断章 彼と彼女

 鳶丸が皇国出身だから――と選んでくれたのだろう。

 学生が放課後にお茶をするにしては随分と雰囲気がある畳敷きの個室で鳶丸は目を付けていた“副会長”と向かい合っていた。

 金色の髪の美少女が正坐でお茶を啜る様は不思議なことに様になっていた。姿勢が良いのだろう。

 女性の笑顔を至高とする鳶丸はアンヌーンの政策にはあまり良い感情を持って居ない。それでもその為にこうして磨かれた女性の所作には確かな美しさを感じることが出来た。


「……何だ?」

「や、や、別に。――ただ、君に見とれてただけさ」

「そうか」


 強い目。硬い声。誘っておいて露骨に向けられる“嫌悪”の感情だって気にならない。

 柔らかく口の端を歪めての苦笑い。威嚇する仔猫の様なお嬢様に睨まれながら、鳶丸は注文していた餡のおはぎに手を付ける。塩の味。その後にくる自然な甘さ。覚えがあった。砂糖を使わずに造られたモノだと分かった。理由は簡単だ。


「ご機嫌麗しいところ申し訳ないんだけどさ……ここの店って持ち帰り出来るのかな?」

「……何故だ?」

「オレの相棒の好物なんだよ」

「樹さ……――や、山城殿、のか?」

「あ、そっちじゃなくて――」


 《竜》の方、と鳶丸。

 酒も好きだが、甘い物も好き。基本的に鳶丸の相棒である轟天丸は食道楽なのだ。だから持って行ってやろうと思った。それだけだ。それだけなのだが――


「何? 凄い意外そうだね?」


 何故かとても意外そうな眼で見られた。見開かれた青い瞳は先程まで“美しい少女”だった彼女を“可愛らしい少女”へと変えていた。

 こっちの方が素かな? そう思う。凛とした先程までの佇まいよりも、意外なことに、こちらの表情の方が彼女に似合っていた。


「いや、すまない。……その、貴方は余り《竜》を大切にしない竜騎兵だと聞いて居たので……」

「距離感の問題だね。オレとアイツはこれ位の距離感がベストだってだけだよ」


 苦笑いしながら鳶丸。竜騎兵は男社会だ。そして鳶丸は同性にはあまり好かれない。そうすると偶にこう言う流された“噂”と会ってしまう。大抵は面白くないのだが、稀にタイミングが良いとこう言う風に面白いことになる。

 想像と現実のギャップはフラれる原因にもなれば、崩しのポイントに使えることもある。

 バツが悪そうに、伏せる様にしてお茶を飲む副会長を見て、これは行けるのでは? と鳶丸は思った。勿論、表情には出さない。態度が変わった、防御力が薄くなった、そのことに気が付かない振りをする。


「噂通りで無くて良かったよ」

「そ? オレも君にオレのことが分かって貰えて良かったよ」


 言いながら彼女の手を握る鳶丸。「――」。振り払われるだろうな。多分、慌てて。それも織り込み済みだ。そこから余裕を見せ、少し怒らせてから進めて行こう。そう思った。思ったのだが――


