海岸通り バイト先まで
武者走走九郎or大橋むつお
第1話 しまった!
ライトノベルベスト
海岸通り バイト先まで・1
しまった!
バスの発車音で目が覚めた。
「おばさーん、次のバス何時かなあ!?」
ぼくは、階下のおばさんに大声で聞いた。
「なんだ、まだ居たの。今のバスで出たと思ってたわよ」
今朝は早く目が覚めて、一時間も早く朝飯を食った。
それでバスの時間まで、わずかなまどろみを楽しんでいたんだけど、それが本格的な二度寝になってしまったのだ。
「次のバスって……一時間先だよぉ」
階段を駆け下りてきたぼくに、民宿のおばさんは気の毒そうに時刻表を指さした。
二三秒、呆然として玄関のピンク電話に。受話器を手にしたところで、肝心の電話番号が頭からとんでしまっていることに気づく。
慌てて二階に戻り、バッグから手帳を取り出し、そのまま電話のところに戻った。
「あ……」
同宿のA子さんに先をこされていた。
「だからさ、もう二三日は帰んないから……お母さんに代わってくれる……あ、お母さん……」
ぼくは、こういう時にはっきりとものが言えない。
狭いロビーで新聞を読むふりをした。夕べも、今日からのバイトに備え、早く寝ようとした。でも、いまホットパンツのお尻を向けて電話しているA子さんたちにつかまり、ウダウダと、二時近くまで付き合ってしまった。
それでも十分間に合う時間に目は覚めて朝ごはんまで食べたんだけど、二度寝になってしまった。
ぼくにはこういうところがある。しっかりしなきゃなあ。
地方新聞の三面記事、海岸通りの北の方で、大型タンクローリーが事故。そこを眺め、四コママンガを見ている時に声がかかった。
「はい、電話かけるんでしょ」
A子さんが、お気楽に受話器を振って促している。
「あ、ども……もういいんですか」
「急ぎの電話だって、顔に書いてあるわよ」
「すんません」
「優しいのと、気の弱いのは違うって、夕べ言われてたでしょ。神田川クン」
ちなみに、ぼくは神田川ではない。柳沢二郎。二郎と言っても次男ではない。なぜ神田川かというと、夕べ盛り上がった時に、A子さんの連れの、B子さんや、C枝さんに「キミは、神田川のオトコみたいだね」と言われて、そうなった。
ダダダダ
元気な足音をさせてB子さんが降りてきた。A子さんと同じくTシャツにホットパンツ。出で立ちと持ち物から海へ直行する感じ。
「よ、神田川。オネエサンたちといっしょに海岸散歩しない。気が向いたら、そのまま海へザブーン!」
B子さんは、ピンクのTシャツを、ビキニの上の方が分かるところまで、たくし上げて、ぼくを挑発した。
「よしなさいよ。あの子バイトのために来てんだから」
「まあ、海まで来て川を相手にすることもないか」
「B子」
A子さんが、軽くたしなめた。いつの間にかC枝さんもロビーに現れ、三人連れだって玄関を出ていった。
ボクは、テレホンカードを入れて、バイト先の「海の家」まで電話した。
「……すみません。バスに乗り遅れて、少し着くのが……」
――ああ、いいよいいよ。夕べの海岸通りの事故で、道が塞がってっから。お客さん来るの遅れそうだから――
オジサンが優しく言ってくれた。
そう言えば、今、新聞で知ったところだ。ボクは、改めて新聞を読み直した。事故の復旧は、昼前までかかる見込みと書かれていた。
でも、やっぱり、できるだけ早く行こう。バイトとは言え仕事は仕事だ。それも初日。誠意は見せておかなければならない。
誠実さと気の弱さが、同じ結論を出した。
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