伊達男

 床が散らかっている。

 男物の服と、女学生の服が絡み合う様にして散乱する様はまるでその持ち主たちがなにをしたのかを表しているかのようで少し背徳的だ。

 アンヌーン歓楽街横の安宿。香水と、男と女の汗の匂いが充満した部屋で墨字鳶丸すみじとびまるは目を覚ました。

 くっきりとした目鼻、濡れた様な黒髪に尖った耳、そして褐色の肌を持つ精霊種エルフの男だ。王国では差別の対象としてダークエルフと呼ばれる

 美形ぞろいと言われることが多い精霊種エルフの例に漏れることなく整った顔は大きな欠伸をしても整って見えるのだから中々に理不尽なモノだ。

 さて、そんな風にベッドの上で欠伸をした彼には両腕が無かった。

 皇国空軍特務部隊、通称、鉄腕隊。

 そこに入る際に鳶丸の両手は鋼鉄クロームへと替えられた。


 ――両腕と言うのが拙かった。


 傍らで眠る少女を起こさない様にベッドから抜け出た鳶丸は言い訳の様にそんなことを思う。

 かっての相棒の様に片腕なら未だ良かった。両腕と言うのが良くない。何故なら鋼鉄クロームの腕は重く、長時間装着していては骨格が歪んでしまう。

 そうなると如何したって就寝中は腕を外すことになる。鳶丸の場合は両腕だ。そうなってしまうと朝起きた時、どうしたって難儀することになる。だから誰かと一緒に寝なければならない。そして鳶丸は男だ。男であり、衆道趣味がない以上、一緒に寝る相手は女性が良い。

 だからこれは仕方がないことなのだ。

 栗色の髪の少女。覆いかぶさる様にして、彼女のウェーブの掛かった髪に口を付け、そのまま耳元に囁き掛ける。

 目を覚ました少女がくすぐったさから逃げる様に枕に顔をうずめて肩を震わせていた。







 ――騎竜が金翅鳥ガルーダと言うのも良くなかった。

 雲の向こう側がうっすらと赤く染まる夕暮れ時。濡れた様な黒髪を短い馬の尻尾の様に後ろで纏めた鳶丸が、欠伸を噛み締めながらまた、誰へと無くそんな言い訳をした。

 竜騎兵の朝は早い。

 それは自身の騎竜との一晩の別れを惜しむからで、或いはもっと実直的に騎竜の為の朝食を用意しなければならないから等の理由がある。

 だが騎竜としては例外に近い金翅鳥ガルーダはその部分も例外的だった。

 先ず、寿命が長い。

 そして知能が高い。

 結果、どう取り繕っても他の騎竜が“飼う”“飼われる”という表現に近くなってしまう所、金翅鳥ガルーダと人の関係は“奉る”“奉られる”に近くなる。

 人の形に近い、それでも確かに人を超えたモノ。金翅鳥ガルーダなどの人型の《竜》が過去に神、或いはその御使いの様に扱われていた名残だ。

 鳶丸の騎竜である轟天丸ごうてんまるも墨字家の長子が代々受け継いできた個人ではなく、家の《竜》だった。そうなってしまうと、どうしても他の竜騎兵と騎竜程の関係は築き難い。

 そして知能が高いので、金さえ渡しておけば――下手をすれば金すらも自分で稼いで好きなモノを買う。

 そうなってくると世の一般的な竜騎兵の様に『朝早くから働く』と言う行動を鳶丸はしなくてもよくなってしまい、結果としてこんな時間までダラダラと過ごす習慣が付く。そして、不良竜騎兵と言うレッテルを貼られてしまうのだ。

