兄弟

 皇国空軍特務部隊。通称、鉄腕隊。

 その部隊名の由来は隊員全員が鋼鉄クロームの腕を持って居たことからなる。

 皇国技研の技術の粋を集めて造られた鉄腕。人体を遥かに超える――という謳い文句で造られたソレに隊員の両腕は挿げ替えられている。

 だが、一人。ただ一人、例外が居る。

 機械の腕では届かぬ性能の生身の腕を持つが故、その男は片腕だけを機械化するに留めることになった。

 それ故のレフティ。右利きのはずの樹雨に付けられた不釣り合いなTACネームであり、鳶丸のエレメントを務める相棒の名前だ。

 そんなかっての相棒が今、目の前にいる。

 戦火の空で嫌と言うほど見た暗褐色の髪と、同じ色の一つだけの瞳。成程。言われて見れば『色』は同じだ。足元の小さい方と、現れた大きい方を見比べて鳶丸はそんなことを思った。だが――


「無自覚な虐待ってのは笑えないな、相棒。お前は自分がどれ程酷いことを言ってるか分かってるのか?」

「……どういう意味だよ?」

「お前みたいになるとか最悪の未来だろ?」

「……どういう意味だよ?」

「言ったまんまだよ」

「……」


 ぺき。渇いた音が樹雨の口元から響く。咥えられていた木煙草が噛み砕かれ、短くなっていた。器用に舌を使って樹雨は口に含んでいた木片を吐き捨て、折れた先端を奥歯へと運んでいた。

 殴り合う準備。

 それを整えたと言うことだろう。見て、鳶丸は肩を竦める様にしながら両手を上に。止めて下さい。敵ではありません。そう言うことだ。

 両腕が鋼鉄の鳶丸だが、生憎と樹雨は戦闘民族である山城の出だ。片腕程度のハンデで殴り合う気はない。


「相棒。お前も来てるのは知ってたが、まさか再開がこことはなぁ……」


 何? お前もナンパ? と鳶丸。


「ンなわけねぇだろうがよ」


 駆け寄って来た小雨を受け止めながら樹雨。その小雨眼帯に軽く触れて視線を送れば、鳶丸は軽く口の端を持ち上げつつ、ウィンクを返してくる。『分かってる』或いは『詮索はしない』。そんな所だろう。勝手に良い様に解釈しておく。こう言う時、察しの良い色男は頼もしい。


「ま、そうだろうな。お前は基本的に一穴主義だもんな、兄弟・・?」

「……」


 ニヤニヤ笑いながら鳶丸。先程、樹雨の心の中で上がった評価が一瞬で下がった。


「? あにうえときょうだいなの?」

「お? あぁ、そうだ穴兄弟って奴だ」

「ふーん……あにうえ、あなきょうだいってなに?」

「……おぅ、こら、テメェ」


 変な言葉覚えちまったじゃねぇか、と樹雨が鳶丸を睨む。先と同じ様に口の端を持ち上げてウィンクをされた。「……」。樹雨は親指を下に向けて思い切り下げてやった。くたばれ糞が。そんな気分だ。


「で? 色街での遊び方教えた時みたいに、今回もナンパの仕方を教えてやろうか、相棒?」

「要らねぇっつてんだろうがよ」

「そうか。だが残念なことに外から見たらお前はオレのオトモダチだ。守衛にマークされてるから一緒に怒られようぜ?」

「……声をかけた俺が馬鹿だった」

「おぉい! 寂しいことを言わないでくれよ相棒!」

「声がでけぇよ伊達男」

「まぁ、安心しろよ相棒。そろそろここの生徒会長ちゃんと副会長ちゃんが苦情を言いに来る。とびっきりの美少女だから楽しみにしてろ」

「……小雨ぇー」


 逃げるぞー、と樹雨が呼びかける。それよりも早く「あねうえだ!」と小雨が声を上げた。視線は樹雨の後ろだ。ソレを追う様に鳶丸が障害物樹雨を避ける様にして覗き込んで「噂をすれば、だな」と楽しそう。「……」。樹雨も振り返る。

