第2話 遊泳禁止

海岸通り バイト先まで 2・遊泳禁止


    




 しかし歩くことはないだろう――ぼくの中の横着さがグチを言う。


 ぼくは、一時間先のバスを待つよりも、五十分かけて、海岸通りをバイト先まで、歩くことに決めた。

 Tシャツに短パン。帽子は、民宿のおばさんの勧めで、ジャイアンツのキャップを止め、麦わら帽に替えた。大きめの水筒ごと氷らせた裏山の湧き水を肩から斜めにかけて、首にはタオルを巻いた。

 歩くと決めて、民宿のおばちゃんが、あっと言う間に、このナリにしてくれた。


 民宿の寒暖計は、二十九度を指していたので、少し大げさかと思ったが、十分も歩くと、おばちゃんの正しさが分かった。


 民宿から続く切り通しを抜けると、見はるかす限り、右側は海。まともに真夏の太陽にさらされる。ぼくは海沿いの「海の家」のバイトと高をくくっていた。アスファルトの道は、もう四十度はあるだろう。

 通る車でもあれば乗せてもらおうかと思ったが、事故のせいか駅とは反対方向の、この道を走る車は無かった。砂浜でもあれば、波打ち際に足を晒して涼みながら歩くこともできるんだろうけど、切り通しを過ぎてからは、道は緩やかな登りになっていて、ガードレールの向こうは崖になっている。

 水筒の氷が半分溶けてしまった。溶けた分は、ぼくの口に入り、すぐに汗になってしまう。

 しばらく行くと、ようやく道が下りになり、右手に砂浜が見えだした。


「足を漬けるぐらいならぐらいならいいだろう」


 そう独り言を言って、ボクは「遊泳禁止」の立て札を無視して、砂浜に降りた。

 岸辺の波打ち際、海水に脚を絡ませた瞬間、頭がクラっとした。ぼくは快感の一種だと思った。実際、海の水は、心地よくぼくの熱を冷ましてくれた。

 数メートル波打ち際を歩いて気づいた。波打ち際から四五メートル行くと、海の色はクロっぽくストンと落ち込んでいることが分かった。

 なるほど、こんなところを遊泳場にしたら、日に何人も溺れてしまうだろう。


 しばらく行くと、遠目にイチゴのようなものが見えてきた。

 近づくと、赤と白のギンガムチェックのビーチパラソルだということが分かった。

 ちょっと傾げたビーチパラソルの下にはだれもいない。砂浜には自分が歩いてきた足跡しかついていなかった。

「ちょっとシュールだな」

 そう独り言を言って、パラソルの下……というより、パラソルが作り出している「木陰」の中に収まってみた。

 さやさやと、体から暑気がが抜けていく。ほんのしばらくのつもりで、ぼくは憩う。

 

 気づくと、形の良い脚が目に入った。


「気持ちよさそうね」


 目を上げると、白のショートパンツに、赤いギンガムチェックの半袖のボタンを留めずに裾をしばり、栗色のセミロングが潮風にフワリとなびいている。

「これ、きみのビーチパラソル?」

「うん、そうよ」

「ごめん、勝手に使って」

「いいわよ、ちょっと詰めてくれる」

「あ……ああ」

 その子は、思い切りよく、ぼくの横に座り込んだ。その距離の近さにたじろいだ。

「この辺じゃ見かけないけど、あなた、夏休みの学生さん?」

「うん、東京。でも、遊びじゃないんだ。バイト、お盆まで……」

 そこまで言って、気が付いた。砂浜には、やはり、ぼくの足跡しか残っていない……。

「ふうん……東京だったら、もっと時給とか、条件のいいバイトあるんじゃないの?」

 足跡の謎を聞く前に、たたみかけるように、鋭い質問がきた。

「きみ……本当は、家から逃げ出してきたんじゃないの……?」

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