第77話Ⅰ-77 姉のつもり?

■バーンの町 南東の荒野


 エルとアナを乗せて湿地帯をエアボートで走破した俺達は緑の旅団が縄張りとしている東の川を越えたところで、ピックアップトラックに乗り換え、比較的安全な荒地には日が沈む前に到着した。エルとアナは緊張していたようだが、俺達が悪人ではないと信じてくれた様子で言われた通りにおとなしくシートベルトをして座ってくれていた。

 驚いたのはサリナだ、自分より年下の二人の面倒を良く見るし、話し方もしっかりし始めた。どうやら、こいつの話し方や態度はハンスや俺に対する甘えなのだろう。小さいころから親と離れて暮らしていたから甘えるという事に飢えていたのかもしれない。


 周囲に何もない荒地でバスを改造した大型のキャンピングカーを呼び出した。二段ベッドが二つとソファーベットが二つ、さらにキングサイズのベッドが一つある8人がゆったり寝られる仕様になっている。もちろん、シャワールームやキッチンも完備されている。住んだことは無いが、ワンルームマンションよりは快適で広い室内だと思う。だが、アナには快適さが判るはずもなく、恐怖が勝ったようで車が飛び出してきた瞬間にエルにしがみついていた。


 エルとアナにも年齢と見た目に合わせたスウェット上下や下着を用意してやった。いつも使っている日本最大のアパレルメーカーは、ベーシックな衣料を探すには不自由の無い品揃えでとても重宝している。サリナが二人をシャワーに入れてやっている間に俺もストレージでシャワーを浴びてから、武器弾薬の補充をしておく。明日は迷宮へ行くつもりは無いが、常に備えあれという事だ。


 ストレージから出ると、シャワーから出て来た二人をサリナがバスタオルで拭いてやっていた。見るつもりは・・・無かったがチラッと見えたエルのお尻には黄色っぽい尻尾がちゃんとあった。ミーシャがシャワーに入っているようだったので、外で焼肉の準備をする前に周囲を双眼鏡で確認したが、見える範囲に動くものは無かった。湿地帯からかなり北東に来たので、このあたりは赤い旅団の縄張りになっているはずだ。あいつらは俺達を狙っている可能性もあるので注意は必要だが、移動手段が徒歩や馬車相手だから奇襲を受けることは無いと思う。


「サトル!二人の靴が必要です」


 確かにサリナの言う通りだった。用意するのを忘れていたので踵を引っ掛けられるビルケンのサンダルを何足か出して、服を着ている二人のところに持って行ってやる。後は夕食だけの予定だから、コンバットブーツなどは面倒だろうと思ったのだ。二人にちょうど良いサイズを履かせて残りをストレージに収納した。


「サトル!その靴はサリナが履いてはダメですか?」


 少し話し方が変わった気がするが、二人が居るからなのだろうか?


「サリナもこれが履きたいの?」

「う、はい!私も二人と同じ物が欲しいです」


 結局はおねだりなのだが、どうやら頑張ってお姉さん役を演じたいようだ。同じ型のサンダルを二つ出して渡してやった。


「ミーシャにも渡してやれよ。4人ともお揃いのほうが良いだろ?」

「お揃い!? やった・・・じゃあなくて、ありがとうございます!」


 何処まで続くか判らないがしっかりしようとするのは良いことだ。俺やハンスが居なくても生きていけないと困るのだ。しかし、まずはサリナよりもエルとアナをどうするかだが・・・。シャワーから上がってきたミーシャが髪を乾かすのを眺めながら、これからのことを考える。


 二人を奴隷にした親がいるバーンに連れて行くのはまずいだろう。そもそも、奴隷制があるのは火の国だけだと思っていたのだが違ったようだ。次ぎの町はシグマの町になるが、連れて行ってどうする?金を少し渡して放り出せばよいのだろうか?この国では二人の年齢でも働いている子供はいるようだが、やっていけるのだろうか?色々考えてもどうすれば良いのかが判らない。ここに来るまでは楽観的に考えていたが、やはり甘かったようだ。

