に過ごしたカップルのようだ・・・、いかん、そういう事を考えるから、あきらめ切れなくなるのだろう。いずれにせよ、朝食を食べたら王様に会いに行くことになっている。日の出とともに動き出すこの世界だから、朝と言えば6時とか7時だ、そろそろ出た方が良いだろう。
王宮の兵士が守る扉の中に二人で入るとすぐに兵士がミーシャと俺を奥に案内してくれた。弓と剣を取り上げられることも無いから、ミーシャはよほど信用されているのだろう。俺もマントは脱いである。ホルスターにはサブマシンガンとハンドガンを入れているが、気にする奴は誰もいない。
王様に会うから、いわゆる謁見の間と言う広い部屋で王様が玉座に座っていると思ったのだが、案内された場所はふつうの部屋だった。暖炉のある大きな部屋だが、どこかの社長室みたいな感じだろう。壁には絵画がかけてあり、棚には綺麗な石の置物や高そうな壺が置いてある。奥に大きな執務机と手前には10人ぐらいがテーブルを囲んで座れる応接セットがあった。広さ以外はバーンの組合長室とほとんど変わらない。
奥の机に座っていた王様の服装もフリルの付いたシャツで貴族っぽいが、王冠はかぶっていない。部屋には兵士が一人だけしかいないし、なんか王様感が全く感じられなかった。王様は机から立ち上がってミーシャと俺をソファに案内しながらニコニコ笑っている。首を垂れて、『苦しうない、表をあげよ』のくだりは無いようだ。
「エルフの戦士ミーシャよ。良く戻ったな。無事で何よりだ」
「王よ、お求めになられた神の拳を見つけることが出来ましたので、急ぎお持ちしました」
「そうであるか!まさか、これほど早に見つかるとは思ってはいなかったぞ。で?」
ミーシャは手に持っていた革袋の中から、ナックルダスターと風の聖教石、そしてボロボロになった皮手袋を取り出して、応接テーブルの上に並べた。
「これが、神の拳なのか!? だが、既に壊れてしまっておるのではないのか?」
「いえ、こちらのサトルの見立てでは、鉄の輪で拳を守り風の石を使うようです。石があれば手袋は修理できるようです」
「そうか!? サトルとやらは魔法具に詳しいのだな?」
「はい」
王様相手なので、まじめに返事だけしておこう。余計なことは言わないようにしないとね。
「見つけることができたのは全てサトルのおかげです。サトルが居なければ、見つけることは出来なかったはずです」
「そうか! ならば、我からも礼を言わねばならぬな。感謝する、サトルよ。後ほど褒美もとらせよう。それで、神の拳はどのように使うのだ?」
「使えるのは強い拳を持つもので、風の魔法が操れる必要があるそうです」
「うむ、そなたには心当たりがあるのか?」
「はい、エルフの里にふさわしいものがおりますので、その者が適任かと」
-フィアンセ君だけどね。
「わかった、ならばその手袋を修理して、使える者と一緒に我の元に再び来るがよい。そなた達にはすぐに報奨を与えるが、使える者にも報奨を与えよう」
「ありがとうございます。では、準備ができ次第改めてお伺いします」
「うむ、それとは別にエルフの戦士には頼みたいことがあるのだ」
「何でしょうか?長老からは王命に従うように言われておりますので、何なりと」
-嫌な展開だな。
「他でもないが、水の国の南方だけでなく、この国でも魔獣が出始めておるのだ。既に北の村が一つ襲われて家畜に被害が出ておる。そなたには魔獣討伐を頼みたいのだ。人手は組合からも出す故に、一緒に北の山地を根城にする魔獣たちを一掃してくれんか」
「承りました。王の命であればすぐに参りましょう」
-マジッスか!? エルフの里はどうなるの?
§
「ミーシャ、魔獣討伐って行かないとダメかな?魔獣ってたくさんいるからキリがないじゃない」
俺は王宮を出て組合へ向かうミーシャへダメもとで説得を試みた。魔獣の詳細等は組合に行けば教えてもらえるらしい。
「すまんな、里に向かうのは魔獣討伐が終わってからになる。お前はこのクラウスでしばらく待っていてくれ。ここはバーンとは違うから、無尽蔵に魔獣が沸いてくるわけではない。10日もしないうちに戻って来られるはずだ」
-10日! ねえさん、それは長すぎまっせ!
クラウスの組合は王都の割にはこぢんまりとしていた。国が違うからなのか、中には食事をする場所は無くて、現世の役所そっくりのカウンターに二人のお姉さんが座っていた。ミーシャが要件を伝えると、すぐに奥の部屋に連れて行かれる。組合長が待っていたらしい。
連れて行かれた部屋も小さかったが、組合長はデカかった。身長は2メートルぐらいあるだろう、広い肩幅で筋肉質の格闘家のように見えた。
「あなたがエルフの戦士ですね。組合長のイアンと言います」
「ミーシャだ、こちらはサトルだ」
「王から、貴方を北に派遣すると聞いております。組合からも何人か動員しますので、3日後に出発する予定で準備を進めてもらえますか?」
-あかん、さらに先送りや・・・。
「良いだろう、それで魔獣はどんなやつなのだ?」
「狼ですが、氷獣化しています。体が氷に覆われていて矢は通らないはずです」
「そうか、矢が通らないのか。ならば剣で行くしかないな」
「ええ、ですが、群れのリーダーが居るようで、なかなか追いきれません。下手をすると囲まれてしまいます」
「そうか、何頭ぐらいいるのだ?」
「50頭ぐらいのはずです」
「・・・ならば、こちらも10人は必要だろうな」
「はい、そのつもりで声を掛けているのですが、まだ集まっておりません」
ダメだ、この調子では俺のエルフ達がどんどん逃げていく、関わり合いになるべきではないが、時間がもったいない。失恋の・・・、いや暇つぶしに狼を狩りに行くことにしよう。
「ミーシャその北の山地はどのぐらい離れているの?」
「馬車で二日半ぐらいだろう」
「じゃあ、明日行って全部やっつけてしまおうよ。俺も一緒に行くからさ」
「良いのか?お前には全く関係ない話だぞ?」
-イマサラ、何をゆうとんねん!
「ああ、今までも全部そうだけどね。凍った狼でも剣は通るんでしょ?じゃあ、俺の魔法なら楽勝だよね」
「確かにその通りだな。じゃあ、そうするか」
「まさか、お二人で行かれるのですか?それは、無理ですよ。いくらエルフの戦士と言っても、お二人では命を落とすことになります」
大男のイアンは意外と小心者かも知れない。俺は経験を積んでずいぶんと大胆になったようだ。何にせよ、ちゃっちゃと終わらせて、エルフの里へ早く行きたいのだ。
10日も待っているのは時間がもったいない。
早く次のエルフを俺の元へ!
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