 風が吹く。

 癖のない黒髪が舞う。朝別れた時と同じ格好をした婚約者がそこにはいた。

 顎に手を当て、少し考えこむ様に。彼女は、カナメは冷たい目と冷たい声で――


「……ふぅん、穴兄弟か。成程ね」


 そんなことを言っていた。


「……」


 樹雨は何となく空を見上げてみた。灰色の空だった。







 カナメと連れ立ってやって来た金髪の少女は何やら鳶丸に用事があるとのことだったので、別れることになった。何やら大事な話があるらしい。

 そしてそんな場所にカエルを持って行く訳には行かないので、袋詰めされたカエルは再び小雨の手に戻って来た。

 それは別に良い。

 問題はカエルを持って役所に行く訳には行かないことと――既に小雨が飽きてることだ。

 退屈になると残酷な遊びを思いつくのが幼子だ。飽きた小雨は袋をぶん回しては、止め。その度に暴れるカエルを見て笑っていた。「……」。あまり教育上よろしくない系統の遊びの気がする。


「小雨、カエル逃がしてやれ」

「えー……」

「食うなら食うでさくと殺せ。嬲るなや」

「……」


 うごうごする麻袋を見て、それもそうか、と小雨が頷き――次の瞬間、袋を地面に叩きつけた。荒い袋の目から赤が染み出す。これは小雨の狙いでは無かったようで「あー……」と困った様に小雨は兄を見て、ちょっと引いてる姉を見て、最後にもう一度、手の中の袋に戻した。


「あにうえ、アメはごうてんさんにカエルをあげてくる!」


 そして次の遊び場に行くことにしてしまった。


「……」


 樹雨が不安に思っていたことが現実になった。

 カナメと二人きりになってしまった。

 癖のない黒髪を軽く手櫛ですく婚約者。絵に残しておきたくなる様な彼女の目は――冷たい。様な気がする。

 それは世の男が浮気をした際に妻に見てしまう幻覚の様なモノなのだが、若く、地上では未熟な樹雨にはそんなことは分からない。

 カナメの一挙手一投足を樹雨の一つだけの瞳は追い、勝手にそこに深い意味を見出していた。


「君。良いから」

「……?」


 疑問付を浮かべる樹雨に、苦笑いを浮かべるカナメ。


「うん、何と言うか、君は思った以上に純情なんだな」


 あの男のエレメントだと言うから少しはそう言う方面に慣れているかと思ったが……。

 嬉しい誤算だよ、とカナメ。


「僕はそこまで面倒なことを言う気はないよ。君はもと軍人だ。そういうこと・・・・・・は普通にあるだろうことくらい、僕にも想像は付く。僕はそこまで可愛い乙女と言う訳ではないからね」


 ただ――


「少しだけ、寂しがる位は許して欲しい」


 弱く、無理矢理つくった様な笑顔。樹雨はソレを見て、生身の右手でカナメの手を取り、引き寄せる。「あ、」と声を上げてカナメが胸の中に納まる。


「さっきの話だけどよ……どの辺から聞いてた?」

「? どういう?」

「俺は一穴主義……らしい」

「……」

「だから……その、あー……これからは……」

「『これからは』?」

「………テメェだけだ」

「言葉が足りないな。僕だけを、何だい?」

「……――」


 ぐぅ、と聞こえて来たのは呻き声。樹雨の胸の中から上目遣いでカナメが表情を見て見れば樹雨が固まっていた。仕方がないな。音を造ることなく、カナメの口元が悪戯っぽく動く。


「聞かせてくれないかい、樹雨。僕だけを?」

「――――」


 カナメの耳元に樹雨が顔を近づける。音が拾えたのはこの世界の中、カナメだけだった。

 カナメが身体を離す。

 彼女の前には耳まで赤くした樹雨がいた。

 あの夜。

 余裕を見せていたのは、本当にキスをしなかったからなのだろう。愛の言葉を囁くだけで耳まで赤くする彼。手を伸ばし、カナメはそんな彼の暗褐色の硬い髪を撫でる。


「君はもう少し恋の駆け引きをと言う奴を覚えた方が良いな」


 そうでないとこれからの生活、僕にずーっと手綱を握られることになってしまうよ?

 悪戯っぽいウィンクと共にカナメは樹雨の唇に自分を重ねた。












あとがき

今月から本気出す。

出さないと終わらないから!!

(S)との並行連載は――少し、キツイ!!


そんな訳でプチ宣伝。

表紙が公開されたよ!

オーバーラップのホームページか割烹を見て見て下さいな!!

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