第78話Ⅰ-78 シグマのギルド

■バーンの町 南東の荒野


 バーベキューコンロで肉を焼き始めてもサリナはエルとアナの面倒を良く見ていた。肉を焼いて二人の皿に入れてやり、タレとご飯で食べることを教えている。二人も当然焼肉を気に入った。最初は恐る恐るだったが、二口目からは肉を取り合う勢いで口に運んでいく。俺は自分が食べる分とミーシャの分をゆっくりと焼きながら、4人の食べっぷりを眺めていた。


 それにしても不思議だ、全然知らない世界で全然知らなかった者同士が、魔獣の溢れる荒地でバーベキューをしているのだ。それも、ハーフエルフと獣人の少女達とお俺が一緒にだ。神にそんなことはお願いしなかったが、神のおかげなら多少は感謝をしても良いと思う。


-ありがとう、神様。


 食後はキャンピングカーに戻ってからアイスを出してやったが、エルはサリナの言う通りに食べ始めると涙を流し始めた。サリナが驚いて声を掛けてやる。


「エル、どうしたの? 冷たいけど痛くないんだよ?」

「違うの、もう死んじゃうと思ってたのに、こんなに美味しいのが食べられるなんて・・・」

「そうなんだ・・・、元気になったから、これからも美味しい物が食べられるよ」


 サリナが心配して背中をさすってやったが、エルの頬には喜びの涙が流れ続けている。

 俺は助けてやって良かったと心の底から思った。


 §


 翌朝は日の出と共に朝食を取って、ピックアップトラックでシグマの町を目指す。街道を殆ど使わずに進むつもりだが、この車なら3時間ほどで着く予定だ。ギルドで買った地図はコピーをとったものに印をいれてあり、車での移動時間を記録しているから、徐々に時間の読みも正確になって来ている。


 車が走る周囲は草木の生えない荒地の景色がひたすら続いていく、たまにブッシュや岩場の影に虎系の魔獣が見つかるが車を止めて撃つ気にはならない。普通に撃つだけでは既に刺激が足りなくなっているのと、自分で撃つよりもミーシャに撃たせる方が面白くなっていると言うのもある。そんなことを考えながら車を走らせていると、ちょうど良い物をミーシャが見つけてくれた。例の高価な角を持っているクレイジーライナー君だ。


「2km程先にいるが、こちらにはまだ気がついていないな」

「ここからでも、50口径ライフルなら届くけどやってみるか?」

「そ、そうだな。うん、撃ってみたいな」


 先生のやる気を尊重して、マットと50口径の対物ライフルのミーシャ仕様-スコープ無し-を用意する。フラットな地形なので、地面からの伏射で十分狙えそうだ。双眼鏡で見ると約1.5km先まで計測できるレーザー式の距離計にはレンズの中にいるライナーは数字が表示されなかった。


 ミーシャはマットの上で腹ばいになって、銃口をターゲットに向けてからボルトを引いて12.7mm弾を薬室に装填する。頬を銃につけてアイアンサイト越しに獲物に照準を合わせた。いつもよりは少し長いがあった後に低い轟音が荒野に響き渡る。双眼鏡の中のライナーは右の前足が吹っ飛んだが、頑張って方向転換して逃げようとしている。だが、2発目が発射された音が響くと、双眼鏡の中のライナーの頭部から血が噴出して崩れるようにその場で倒れこんだ。


「風が強かったのかな?」


 ミーシャでも狙いがずれることがあることに安心感を覚えながら聞いてみた。


「いや、風と言うよりは砂の影響だろうな。思ったよりも砂が飛んでいたようだ。この銃であれほどのズレがあると言うのは情けない限りだ」


-いや、そんなこと言ったら、俺はどうなる?


