第101話Ⅰ-101 イースト商会 イースタン

■王都セントレア イースタンの屋敷


 イースタンは俺とサリナを壁際に大きな暖炉がある応接間に連れて行った。外に面した壁には大きな一枚ガラスがはめ込んであり、広大な庭が部屋の明かりでおぼろげに見えている。ユーリはミーシャ達とダイニングルームに残って、俺が渡した砂糖を検品していた。俺たちが応接ソファに座ると、すぐに使用人がお茶と思われるものを持ってきた。紅茶でも緑茶でもウーロン茶でもない何かだ。


「それで、ハンスは今どこにいるんですか?」

「それが、・・・わかりません」

「わからない?イースタンさんはハンスと同じで昔の教会の教えを信じているというのは間違いないんですよね?」


 前提を確認しないと会話がかみ合わないかもしれない。


「ええ、そのとおりです。私は間違いなく信じています。教会の教えと勇者のことを」


-勇者、聞きたくないフレーズだな。


「ここに居たのにわからないというのは?どういう意味なんでしょう?」

「ええ、ここに居たのですが4日前に出て行ったのです、ここから1日半ほどで行ける町へ情報を集めに・・・、ですが戻る予定の昨日に戻って来ないので、私も心配していたところです」

「ハンスは何処の町へ何をしに行ったんですか?」

「シリウスの町へ行きました。黒い死人しびと達の情報を集めるために・・・」

「黒い死人達? それは何ですか?」

「犯罪者であり、この世のすべてを憎む者たちの集まりです」


 -カルト教団みたいなもの? それともマフィアとかかな?


「ハンスは情報を集めてどうするつもりだったのですか?」

「二つ目的がありました、一つはその中に居るはずの剣士を探すこと、もう一つは伝説の狼についての情報を得ることです」


 -炎の刀を使える剣士なのか?それとミーシャの狼? しかし、犯罪者を剣士にするつもりなのか?


「戻って来ない理由は分からないのでしょうか?」

「ええ、今のところ分かっていません。今日早馬を出しましたので、明日には戻ってくるとは思いますが・・・、奴らに捕まっている可能性が高いと思っております。獣人はシリウスでは目立ちますし、嗅ぎまわっていることが知られれば危ないと私も言ったのですが・・・」


-ハンス! またかい!


「狼の方も、そいつらと関係があるんですか?」

「そちらもハンスの頼みで調べたのですが、黒い死人達が伝説の狼を捕らえたとの情報がありましたので、奴らのアジトに近いシリウスへ向かったのです」


 これは良くない話だ・・・、非常に良くない。ミーシャが聞いたら、何もしないというわけには行かないだろう。ミーシャに黙っておけば・・・、ダメだな。後でばれたら嫌われそうだ。


-ハァーンース!! お前はどうしてそうなるんだ!!


「ハンスはシリウスの町で聞き込みをして捕まったと思いますか?」

「その可能性が高いと思います」

「そいつらのアジトですが、どこにあるんでしょうか?」

「まさか、行かれるのでしょうか?いくら伝説の勇者でも、死人の城には近寄られない方が良いと思います。サリナ様・・・言い難い話ですが、ハンスの事はあきらめていただいた方が良いと思います」


-伝説の勇者ではないが、それほど危ない奴らなのか?


 サリナは俺の横で黙って話を聞いていた。泣くわけでも怯えるわけでもなく大人しくしている。俺にはその方がこたえた・・・ひょっとして計算なのか!?


「行くかどうかは判りませんが、その城というのは?」

「シリウスの町から北にある放棄された古い砦です。大昔の領主が領民を虐殺した場所で、呪われた場所として誰も近寄らないのです」

「黒い死人達はその砦に大勢いるのでしょうか?」

「わかりません、組織の全容や頭目の存在などは不明です。王宮から兵を差し向けても到着したときには、もぬけの空だったそうです。ですが、名前の通り殺せない死人が大勢いるそうです」


 -ゾンビ的なヤツなのか? 


 最終的にどうするかはミーシャ次第だが、答えは見えている気がするな。


「イースタンさん、連れてきている小さい二人、エルとアナをしばらく面倒見てもらえないでしょうか?」

「お二人をですか?それは勇者様のお願いですから、いかようにも」


-また、勇者信仰が始まった。


「ハンスからどう聞いているのか知りませんが、私は勇者とやらではありませんよ」

「ええ、今回の勇者はご自覚が無いと、ハンスから聞いています」

「今回の? イースタンさんは前回の勇者のことを知っているのですか?」

「私が知っているというわけではありませんが、我が家には先祖が前回の勇者の方とお会いした記録が残されています。異世界から来られた勇者達はこの世界のために色々なことを教えてくださり、そして私たちのために魔竜と戦ってくれたと」


-そいつは善人だったのかもしれないが、俺には関係ないね。


「勇者ではありませんが、その狼の件はもう一人の連れがハンスに頼んだことなので、今の話を聞けば、放っておかないと思います・・・。サリナ、お前はどうしたいんだ?」


 聞いてはいけないと思いながらも聞いてしまった。サリナは俺をじっと見上げているが何も言わない。こいつも交渉上手になったのかもしれない。沈黙は金なり・・・

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