「――そうだな。先ずは自己紹介でもどうだろう?」

「――」


 動きの無い表情。硬くなった空気。歓迎する様な言葉とは裏腹な態度に鳶丸の片眉が不審で持ち上がる。


「綺麗な女性に手を握られるってのは――あぁ、鉄の手であっても最高だ」

「そうか」

「でもそんな悲しそうに歓迎の言葉を投げられると如何したって不審に思えてしまう。……勿論、君を疑いたくはないんだけどね? オレに何か用かな?」

「……私の名前はローゼマリー・フォン。ノーザンバルド」


 ギ、と握られた鋼鉄の指が軋む音。


「貴方にアンヌーンから宛がわれた女だよ、墨字鳶丸。派手な女性遍歴を持つ貴方から見てどうかな? 私で満足して貰えるかな?」


 そのまま鳶丸の手は引き寄せられ、照れる様に、はにかんだローゼマリーの頬に宛がわれた。







 或いは。

 鳶丸の腕が感覚がしっかりと残る生身であれば――。

 女性の心理に鈍く、手玉に取りやすい樹雨相手であれば――。

 ローゼマリー・フォン・ノーザンバルドのこの行動は狙い通りに行ったかもしれない。

 だが生憎と鳶丸は樹雨程扱い易くはない。女に慣れている。慣れているし――


「それは光栄だ。だが遠慮させて貰おう。オレは君の泣き顔を見て暮らす様な生活をしたくはないからね」


 女性を不幸にする気はない。


「……それは、どう言う意味だ?」


 睨みつける。そう称するに相応しい眼光に射抜かれても、鳶丸は笑顔を崩さない。


「言ったままだよ、ローゼマリー。オレは君の泣き顔を見たくない。アンヌーンの政策は知っているし、それに殉じようと言う君を侮辱する気もない。――だが。だがだ。オレが空で戦ったのは女性の笑顔の為だ。あんだけ苦労したのに泣き顔は……見たくない」

「――そんなことは――」

「あるだろ? 君はまだ吹っ切れていない。惚れた相手は樹雨かな?」

「――っ!」


 跳ねる様にして後ろに。結果として鳶丸の手だけが先程までローゼマリーが居た空間に残る。間抜けな絵面だ。


「や、や、分かるよ。樹雨は良い男だ。――あぁ、勿論、オレの次にだけどね?」


 ウィンク。お茶目に。「――」。ローゼマリーが、すん、とした表情になる。「……オーケー。冗談を聞く気分じゃない、と」肩を竦める鳶丸。


「ま、そう言うことです。女遊びが出来なくなる。ソレも悲しいことだが、君が不幸になることの方がオレには辛い。こんな真似をしなくてもオレはアンヌーンに居るって約束はする。そう……君の為にね!」


 もう一回、ウィンク。

 今度は少し、笑って貰えた。

 それを見て満足そうに頷き、鳶丸は立ち上がる。手には伝票。


「そっちの都合もあるだろうからオレが承諾したことにしておいて貰って構わない。それでも本当に夫婦になるのは君がオレに惚れてからにしようか、お姫様? ま、そんなに時間は掛かんないと思うけどね?」


 からかう様に言いながら、伝票をぴらぴら。そのまま個室の扉を開けて立ち去る。


「……」


 何となく。

 ローゼマリーはその背中を追いかけた。

 少しだけ。ほんの少しだけ、話す前よりも彼のことが好きに成れた。そう思う。無意識に右の人差し指が赤のルージュを引いた唇を撫でる。


 ――恋に落ちる。或いは、その一歩。


 それを思わせる少女の艶やかさだ。


 そんな彼女の目の前で――


「お会計お願いね。ここのおはぎ美味しいね。オレ、ファンになっちゃった。これからちょくちょく来ても良いかな? うん? そう! ありがと! それから君がシフトに入ってる日も聞いて良いかな? ほら、おはぎだけじゃやなくてさ、オレ、君のファンにもなっちゃったんだ……」


 伊達男の良く回る口がくるくると回っていた。


「……」


 傍らの通学カバンを掴む手に力が入る。靴を履くことなく、廊下に降り立ち、ぐり、と地面を踏みしめる。

 その軌跡はハンマー投げの様に――。

 鳶丸の頭を通学カバンがかち割るまであと三秒。









あとがき

実家のトイプーが蜂に刺されたらしい。

右後ろ足をやられたらしい。

痛いらしく、腹を見せつつ右後ろ足を高らかに掲げてひっくり返ってる写真が送られてきた。

可哀想だけど――不様可愛い。

この時期の蜂は気が立ってるらしいので皆さんもお気をつけをー。

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