第100話Ⅰ-100 夕食会のお招き
■王都 セントレア
ユーリの実家であるイースト商会の商会主イースタンが住む屋敷は、教会から歩いて20分ぐらいの場所だった。説明された道順通りに歩いて行ったが、説明がなくても間違えようのない大きな屋敷だ。日本の豪邸なんてプレハブといえるレベルだろう。ワンブロックすべてが屋敷の敷地になっているようだ。大きな石と金属の格子で敷地は囲われていて、大きな門には剣を腰に差した警備兵が二人立っている。門番小屋が作られていたので、小屋の窓からサトルの名前を告げて招待状を渡すと、大きな門を警備兵が開けてくれた。
門から屋敷までは馬車が用意してある。500メートルぐらいの距離だから歩いて行けるが、乗ってくれと言われれば仕方ないだろう。白い馬に引かれた綺麗な装飾がしてある馬車でお上品に屋敷へ向かった。
たどり着いた屋敷もホワイトハウスとまでは言わないが、石造りの壮麗な白い建物だった。入り口には使用人が二人待っていて、到着した馬車の扉を開けて、降りる俺たちへ手を貸してくれた。吹き抜けのエントランスには赤絨毯が敷かれてあり、俺たちはその上を使用人に続いてしずしずと歩いていく。天井の高さが普通の家の倍ぐらいある部屋に案内されると、既にユーリともう一人は20人ぐらいが会食できる長いテーブルの席に着いていた。
「サトル殿、お待ちしておりました。私がイースト商会の代表を務めているイースタンと申します。ユーリに色々と貴重な情報をいただいたようで、感謝申し上げます」
「ご招待ありがとうございます、サトルと言います」
座るように勧められた向かいの席には食器が5セット用意されていたので、俺がイースタンの前に座り、ミーシャ、エル、サリナ、アナの順に座らせた。
「異世界の方のお口に合うかはわかりませんが、王都で一番の料理をお出ししますので、遠慮なくお召し上がりください」
イースタンは笑顔でサトル達の顔を見渡して、食事を持ってくるように合図を送った。待ち構えていたように、大勢の使用人が入ってきてスープや肉の皿を並べていく。
-異世界? ハンスから何か聞いているのか?
「ありがとうございます、イースタンさんの所に獣人のハンスという人がお世話になっていると思うのですが、今は何処にいるかご存知ですか?」
「ええ、知っていますが、その話はお食事のあとにゆっくりとした方が良いでしょう」
イースタンはエルとアナ達を見ながらそう言った。何か二人の前では言いにくいことがあるようだ。
「ユーリから聞きましたが、高品質の砂糖をお取り扱いになるのですね。どこでそのようなものを仕入れておられるのですか?」
「それは・・・」
「いやいや、冗談ですよ。仕入れ先を教える商人はいないでしょうからな」
イースタンは一人でしゃべって笑っている。気さくなふりを演じて油断させようとしているのかもしれない。そのあとも食べ物の話などを、一人でしゃべり続けていた。出された料理はかなりおいしかった、肉は鳥を焼いたものだが、甘いソースを塗って何度も焼いたようで、カリカリした表面と中の柔らかい肉がマッチしていた。横にいる4人も美味そうに食べている。サリナは両側に座ったエルとアナの面倒を見ながら自分も頑張って食べている。
「砂糖以外にも、珍しいものをお見せいただけると聞いたのですが、どのようなものでしょうか?」
料理をあらかた平らげたタイミングで、イースタンが話題を変えてきた。俺は当たり障りがなさそうなものをいくつか選んで持ってきていたので、足元の袋から一つ目をテーブルの上に出した。
「これは、きれいなカップですね!」
「ええ、ベネチアもどきと言われている高級なものです」
100円ショップにある、少し色の入った6角形になったガラスのコップを見せてやった。この世界にもガラスはあるが、透明度が低く現世のクオリティとは全く違うものだ。
「触ってみてもよろしいですか?」
「どうぞ。壊れやすいので注意してください」
イースタンはポケットから白い手袋を取り出して手にはめた。何とか鑑定団みたいな乗りだ。両手で押し頂くように持ち上げて天井にぶら下げてある大きなランプの光に当てて見ている。
「こんなに透き通ったガラスを目にするのは初めてです・・・。それで、これはお幾つなら用意いただけるのでしょうか?」
「ベネチアもどきを作っている工房と独占契約を結んでいますので、50個ほどなら何とかなると思いますよ」
「50個! それは素晴らしい。ですが、他の国の王宮にも納めさせていただきたいので、できる限り多くご用意いただけないでしょうか?納期はお任せしますので」
100円ショップが王室御用達になったが、値段の交渉が終わっていない。
「他でも人気のある商品ですから、50個全部をお渡しするのはお値段次第と言う事になります。追加で作ったものも同じですね」
「なるほど、これは一本取られましたな。値段のない商売はありませんからな。では、幾らなら50個全部を譲っていただけるでしょうか?」
本当は幾らでもいいのだが、吹っかけてみることしよう。
「金貨500枚でどうでしょうか?」
「500枚! さすがにそれは無理でしょう。1個当たり金貨10枚は高すぎます。金貨100枚ではいかがでしょうか?」
「いえ、この50セット同じ色のグラスはこの世界にこれだけしかありませんから、価値の分かる方なら買って下さると思いますよ」
元値が5000円と消費税のものを、何とか500万円ぐらいにしようとする試みがだんだん楽しくなってきた。
「それでも、さすがに500枚は・・・、どうでしょう今後のお付き合いも考えて金貨300枚まで奮発しますので、なんとか手を打っていただけないでしょうか?」
「奮発ですか・・・、それなら他へ持って行くだけですね。慌てる必要もありませんので」
「ハッハッハ! ユーリ、お前の話とは全然違うでは無いか」
イースタンは大声で笑いだして、隣のユーリを見た。
「ええ、サトル殿は金貨に興味がないと思っていたのですが、見誤ったようです」
「いや、お前の見立ては間違っては無いのだろう。金貨よりも物の価値にこだわっておられるのだ」
-いや、全然価値は無いっす。 100円っす!
「わかりました、お申し出通り金貨500枚で仕入れさせていただきましょう。その代わり追加の納品も私共に独占させていただくことをお約束ください」
「わかりました、よろしくお願いします。では、そろそろハンスさんの話をお願いします」
「では、あちらのサロンに行きましょう。できれば、サトル殿とサリナ様のお二人で・・・」
イースタンとの商売ごっこはそれなりに楽しかったが、本題はこれからだ。サリナと二人ということは、楽しくない話かもしれないが、ハンスの言う通りイースタンは味方のような気がする。
もし違ったら・・・、その時に考えよう。
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