第3話 白い水着


海岸通り バイト先まで 3・白い水着 


    




 図星だった。


 ぼくは半年先に迫った進路のことで、親とも先生とも対立して、一人になりたくて、この海辺の町にやってきた。


 夏休みに入ってからのバイトだったので、民宿なんかの口は、あらかた詰まってしまい、滞在費でバイト代が半分近くとんでしまうことも構わずに、このバイトに決めた。


「大学……いくの?」

「あ、まだ未定」

「だめだなあ、進学するんだったら、夏が勝負でしょ。夏休みを制する者は受験を制す!」

「行く気になれば、二期校ぐらいは狙える」

「へえ、国公立じゃん。頭いいんだ」

「ぼくぐらいのやつは、いっぱいいるよ」

「……じゃ、他にしたいことが、なにかあるんだ」

「まあ……それは」

 


 間が持たず、半ば無意識に水筒の水を飲んだ……すると。


「わたしにも、ちょうだい」

 そう言って、返事もろくに聞かなずに水筒をふんだくり、女の子とは思えない豪快さで飲み始めた。

「あ……」

「この水、神野郷の龍神さまの湧き水ね」

「分かるの、そんなことが」

「だって、地元だもん。あ、間接キスしちゃったね」

「はは、そうだね」

「はは、わたし、ちょっと泳ぐね。お水、ごちそうさま」


 そう言うと、彼女は、目の前でギンガムチェックのシャツと、ショ-トパンツを脱いだ。


「あ、あの」

「つまんない水着でしょ。白のワンピースなんて」

 その子は、腰に手を当て、惜しげもなく、金太郎のようなポーズで全身をさらした。

「ここって、遊泳禁止なんじゃ……」

「ははは、わたしは、いいの!」

 そう言葉を残すと、その子は、勢いよく砂浜を駆けて海に飛び込んだ。


 ぼくは、あっけにとられた。その子が駆けたあとには、やっぱり足跡がない。それに、海の町の子にしては、肌が抜けるように白い……惚れ惚れするような泳ぎっぷりに見とれていると、急に深みに潜り込んだ。


 三十秒……五十秒……一分を過ぎても、その子は海面に現れなかった。


「お、おーい、大丈夫か!?」

 ぼくは、波打ち際に膝まで漬かって、その子を呼んだ。これはただ事じゃない。そう思って潜ろうと思ったその時、後ろで笑い声がした。

「あはは、こっち、こっち!」

 その子は、ビーチパラソルの下で手を振っていた。


「いったい、どうやったの?」

「簡単よ……」

 その子は、タオルで髪を拭きながら、続けた。

「東の方に潜ったと見せかけて、水の中で反対の西側に行くの。で、あなたが心配顔して岸辺に来たころを見計らって、死角になった方から、岸に上がって、ここに戻っただけ」

「すごいんだね、きみって」

「だって、地元の子なんだもん」

「でもさ……」

「あなたって、進学以外にやりたいことがあるんじゃないの?」

「あ、ああ……」

 

 気が付いたら、喋っていた。


 ぼくは、役者になりたかった。高校に入ってから、ずっと演劇部。季節の休みごとにバイトに精を出し、軍資金を稼ぎ、労演を始め、赤テント、黒テントなどを見まくっていた。でも言い訳のように進学の準備も並行してやっていた。

 そして、三年生の、この春になって悩み出した。役者になりたくなったのだ。

「たいがいにしとけよ」

 言わずもがな、親は見通していた。でも親を口説くことはできると思っていた。いざとなったら、家を出てもいい。


「でも、まだ他にも問題があるのよね」

 その子は、いつの間にか、元の服装に戻っていた。髪も乾いて、風がそよいでいた。

「あ、バイトに遅れる」

「大丈夫、まだ、ほんの五分ほどしかたっていないわ」

「え……」


 このあと……その子が、ぼくの心を読んだように話を先回りした。不思議だけど先回りされていることを不思議には思わず、悩みの種を全て喋ってしまった。


「そうなんだ……ありがとう。二郎君のおかげで力がついたわ。わたしも踏ん切りがついた」

「ぼくも、すっきり……」


 つられて顔を上げるとモロに太陽が視界に入って目をつぶる。


 次に目を開けると、その子の姿も、ビーチパラソルも無くなっていた。

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