第103話Ⅰ-103 砦跡
■シリウスの北東にある砦跡
4輪バギーで街道の馬車を追い抜きながらシリウスに到着した後は、砦に向かう細い道をゆっくりと北東に進んだ。雑草が伸びたあまり使われていない道だったが、バギーの柔らかいサスペンションが荒れた地面の衝撃を吸収してくれる。
細い道の両側には緩やかな丘陵地帯に雑木林と果樹園が続いている。目指している砦はすでに右前方に見えてきているが、俺が思っていたより大きなものだった。3階建てぐらいの丸い石造りの見張り台を中心に左右に高い城壁がある。だが、所々が崩れているままなので、放棄されてからの年月はそれなりに経っているようだった。
当たり前だが、砦は今までの迷宮とは違う。これまでは中に人がいるとは思っていないから、全てを倒すつもりで入って行けばよかった。ここには人が居る・・・、悪人かもしれないが無造作に殺すことが俺にはできない。今までとは違う緊張があるし、この先どうするのかも決めずに来てしまっていから尚更だ。
正面から乗り込むべきか? 夜になってから夜襲をかけるべきか? それとも・・・
「ミーシャは砦に着いたらどうするつもりなの?」
インカム越しに聞いてみることにした。
「そうだな、まずは話し合いだろう。ハンスの事を聞いて、相手の出方を見ることになる」
「でも、居ないって言うんじゃないかな? それか、いきなり攻撃してくるかもしれないよね」
「ああ、攻撃されれば反撃するだけだ。居ないと言われれば、中を調べさせてもらうつもりだ」
-悪人達が調べることに同意するとは思えないけど、そういう感じね。
砦の500メートルほど手前の雑木林でバギーを降りて、残りの距離は歩いていくことにした。ミーシャ、サリナ、俺の順番だ。ミーシャはアサルトライフルではなく、長弓と矢筒を背中にかけている。銃は持たないと言ったのだが、念のためにグロックだけは無理やり持たせた。ユーリと話をしたせいかもしれないが、俺の力をあまり使ってはいけないと考えているようだ。そういったこともあり、今回の奪還作戦はミーシャに委ねることにしてある。俺はバックアップに徹するつもりだ。もちろん、攻撃されれば反撃するし、背後に危険を感じても同じだが、積極的に銃を撃つのは気が乗らない。どうしても現世の常識に縛られる。
ミーシャは砦の100メートル手前で歩みを止めた。砦への道はあまり使われていないようで腰ぐらいまでの雑草が生えているが、最近通った場所が踏み倒されて、草が青くなっている箇所がある。
「見張り台に人が居る。ここから声を掛けるが、矢が飛んでくるかもしれないから注意しろ」
ミーシャのアドバイスに従い、俺とサリナは透明なライオットシールドを左手に持った。
「人を探しに来た! 今から砦に向かうが矢を射るなよ!」
ミーシャは俺には見えない見張り台のやつに声を掛けて歩き出した。円塔の見張り台は屋上が王冠のように凹凸があって、隠れるには都合がよさそうだ。二階ぐらいの高さにも小さな開口部が二つある。
ミーシャは10歩も歩かないうちに横へ飛びながら叫んだ。
「伏せろ!」
俺とサリナは砦方向に楯を向けて、その場でしゃがみ込む。透明な楯の向こうでミーシャが立っていたあたりの地面に矢が刺さった。
ミーシャは躊躇なく、背中から下した弓と矢を構えると同時に放っている。
「グゥ」
矢が吸い込まれていった見張り台の小さな窓からくぐもった声が聞えた。ミーシャは弓を左手に持ったまま、何事もなかったように砦へ進み始めていた。
見張り台の横の大きな門には扉もなく、砦の前庭が見えている。草が伸び荒れ放題になっている向こうには石造りの建物が横に広がっているが、建物の外には見張りがいる様子は無い。ミーシャは砦の壁に張り付いて前庭に誰もいないことを確認してから、正面の入り口に向かって歩いて行く。
壁の内側には、左側に崩れた小屋の跡があり、その手前の小さな立ち木には馬が5頭つながれていた。
ミーシャは建物の入り口で一旦止まったが、中をのぞくとそのまま入って行く。入り口は3メートル以上の高さがあるが、既に扉は無くなっていて、薄暗い廊下が伸びているのが外からも見えている。