 ピックアップトラックで獲物を回収に行くときに車の距離計で確認したが、撃った場所からの距離は約2kmだった。この距離なら十分に狙えると言うことが判れば今後の戦術で生かせるだろう。ライナーの角を切り離してからストレージのエモノの部屋に入れて、シグマの町に向かって再出発した。


 §


 ■シグマの町


 ギルドに行く前に、エルとアナにこの世界の服を買ってやった。店員に聞くと尻尾がある獣人向けの服を出してくれた。上着はプルオーバーのシャツだが、下に穿くものは後ろに開いた穴を紐で縛るタイプになっているスカートとズボンがあった。スカートの下に穿くパンツのような物も尻に大きな穴が開いているが、ゴアゴアして不細工な物だ。これなら、現世のショートパンツを切って穴を開けてやったほうが良いかもしれない。それでも店員が出したものは全部買って、宿で部屋を借りて着替えさせた。サリナもミーシャも本人たちの希望でいつもパンツルックだが、エル達がに穿いているスカートのほうが可愛げがあるような気がする。組合長の趣味はわからないが、可愛げがあるほうが働き口は見つかりやすいと思ったので、二人にはスカートを穿いてもらうことにしよう。


 エルとアナを連れて行ったシグマのギルドは今日も活気が無かった、この町にいる組合員は殆どが仕事の多いバーンに行ってしまうのだろう。受付のお姉さんは人気の無いホールに入ってきた俺達を見ると笑顔をみせてから奥に引っ込んでいった。何も言わなくても組合長ギルドマスターに取り次いでくれるみたいだ。


 戻って来たお姉さんに連れられて組合長ギルドマスター室に入ると、シグマ組合長のチャーリーは少しぎこちない笑みを浮かべて俺達を迎えてくれた。金貨を受け取りに来たのが早すぎたのだろうか?


「ようこそ、お越しくださいました。金貨の用意は出来ておりますので、ここに運ばせてもらいます」

「そうですか、クレイジーライナーとホーンティーガーの角をお持ちしました。ライナーは来る途中にも仕留めたんですけど、もう一つ買い取ってもらえますか?」

「もう一匹!え、ええ、それはもちろん。ありがとうございます。しかし、2匹目のライナーとは驚きました・・・」

「たまたま、に出てきたので・・・、それとは別に組合長にはお願いがあるのですが」

「何でしょうか?」

「ここにいる二人なんですが、親がいなくて行き場に困っているのです。何処かで働く場所と住む場所を世話してもらえないでしょうか?」

「なるほど・・・、住み込みの下働き等をお探しなのでしょうか?」

「そうですね・・・、あまりキツイ仕事はさせたくないのですけどね」


 せっかく助けた小さい女の子をブラックな職場には置いておきたくなかった。


「ふむ、そうなると少し難しいかもしれませんね。住み込みになると主人の言いつけを絶対守る必要がありますので、時には厳しくしつけられることもあると思いますから・・・。でしたら、組合でしばらくお預かりしましょうか?給料は払えませんが、倉庫に使っている部屋と朝晩の食事はこちらで提供しましょう」


 最終的な解決策にはならないが、悪い話ではなさそうだ。次の迷宮行きの間だけでも面倒を見てもらえば助かるのは間違いない。


「では、それでお願いします。倉庫は後で見せてください。二人が住みやすいように掃除をしますので」

「判りました・・・、その代わりと言うわけでもないのですが、こちらからも二つお願いがあります。一つはこれからもシグマの組合をご利用いただきたいと言うことと、もう一つはバーンの組合長ギルドマスターにお会いしていただきたいのです」

「バーンの組合長ギルドマスターに私達が?何故ですか?」

「ええ・・・、皆さんが活躍されていることは良いことなのですが、縄張りの件で旅団から向こうの組合長に苦情が入っているようでして、このままだと縄張りの仕組みが崩壊することを懸念されているようです。そこで、皆さんがこちらに来たら、会いに来るように伝えて欲しいと連絡があったのです」

「俺達がシグマに来ることは、どうして知ってるんだろう?」

「それは金貨の調達が原因です。シグマの組合はバーンの組合の下部組織になりますから、金貨はバーンから調達しました。ですが、これだけ大量の金貨を討伐で支払うと言うのは、旅団単位でも過去にはありませんでしたので、こちらからは説明しなくともバーンで気づいたようです」


 やはり、目立ちすぎたという事か。


「判りました。では、3日ほどしたらバーンのギルドに行ってみましょう」

「そうですか! ありがとうございます」


 チャーリーはホッとしたような笑みを浮かべている。俺に断られると思っていたのかもしれないな。バーンの組合長に会っても何も良いことは無さそうだが、バーンには未開地の情報を得るために俺も行きたいと思っていたところだった。折角だから組合長から情報を得るのも良いかもしれない。

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