 何と言う理不尽。

 世の中はどうにも自分に厳しく出来ている気がする。

 そもそも墨字鳶丸の生まれがそうだ。

 母親は妾と言う立場で、いつも泣いていたことを覚えている。それでも彼女は鳶丸を可愛がってくれた。鳶丸は年相応にそんな母に甘えるのが好きだった。

 だが墨字家に男児が生まれないまま、先代当主の胤が枯れた時、鳶丸は母から引き離された。墨字宗家の血を引く当代唯一の男児として引き取られたのだ。

 先祖代々、戦士として金翅鳥ガルーダを奉り、引き継いできた墨字家は、既に戦士では無く、商家に鞍替えしており、金翅鳥ガルーダを必要としなくなっていた。

 彼等はそれでも一応の伝統を守る為に鳶丸を必要としたのだ。鳶丸にとってはいい迷惑だ。引き取られたは良いが、与えられたのは竜舎の横の小さな小屋とぼろ布の様な服だった。父親と名乗る男は既に枯れ枝の様な老人であり、家の支配権は彼の超えた豚の様な娘達のモノだったのだ。轟天丸ごうてんまる――墨字家の守神である金翅鳥ガルーダが父親代わりに飯を用意してくれなければ死にはしなくとも、成長に悪影響が出る程度のことはあっただろう。

 それを予感してか、別れの際。髪を撫でる母の顔は泣き顔だった。

 だから鳶丸は女の泣き顔を誰よりも嫌い、女の笑顔を誰よりも好む。

 好きこそものの上手なれとはよく言ったものだ。鳶丸は女を笑顔にする技に長けていた。


 ――テメェは何時か女に刺されて死ね。


 猛禽の目の男にそんなことを言われたこともある。自分でもあまり褒められた行為ではないと自覚している。それでも墨字鳶丸は女の笑顔を求める習性を殺し切れないでいた。

 戦場でも隠すことの出来なかった生き方スタイル。それ故に与えられたTACネームが伊達男ファプなのだから最早筋金入りなのだろう。







 意外なことだが――と言って分からないが、鳶丸はだいたい一ヵ月位で捨てられる。

 それは“相手”の居る“相手”の相手をした結果、バレて逃げねばならなかった――と言うよりも、相手が夢から醒めてしまうからだ。

 顔が良くて、声が良くて、口が巧い。

 そんな鳶丸を初対面で彼女達は大きく見誤る。だが一ヵ月も夜を共にすれば彼女達は鳶丸が彼女達の“想像の鳶丸”ではないことに気が付く。好みもあるが、鳶丸は敢えてそう言う頭が良く、それでも夢に憧れる相手を口説いていた。

 今の恋人である栗毛色の髪の少女も何れそうなるのだろう。

 うっすらとそんな寂しさを感じながらも、少しでも自分のことを思ってくれている間は全力で相手に恋をするのが鳶丸の流儀だった。

 だから花を背中に隠し、彼女が通うアンヌーンの学舎の正門前に向かった。途中、守衛が嫌な顔をしているのが見えた。摘まみだしたいが、アンヌーンの政策の一環で外から引っ張って来た鳶丸の立ち位置は少しだけ強い。彼等はそう言う視線を向けるのが精一杯だ。

 それを見て、髪を整えながら片目を閉じてしまうのが彼が女にはモテても男にはモテない由縁だろう。

 見ない方が精神衛生上良いと判断した守衛が鼻息を荒くして視線を逸らした。

 被せる様にして鳶丸も鼻息を被せた。馬鹿にする様に、勝ち誇る様に。それでもう一度守衛の視線が鳶丸を捕らえた。それに笑顔で応じる。あぁ、悪い癖だな。そう思う。

 それだけだ。

 そもそも男とそんな駆け引きをしても面白くない。やはり心を通じ合わせるのならば異性が良い。そんなことを考える鳶丸の視界で花が咲いた。

 少女の笑顔だった。

 鳶丸を見つけた一人の女学生の笑顔だった。

 愛する恋人の笑顔が自分に向けられて居る。それだけで鳶丸はこの世全ての理不尽が許せる気分になった。

 軽く、一歩。

 出迎える様にレンガ鳴らす。

 鋼の腕を動かし、背中に隠した花を見せる。少女の足が速くなる。鳶丸の足も速くなる。影が交わる。遅れてコンマ数秒。身体が交わる――その刹那。


「ちちうえー!」


 何やら小さな生きものが鳶丸の足に飛びついて来た。







 ――皇国語と言うのが最悪だ。


 暗褐色の髪と暗褐色の瞳。右目を眼帯で隠した可愛らしい小さな生きものが喋るのが皇国語であり、自分が喋るのも皇国語であり、目の前の愛する恋人も皇国語を理解できると言うのが最悪だ。だって、これではまるで――

(本当にオレが皇国に残してきた子の様じゃないか――!)

