第88話Ⅰ-88 未開地 その2

■未開地


 昨夜の雨でぬかるんだ場所を避けながらピックアップトラックは山地に向かって進んでいく。このままの速度だと、山地への到着は早くとも明日の午後になるだろう。それだったら、できるだけ近場の大物を狩って周辺の危険を排除しておくことにしよう。


「ミーシャ、さっきのヤツは一番近くだとどっちに居るかな?」

「左だな、1kmは無いと思うぞ」


 森の中ではレーダーとなってくれるミーシャの指示をサリナに伝える。ピックアップトラックはゆっくりと方向転換をして、左に進み始めた。程なく前方の森の中に黒い塊が動いているのが見えてくる。


「サリナ、右へ方向転換だ!」

「任せて♪」


 窓を開けっぱなしで走っている運転席から元気な答えが返ってくる。ピックアップトラックが獲物に対して横向きになる前に銃座に座り込んで重機関銃の銃口をステゴもどきに合わせていく、距離は700メートルぐらいだが、上下のズレが大きいので仰角の調整を慎重に行い発射レバーを短く引いた。連続する発射音にあわせて、手の指よりも太い空薬莢が空き缶を投げたような音をさせながら荷台に散らばっていく。伸びて行った銃弾の線が手前の地面を叩いたので、銃口を上に向けて胴体の中心へ叩き込むと、少し首を上げた後にステゴもどきはそのまま横倒しになった。


 重機関銃は短く連射しても1秒間で約16発を発射するため、給弾する弾帯も凄い速さで吸い込まれていく。ミーシャに近場に隠れているヤツがいないかを警戒してもらいながら新しい弾帯を装填して、次ぎの獲物を求めてサリナに南へ向かうように指示を出した。


 その後も3匹のステゴもどきをやっつけて、さらに南へ進むとしばらく下りの斜面が続いた後に、ピックアップトラックでは渡れない川幅が30メートル以上の川に出くわした。水深も1メートル以上は有るように見える。進みたい方向を横切っているため、回り込んで行くのは難しそうだ。


 面倒だが、エアボートを取り出して川に浮かべて、ピックアップトラックをストレージに収納する。ボートに乗り込んで騒々しいエンジン音が響き出したところでミーシャが俺の肩を叩いた。


「何か来るぞ! まだ遠いが速い!」


 ミーシャは左後ろの方向を指差していたが、俺には何も見つけることが出来なかった。そのままボートを向こう岸まで走らせてから、ミーシャが行った方向を振り返ると俺の目にもようやく見えてきた。体高8メートルぐらいあるティラノ系の何かだ。二本足で大きな頭をゆすりながら走ってくる。さっきのステゴもどきとは全然スピードが違うから、既に300メートルぐらいまで近寄っている。


「サリナ、100メートルまで近づいたら炎を思いっきりぶつけてやれ!」

「うん、わかった! 任せて!」


 魔女っ娘は全く怖がっていないが、おれは結構ビビッていた。それでも、コンビプレーも練習してきたから何とかなるはずだ。ミーシャには周囲の警戒を続けてもらいながら、ストレージからAT4ロケットランチャーを取り出した。安全ピンを抜いて保護カバーを取り外して右肩に担ぐ、照準器の中で獲物を捕らえたがまだ遠い。確実に一発で仕留めなければならない。


「ふぁいあ!!」


 サリナのロッドから火炎の風が小ティラノの顔面を襲おう。突然の炎を浴びせられて、走ってくる足が止って仰け反った。 今だ!


 狙いを胴体に定めてAT4の発射ボタンを押すとイヤーマフ越しに空気を振るわせる轟音が響いた。正確に胴体へ吸い込まれた炸薬弾が爆音と共に小ティラノを肉片と変えた。100メートルぐらい離れている俺たちのところまで小さな肉片が飛んでくる。頭部が一番頑丈なのだろう、胴体から外された状態で舞い上がってから地面に落ちた。


 これで一安心だが長居は無用だ。今の轟音で近寄ってくるヤツはいないと信じたいが、恐竜の心理は判らないから安心できない。


「サリナ、よくやったぞ。ばっちりだ!」

「そうでしょ!サリナは出来るから♪」


 このコンビプレーは大型獣を想定して砂漠でかなり練習した。サリナの炎も100メートル先では胴体に穴を開けるほどの威力は無いが、火炎の大きさは充分な抑止力になる。できるだけ遠距離から重機関銃で倒したいと思っているが、こちらの都合どおりに動いてくるとは限らない。近づかれた場合や数が多い時の対抗策として足止め&ロケットランチャーを戦術に取り入れて置いてよかった。何事も準備が最も重要だ。


 エアボートを収納して、クロカン4WDに乗り換えて南に向かって移動を再開する。川を越えても、あたりの景色は代わり映えがしない。山地までは木の密度が薄い森が続いているが、少し先には小高い丘が見えていた。今日はそこまで行ってから、野営にするつもりだ。もちろん、30メートル級の恐竜が出る場所だから、キャンピングカー以外の宿泊場所を予約してある。


 丘の上に平らな場所を見つけて、いつもどおりにキャンピングカーを呼び出した。先にミーシャとサリナを交替でシャワーを浴びさせるためだ。俺は車の中から、大型獣が来ないかを警戒していたが、二人のシャワータイムを邪魔するヤツは現れなかった。


 シャワーの後にキャンピングカーの横へタブレットで検索した鋼鉄製の核シェルターを呼び出した。アメリカ製で12畳ぐらいの空間があるタイプだが、プレハブのように完成した屋内設置型が販売されていた。この場所で放射能の心配は無いが、踏み潰されないだけの強度がある中で寝ている方が安心だろう。


 室内にエアコンや照明は備え付けだが、残念ながら電気が通じていないので、鋼鉄製の扉を開けてカンテラを持って中に入っていく。二人が中を見回しながら続いてくるが、窓の無い暗い空間に戸惑っているようだ。入り口のドアを中から閉めると密閉された音が狭い空間に伝わった。


「今日はここで寝るの?」

「そう、少し狭いけど、恐竜が来ても安心だからな」

「サトルはサトルの部屋なの?」

「ああ、そうだけど、どうした?」


 さっきまであんなに元気だったサリナの様子がおかしい。

 腹でも壊したのか?

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