第99話Ⅰ-99 商人 ユーリ
■王都 セントレア
若いお兄さんは俺たちを近くにあったカフェのような場所に連れて行ってくれた。夜は酒場のような場所なのだろう。カウンターの奥には多くの酒瓶が並んでいたが、昼過ぎのこの時間帯は、ほかに客は誰もいなかった。
「商会の中より、こちらの方が落ち着いてお話しをすることができます。ここは焼き菓子もありますから、みなさんに焼き菓子と蜂蜜酒をご用意しますね」
金のことは言わなかったが、ご馳走してくれそうな雰囲気だ。飲み物に水やジュースがないから、子どもが飲める程度の酒もどきを出してくれるらしい。エルとアナは焼き菓子と聞いて、耳が立ったからこの世界ではご馳走なのだろう。
「それで、先ほどの袋の件ですが、やはりご存じなんですよね?」
若いお兄さんは探るような目つきで聞いて来る。今更隠しても仕方ないような気がしたので、正直に答えることにした。
「ええ、私が仕入れて旅の途中で売ったものです」
「やはり、それで中に入っていた砂糖ですが、まだ仕入れることは出来るのでしょうか?」
無限にあると言ってはいけないことだけは俺にもわかったが、条件交渉をどうするべきかについては、ノーアイディアだった。
「ええ、仕入れることは可能です。もちろん、数に限りがありますけどね」
「そうですか! それでどのぐらいの数なら仕入れられるのですか?」
「それは値段次第ですが、そちらはどのぐらい必要なのですか?」
「もちろん、あるだけ仕入れたいと思っています。お値段は量にもよりますかね」
イースト商会全部に砂糖を詰めたら面白いかもしれないな・・・、そんな馬鹿なことを想像していた。向こうから値段は切り出さない、さすがにできる商人のようだ。俺も乗っかることにしよう。
「値段も量もわからないと仕入れるのは難しいですね」
「なるほど、値付の腕を試されているのですね。良いでしょう、あれと同じものであれば一つを金貨2枚で仕入れましょう。量は20袋でいかがでしょうか?」
最初に出会った商人には銀貨8枚ぐらいで売った気がするから、倍以上になっている。値段も数量も全く問題ないが、交渉しないのは不自然な世界だろうから上乗せが必要だ。それに金が目当てでもない。
「条件としては悪くないと思いますが、すぐに用意できるのは5袋ですね。残りは商会主に会わせていただければ、改めてご用意しますよ」
「なるほど、金貨にはあまり興味がないようですね。ますます興味深い・・・」
お兄さんは不思議そうな顔をしながらも、満足した笑みを浮かべている。
「良いでしょう、商会主にお引き会わせしましょう。申し遅れましたが、私は商会で新商品等の仕入れ責任者をしているユーリと言います」
「私はサトルです。一緒にいるのは・・・私の仲間です」
「それで、砂糖ですが最初の5袋はいつ納品できるでしょうか?」
「夕方には荷馬車が到着するので、明日の朝にはお持ちできると思いますよ」
もちろん今すぐ出せるが、勿体をつけないとかえって疑われるだろう。
「夕方ですか・・・、それでしたら今日の夜は食事をご一緒にしませんか?そのときに砂糖をお持ちいただけば、引き換えに金貨をお渡ししますよ。それに、父にも会っていただけますので」
なるほど、ユーリは商会主の息子なのか、お坊ちゃまでもしっかりと教育されたみたいだ。しかし、夕食か・・・、出された焼き菓子を口にしたが、不味くは無いが、美味くもない。蜂蜜酒は意外に美味しいと思ったが、常温で飲むとのど越しが良くない。このクオリティの夕食ならカップラーメンの方が良いのだが、商会主には会っておく必要がある。
「ありがとうございます。場所はここで良いですか?」
「いえ、父は自宅に居りますので、皆さまご一緒に屋敷までお越しください。場所はここから10分ほどです。この紙を・・・、門番に見せていただければ中に入れます」
ユーリはハガキより少し大きいサイズの厚紙を渡してくれた。招待状というタイトルと差出人-ユーリ-の名前だけが書いてある。通行手形みたいなものなのだろうか?
「それから、もし他にも新しい商品の見本があれば、ぜひお持ちいただけないでしょうか?父も私も新しいものには目がないので・・・、その靴も底が革では無いですよね?」
「そうですね、これは貴重なものなので、私も仕入れるのは難しいですが、他に何か無いかを手持ちの品から見繕っておきます」
「ありがとうございます! それでは夕食の時にお会いできるのを楽しみにしています」
§
ユーリは自分で言っていた通り、新しいものに興味があるのだろう。俺の服はこの世界のものに着替えていたが、コンバットブーツとタクティカルベストが気になったようだ。ベストはマントの下だから、気がつかられないと思ったが良く見ていた。
出来るお兄さんとお茶をした後は、宿を探しに行くことにした。人通りの多い王都周辺だと、離れた場所で出しても巨大なキャンピングカーは目立つはずだ。宿度探しでは現地人であるはずのミーシャもサリナも役に立たないので、通りすがりの優しそうなオジサンを捕まえて、王都で一番有名な宿を教えてもらった。オジサンが教えてくれた宿は教会の近くで厩と広い馬車置き場がある3階建ての大きな建物だった。中に入ると威勢のいい声が右側から聞こえた。
「ようこそ!旅の宿 優駿館に!5名様ですか?」
入り口のすぐ右に合ったカウンターの中には、俺より少し年上に見えるそばかすのお姉さんが笑顔を浮かべていた。
「ええ、5人ですが部屋は空いていますか?」
「空いてるよ、小さい子がいるから二人部屋が2つで良いかい?それと馬と馬車は?」
「部屋は2つでお願いします。乗合馬車で来たので、馬車は持っていません」
「だったら、一部屋銀貨2枚で銀貨4枚を前金で払っとくれ。一泊で良いのかい?」
「ええ、とりあえず一泊でお願いします」
俺は腰のウェストバックから金貨を1枚取り出してお姉さんに渡した。
「部屋は二階の右側を奥から3つ使ってね。女の子たちは必ず中から閂をかけて寝るんだよ。それに、もうすぐ夜の酒場が始まるから、良かったら夕食もここで食べていきなよ。うちの料理は評判良いから後悔はさせないからさ」
二階の部屋は銀貨2枚の値段だが、バーンとそんなに変わらない広さだった。それでも衣装掛けと小さな丸テーブルに椅子が2脚備え付けられ、きれいなシーツがベッドに掛けられているから居心地はよさそうに思える。
「サリナはどっちで寝るの?ミーシャと?それともエルたちと?」
「みんな一緒が良いけど・・・」
「じゃあ、ベッドをくっつけて、もう一つ横に並べて4人で一緒に寝るか?」
「うん!それが良いです」
二つ並んでいたベッドを壁際にくっつけると俺が呼び出したシングルベッドが収まる空間ができた。大きなトリプルベッドの上で4人並んで寝てもらえば俺も安心だ。
俺はストレージで寝るから、結局一部屋しか必要無かったが、金のことは気にならなかった。サリナ達とは明日でお別れかも知れない、多少は甘やかしても問題ないだろう。ひょっとすると商会主がそのまま3人の面倒を見てくれるんじゃないかと期待している。そうなればようやくミーシャとの恋が・・・
その前に、夕食の時に持って行くものを考えないといけなかった、何が一番・・・
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