第104話Ⅰ-104 リンネ

■砦跡


 ハンスが連れていかれたという砦の北側は、入ってきた門とは反対方向になる。門から外に出て、崩れている城壁の大きな石を避けながら回り込むと、砦の北側には背の低い木がまばらに生えている雑草だらけの斜面が広がっていた。


 ミーシャが草を剣で払いながら進みやすいようにしてくれるが、サリナは長い草に足を取られてヨロヨロしながら進んで行く。太陽はまだ沈んでいないが、空は既に茜色に染まりつつある。


「あれだな、墓がたくさんある」


 足を止めてミーシャが指し示す方向を見ると、雑草がなくなっている広い場所があり、高さ30㎝ぐらいの石が不規則に並んでいた。


「あの石が墓石ってこと?」

「そのはずだ、我らはあのような石は置かないが、お前たちは石を置くのだろう?」

「そうだね」


 この世界の墓石がどのようなものかは判らないが、現世でも昔はこんな感じなのかもしれない。石は見える範囲で100個以上はあるようだ。最近埋められたのか、草が生えていなくて土が見えている場所もある。


 目指しているハンスが居るはずの小屋は、墓が並んでいる向こうに見えている。小屋と言うのは失礼かもしれない、窓にガラスの入っている大きな建物だ。


 墓石が並んでいる墓場の地面は手入れされていて背の高い雑草は生えていない。10メートル間隔ぐらいで墓石が並ぶ場所を進んで行くと気になることに気付いた。新しく埋められた墓が多いのだ。墓石は古そうな苔の生えたものが建てられているのに、その前の地面は最近埋められた新しい土になっている。小屋に近づくにつれて、さらに埋め跡が目に付くようになって来た。


-墓をどこからか移してきたのかな? それとも大勢が最近死んだ?


 考えながら歩いていると先頭のミーシャが突然振り向いて弓矢を構えた。俺の斜め後ろを狙っている。俺もショットガンをその方向に向けながら振り向いた・・・が、誰もいない。


「ミーシャ、何も居ないよね?」

「いや、何かが出てくる」

「出てくる?」


 ミーシャが言った意味は俺にもすぐにわかった。10メートル先にある墓石の前の地面から土埃が吹き上がり、土の中から何かが出てきた・・・、死体?ゾンビか!?


 出てきたやつの眼窩にはミーシャの矢が深く刺さった・・・、だが、あまり気にしないようだ。矢を差したまま俺の方に顔を向けてくる。土まみれのそいつは全裸で左腕がなかったが、大きく口を開けて俺の方に向かってこようとした。ショットガンのトリガーを引きっぱなしにして、プラスチックの散弾を胴体に撃ちまくった。そいつは痛みを感じなかったようだが、衝撃は感じたようだ。立ち止まって自分の体を不思議そうに見ている。


 俺はショットガンを実弾入りのものに持ち替えて、頭を狙って3回トリガーを引いた。轟音とともに鹿弾が顔付近に叩きこまれて、首から上がうしろにのけ反って仰向けに倒れた。

 だが、他の墓の前からも土ぼこりが次々と上がり始めている。俺が顔を撃ったやつも、もう一度立ち上がろうとしていた。


「ふぁいあ!!」


 声がしたサリナの方を振り返るとすでに四方がゾンビ達に囲まれている。サリナの火炎は後ろのゾンビ達を焼きながら吹き飛ばした。ミーシャは早々と弓をあきらめてサリナの横で剣を手にしていた。こいつらには魔法が効果的なようだ。俺もサリナと背中合わせに立って、ショットガンでゾンビの足元を撃ちまくる。


「サリナ、炎を出したまま横に回っていけ!」

「うん、わかった!」


 元気な返事とともに、50メートル先まで届いている炎を出したまま時計回りにゾンビを弾き飛ばしていく。だが、弾き飛ばされて体が焦げたやつも火傷を気にしていないようだ。すぐに立ち上がってこちらに向かって来る。弾幕を厚くする必要がある。ストレージから7.62㎜NATO弾のアサルトライフルを取り出してミーシャに渡した。