 これが日本だったらどうするだろう?警察とか役所とか、そう言うところに相談するだろう。この国では?・・・まずはミーシャに相談してみよう。


「ミーシャ、髪が乾いたら外で焼肉の準備をするから周りの警戒をお願い」

「承知した」

「焼肉!サトル、焼肉なの!!」

「ああ、サリナは頑張ったからご褒美だ、アイスもたっぷり出してやる」

「ヤッ・・・、サトル、ありがとう!!エル、アナ、今日は今まで生きていた中で一番美味しいものをサトルさんが食べさせてくれるからね♪」

「一番美味しい物?」


 エルとアナはサリナのテンションを不思議そうに見ていた。


 俺はアサルトライフルを抱えるミーシャを連れて車の外でバーベキューの準備を始めた。投光器、バーベキューグリル、木炭、テーブル、チェアー、食器・・・。


「ミーシャ、エルとアナだけど、親がいないところで暮らしていくにはどうしたら良いと思う」

「なにか仕事が必要だろう。だが、親がいないとあの歳で雇ってもらうのは難しいだろうな。下手をすると奴隷に戻されてしまう」


 やはり、そう言うことになるのか。


「エルフの里なら、親がいない子供はどうするの?」

「里なら、長老達が面倒を見る家を決めて、その家の子供として育てられるぞ」


 なるほど、共同体として面倒を見てくれるのか。ミーシャはまだ16歳だが、いつから独り立ちしたのだろう?


「ミーシャは16歳だけど、いくつから一人で暮らしているの?」

「私か・・・」

「言いにくい話だったら、別にいいけど」

「いや、そう言う訳ではない。私は14歳になった時に家を出た。このまえ話した狼を取り戻すためにな。それまでは森で狩りをして暮らしていたのだ」


 自分のせいで大事な狼が捕らえられたって言ってたから、思い出したくない話だったのだろう。


「あの二人のことだが、シグマのギルドで相談したらどうだ?」

「シグマの組合長にか?あそこなら、面倒を見てくれるのか?」

「絶対とはいえないが、あそこはお前や私と良い関係を持っておきたいと思っているはずだ。換金にしろ、魔獣の素材にしろ、取り扱えばギルドにも手数料が入ってくるからな」


 なるほど、そう言う仕組みだったのか。確かに取扱高でギルド自体に金が入ってくるなら、俺達は上得意様になれる可能性があるからな。


「ミーシャ、良い情報をありがとう。明日にでもシグマに行こう」

「うむ、そうだな・・・、それとサトルと相談しないといけないのだが、お前の魔法道具で倒した魔獣のだな・・・、報奨金についてだが・・・」

「それは全部ミーシャので良いよ。俺は必要じゃないし」

「いや、そうはいかない。サトルには食事や寝るところも用意してもらっているし、魔獣をあれほど倒せたのは、お前の魔法があればこそだからな」

「でも、お金をもらっても俺には使い道が無いんだよね。それに、ミーシャは大事な狼を取り返すためにお金が必要なんでしょ?」

「それはその通りだが、このまま受け取る訳にも・・・」

「だったら、狼を取り返すお金として貸しておくから、取り返せてから返してもらうことしよう。それと、お礼をしてもらえるなら、一度エルフの里に連れて行ってもらえないかな?」

「私はそれで構わないが・・・、本当にそれで良いのか?」

「ああ、構わない。それと、最後の迷宮探策が終って狼を探しに行くなら手伝うよ。ミーシャが嫌じゃなければね」

「そうか!それはありがたい、私からもお願いしたいと思っていたのだ。これからもサトルのためにこの命を懸けて戦うことを我が精霊にかけて誓うぞ」


 命を懸けすぎのハーフエルフだが、これでしばらくは一緒に居ることができそうだ。それに、いつ行けるかは判らないが、俺の異世界ではエルフの里だけは外せない場所だ。

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