ほとんど止まらないミーシャについて行くと、廊下の奥の方から人の声がするのが聞えた。楽しそうな笑い声も交じっている。声がしているのは廊下の先にある右側の部屋からで明かりも漏れている。
ミーシャは部屋の前で止まって、壁際から中の様子をうかがっている。
「11人いるな。酒盛りの最中のようだ」
「ハンスは?」
「見える場所には居ない。聞いてみよう」
ミーシャはノープランのまま部屋に入って行った。俺は念のためにプラスチックの散弾が入ったショットガンを取り出してサリナの後に続く。
「お前たちに聞きたいことがある」
部屋に入ると、床の上に車座で座って酒盛りをしている男たちが、驚いた表情でミーシャを見ていた。
「誰だぁ、お前たちは?」
手前に居た男が間の抜けた声を出しながら立ち上がってきた。後ろの男たちも、近くに置いてあった剣をつかんで立ち上がり始めた。部屋はテニスコートぐらいある大きな部屋だが、壊れたテーブルやいすの残骸が壁際に散乱している。
「ここに獣人でハンスというものが連れて来られて居ないか?」
「ああ? おめえが誰かってこっちは聞いてんだよ!」
「それはお前たちには関係ない、居るかどうかだけを答えろ」
「てめぇ、舐めてんのか!」
ミーシャは淡々と応じて相手を激怒させた。男は手に持っていた剣の鞘を床に投げ捨てて、上段から打ちかかってきた。だが、男の剣を左にかわしたミーシャはすれ違いざまに男の背中を剣で素早く横に払った。
「ガァッ!!」
切ったというより背中を金属の板で殴られた感じで、うめき声をあげながら男は前のめりに地面へ倒れた。
「やっちまえ!」
安っぽい掛け声ともに後ろの男たちがミーシャに殺到する。意外なことにミーシャはバックステップで後ろに下がってサリナの横まで戻ってきた。
「じぇっと」
サリナから低いつぶやきとともに、右手に持ったロッドから強い風が巻き起こり、剣を抜きながら殺到する10人を部屋の反対側まで吹き飛ばした。糸の切れた操り人形のように飛んでいき、石で造られた壁に全員が叩きつけられる。石同士がぶつかったような音がしたから、頭を強打したかもしれない。
吹き飛ばされた奴は、うめき声をあげて横たわり、誰も立ち上がってこない。サリナは加減していたが、5メートルぐらい後ろの石壁に叩きつけられた相手に俺は同情していた。どうやら、二人で作戦を考えていたようだ。サリナの風なら殺さずに無力することも簡単だから、良い作戦だと思う。
「それで、ここにハンスと言う獣人は居るのか?」
ミーシャは最初に切り払った男の横で膝をついて質問している。倒れている背中の服は切れているが、血が出ている様子は無いから致命傷は与えなかったようだ。
「ぐぅ、背中が、背中が・・・」
痛みで話ができる状態じゃない、背骨が折れているのかもしれない。
「サリナ、話せる程度に治療してやれよ」
俺がやってもよいのだが、言われたサリナは黙って男の横に行って背中に手をかざした。
「お、おおっ! 痛みが治まった。お前の魔法かい? ありがてぇ・・・。だが、お前らはいきなり押し入ってきやがっていったいどういうつもりだ!?」
「痛い思いをしたくなければ、聞かれたことだけに答えろ」
ミーシャはベテラン尋問官のように相手を追い詰める。
「わ、わかった。そいつなら、リンネの
「リンネ?どこへ連れて行ったのだ?」
「この砦の北にある小屋だ。墓場の中にある」
「そこには大勢が居るのか?」
「いや、
ミーシャは立ち上がって俺とサリナを見た。
「そろそろ日暮近いが、今から行こうと思う」
「そうだな、早い方がいいだろう。こいつらは念のために動けないようにしておこう」
俺は手錠を11組出して、後ろ手に全員拘束した。もちろん鍵は置いて行かない。
襲い掛かってきたということは間違いなく悪人だ。多少の不自由は我慢してもらおう。
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