「ミーシャ、足を狙って千切れるまで同じところに撃ちこんで!」

「わかった!」


 ミーシャは俺の指示通り、近寄ってくるやつの足首へピンポイントで連射する。5発ほど打ち込むと、靴を忘れたかのように足だけが残って横に倒れだした。


 俺とミーシャが銃で近づく奴らを倒して、サリナが焼き払っていく。それでも相手は何度も立ち上がり、立てないやつは這ってでも迫ってくる。我慢比べの時間が続いたが、こちらには無限の弾薬と魔法力がある。ひたすら回転しながら奴らを撃ちまくっていると、立ち上がれるゾンビは居なくなった。


 死んだわけではないが、動けない程度には破壊できたのだろう。サリナの炎が消えると、あたりはすっかり真っ暗になっている事に気が付いた。フラッシュライトを点灯させて、小屋の方へ足早に移動する。ショットガンの轟音が響き渡っていたから、小屋に居たやつは既に逃げ出したかもしれない。


 小屋に近づくと、窓からぼんやりした光が漏れているのが見えた。ライトの明かりで入り口のドアを照らしながら近づくと、驚いたことに扉が中から開けられた。


「へぇ、私のおもちゃを倒してここまで来れたんだね。あんたたちは何者なの?」


 ドアから出てきた色白の女性は俺たちを見て、ニヤリと笑みを浮かべていた。


「ここにハンスが居ると聞いてきた。今すぐ返してもらおう」

「ハンス?虎の獣人のことかい?」

「そうだ、ここに居るのか?」

「ああ、居るよ。まあ、良かったら入りなよ」


 色白の女は気やすい感じでドアを大きく開いて、ミーシャを小屋の中に入れようとした。俺はグロックを右手に持って、女が変な動きをすればすぐに撃つつもりでいた。


-私のおもちゃ、こいつがゾンビを操っていたなら油断はできない。


 ミーシャは頭だけ小屋の中に入れて確認したが、安全と判断したのかそのまま入って行った。サリナが続き、俺も女に目を合わせたまま中へ入った。ライトで照らされた女の顔は血の気が全く感じられなかったが、青い目をしたきれいな顔立ちをしている。


 小屋は入った部屋に大きなテーブルや椅子、竈があり、奥にはほかの部屋につながる入り口があったが、整った部屋は女と同じで生活感が感じられない。


「ハンスは何処にいるのだ?」

「奥で寝てるよ」


 サリナは奥の部屋に走って行ったが、女は止めようとしなかった。俺はサリナとミーシャの両方が見える場所まで移動した。奥の部屋では小さなベッドの上で寝ているハンスを見つけたサリナが、ベッドサイドに跪いている。声を掛けてゆすっているが目を開けない。ミーシャは玄関の傍で女に質問を続けている。


「寝ている?病気なのか?」

「ちょっとケガしてるかねぇ、寝てるのは薬のせいだろうよ」

「薬?なんの薬を飲ませたのだ?」

「さあ?あたしが飲ませたわけじゃ無いからねぇ」

「お前で無ければ、誰が飲ませたんだ?」

「砦に居る奴らだよ、眠らせて炎の国へ奴隷として売るつもりだったんだろうさ。たまたま私が砦に行ったときに見かけて、貰って来たんだよ。奴隷にするのは持っいないじゃないか、良い体で男前だしね。しばらくここで暮らしてもらおうと思ってね。『ちょーだい』ってお願いしたんだよ。あいつらは私のお願いは何でも聞いてくれるからね」


 女は薄い整った唇をゆがめて俺の方を見た。不気味な笑みも気になったが、もう一つの気がかりを聞いてみることにした。


「あんたは、外にある死体を操っていたのか?」

「操る? そうさねぇ、私のために動くからそう言っても良いんじゃないかい?」


 やはり、この女がネクロマンサー・・・、死人使いなのだ。

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