第89話Ⅰ-89 未開地 その3

■未開地


 今日は車も運転させて、魔法も使えたからご機嫌でシャワーを浴びていたのだが、シェルターに入った途端にサリナがおどおどしている。


「どうした、気分でも悪いのか?」

「違うの、狭いところに閉じ込められるのが・・・」


-閉所恐怖症か? しかし狭い二段ベッドは平気だったが・・・あれは違うのか?


「そうか、だけどこの辺りは大きいのが居るからなぁ、バスでもゆっくり寝ていると危ないかも」

「少ししたら大丈夫だけど・・・寝るときは・・・」

「ミーシャが一緒に寝てくれるだろ?」

「ああ、不安なら同じベッドで寝てやるぞ」

「うん、ありがとう。でも、サトルも一緒じゃないと、居なくなったら・・・」

「居なくならないよ。今までだって、ちゃんと戻ってきたじゃないか?」

「だけど、閉じ込められて目が覚めたら、お母さんが居なくて、一人で・・・」


-子供の頃に何かあったのか? 母親のことはいまだに曖昧だからな・・・


「ああ、判った。じゃあ、とりあえず夕食にして、お前が寝付けないようだったら俺も一緒にこの部屋で寝るから、それで良いだろ?」

「本当に?ちゃんと朝まで一緒に居てくれる?」

「あ、ああ、約束するよ」


-寝つきの良いサリナを放置する計画も見透かされていたようだ。


 サリナが閉じ込められた部屋で母親と引き離された事情は判らないが、こいつなりにトラウマなのだろう。一晩ぐらい一緒に居てやっても問題は無いし、ミーシャが一緒だから俺はウェルカムだ。大き目のベッドを出して川の字で寝るのも悪くないかもしれないな、もちろん俺が真ん中で・・・


 妄想を脇において、夕食をどうするか考える。元気が無いちびっ娘には肉がいいのだろうが、密閉された空間だから、焼肉はまずいだろう・・・、豚しゃぶにして見るか。タブレットで検索して、しゃぶしゃぶ用の鉄鍋とカセットコンロ、鹿児島産の黒豚しゃぶしゃぶコースをキャンプセットと一緒に取り出した。


 鍋が煮立ってきた頃に大皿に綺麗に並んだ薄い豚肉を1枚とって湯をくぐらせる。豚肉の色が変わったところで、ゴマだれにつけて口に運ぶ。柔らかい豚肉の旨みとゴマだれが絡み合って口の中で溶けて行く。牛のしゃぶしゃぶも好きだが、俺はアッサリしている豚しゃぶがお気に入りだ。


 二人は焼肉とは違うしきたりがあると理解して、俺が説明するのを黙って待っているが、目はらんらんと輝いているから、やる気は満々だ。


「自分の箸でいいから、1枚ずつ豚肉をとって鍋の中に入れてみろ。箸から肉を離すなよ、ビンク色が白色に変わったら、2種類あるタレの好きな方をつけて食べてみろ」


 サリナが、そしてミーシャが言われた通りに豚肉を鍋に入れる。いつの間にか箸を持つ手つきが自然になっている。


「柔らかい! 甘いけど、お肉の味がする!!」

「うん、こんなに薄いと肉の味があるのか心配だったが、美味い!」

「これは何のお肉なの?」

「これは豚だよ」

「なぜ、こんなに薄く切っているのだ?難しいだろうが、こんなに薄く切るのは?」

「ああ、魔法だねスライサーって言う魔法で薄く切ってる。薄く切っているのは、短い時間で肉に熱が通った方が美味しいからだと思うよ」

「そうか、やはりお前の魔法は凄いな。まあ、美味ければ何でも良いのだがな」


-ほんなら、聞くな!


 ハーフエルフもどんどん劣化してきたのかもしれないが、豚しゃぶは口にあったようだ。俺はアクを取りながら、野菜も追加で入れていく。


「二人とも、野菜もちゃんと食えよ。そうしないと豚になるからな」

「大丈夫、野菜もちゃんと食べるから!」

「ああ、私も野菜が嫌いなわけではない。どちらかといえば肉が好きなだけだ」


 確かに二人とも野菜を食べないわけではないが、希望が肉と言うのはぶれないな。しかし、こいつらは俺が居なくなったら、この世界の食生活に戻れないんじゃないか?そろそろ粗食に戻した方がいいかもしれないな・・・


 3人で5人前の豚しゃぶ肉を平らげて、締めにはうどんを二玉入れた、明らかに食いすぎだが、食後にアイスが食いたいとちびっ娘が言うので、ついつい出してしまう。1時間程前に粗食と考えていたが、全く実行できていない・・・、うん、明日から!


 食後は二人にタブレットでアニメの動画を見せてやり、俺はストレージに入った。サリナは不安そうにしていたが、寝るときには戻ってくると念押しをしたので、くまが蜂蜜を舐めるアニメを機嫌よく見ているはずだ。俺は草津の温泉湯にゆっくり浸かってから武器の整理と本日の一人反省会をすることにした。


 今日使った重機関銃は大きすぎたのかもしれない、狙いを定めるのに時間が掛かりすぎる。もう少し威力を抑えて小回りの効くものに変更するべきだろうか?しかし、遠距離からの威力は捨てがたいし、明日はもっと活躍してもらう予定だ。ミーシャの武器を強化した方が良いかもしれないな。50口径のライフルも荷台に積んでおいて、屋根越しに撃ってもらえばミーシャなら目を抜くことも出来るだろう。そうすると・・・、やっぱり俺が要らない子に!?いや、そんなことは無いはずだ、俺とミーシャはどちらかが背中を守っているから安心して攻撃できている。ミーシャが撃つ時は俺がカバーしてやるだけだな。明日中には山地に到着しておいて、明後日は迷宮に入りたい。今日の小ティラノの3倍ぐらいまでのサイズは想定しているから何とかなるとは思うが油断は禁物だ・・・


 シェルターに俺が戻っても、二人は大きなベッドの上で寄り添って、タブレット中で動くクマのアニメを食い入るように見ていた。英語版だから俺にも何を言っているか判らないが、こいつ等にもセリフは判らないはずなのに、何が面白いのかサリナがケタケタ笑い出した。


 いずれにせよ、笑顔が戻ったのは良いことだ。明日も厳しい戦いになるのは間違いないし、サリナ無しではチームのバランスが悪くなる・・・、いつから俺達がチームだと思うようになったのだろう?

 チーム、仲間・・・、同じ目的に向かって力を合わせて行く、一人で狩りをするよりはずっと楽しいな。

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