 そんな鳶丸の心情など無視して、否、或いは正確に汲み取ったかの様に、幼子は可愛らしく小首を傾げて「あいたかったです、ちちうえ」などと言っている。

 皇国語を普段使いする者であれば、その幼子の口調が何処か芝居がかったモノだと気が付くことが出来ただろう。だが残念。鳶丸の愛する恋人は帝国語を主に、貿易を生業とするアンヌーンの土地柄の作法として皇国語を嗜む程度だった。


「……」


 無言で鳶丸が顔を上げてみれば、予定よりも随分と夢から醒めた恋人の顔があった。

 いや。

 冷めると言うか、嫌悪に近いモノが浮かんでいた。『どういうこと?』を通り越して『貴方がそんな人だなんて思わなかったわ!』だ。夢と現実の落差。更にその現実が想像以上に酷いモノだと言う想像をさせる子役が居る。その結果だろう。


「……遊びだということは、分かって居ましたし、承知していました」

「……いや、」

「……」


 鳶丸の次の言葉を待つ少女。それでも鳶丸が何も言えないでいると言葉以外の物が飛んできた。平手だ。


「子供にそう言うことをする人だとは思いませんでした」


 次に言葉。レンガ道を強く踏む音が聞こえ、横を通り過ぎる気配がした。痛む頬。無理矢理視界を横に向けられた鳶丸の視界にはニヤつく守衛が居た。それで、もう、言い訳をしようと言う気が――いや、そもそも言い訳をする必要もないのだが――まぁ、兎に角、何かをする気が無くなり、鳶丸は道に座り込んだ。

 周囲からは嘲けりを含んだ視線。これは暫くここに寄りつくのは止めた方が良さそうだ。そんなことを思った。


「だいじょうぶ?」

「……大丈夫じゃない」

「げんきだせ! な?」

「……元気でない」

「これあげるからげんきだせ!」


 原因の幼子が袋を手渡してくる。受け取れば、抵抗する様に袋が蠢いた。


「なにこれ?」

「カエル。アメはからあげにするといいとおもう。おすすめ!」

「……そっか、ありがとな」


 言って、鳶丸は身体を起こす。

 こちらを見上げる一つだけの暗褐色の瞳と目が合った。


「それで? お嬢ちゃんは迷子かな?」

「? アメはまいごじゃないよ?」

「……そんじゃどうしてオレに抱き着いて来たんだ?」

「あにうえがワルイヤツだからそうしろって……ワルイヤツなの?」

「……少なくとも君の兄上とやらよりは良い奴だよ?」

「……」


 じとっ、とした目で見られた。思わず苦笑い。兄上に懐いているらしい。


「君、ピーマン好き?」

「……ちょっとかれとはわかりあえない」

「そうか。兄上は『食べろ』って言わないか?」

「いう! アメはあにうえのそういうとこ、ちょっとどうかとおもう……」

「オレは『残しても良い』って言ってやるぜ?」


 何故か更に不審な奴を見る目で見られてしまった。


「そういうのは、よくない」

「……おぉ、しっかりしてんな。兄ちゃん、反省するわ」


 悪かったな、と頭を乱暴にぐしぐし撫でる。子供特有の暖かさが手の平に返って来た。「さて」と気持ちを切り替える鳶丸。


「どっかいくの?」

「遊ぶ約束してた子が帰っちゃったからな。別の遊んでくれる相手を探すんだよ」

「アメがあそんだげようか?」

「おぅふ。そうきたかぁー……まぁ、十年後に期待させてもらうよ、お嬢ちゃん」


 鳶丸がそんなことを言って幼子に背中を向ける。視界を上げる。そこには――


「そいつは男で、ついでに十年後は大体俺だ。……テメェにそう言う趣味があったたぁ驚きだ。俺は今後、あの戦場のことを思い出すと別の意味で背筋が寒くなりそうだぜ、ファプ?」


 暗褐色。







あとがき

変換がめんどい。ガルーダを金翅鳥とか書いた奴ゆるさぬぇ(。-`ω-)

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