蛍火蜻蛉
偉大なる蒸気王が唱えた
そこに記された錬金の秘奥を用いて造られた物質の一つである
熱を外に漏らすことなく、エネルギーに変えられるコレが無ければ蒸気文明は成り立たないと言っても過言ではない。
樹雨の腕にも、目にも当然、使われているし、この時代の竜騎兵の必須装備とも言える機関式サドルにも使われている。
排煙が空を染め上げても竜騎兵の生き方は変わらない。
それでも飛び方の作法は多少は変わっていた。
『こちら
機関式サドルに繋いだ通信機から漏れる音が耳朶を震わせ、聞き慣れ鳴り男の軽口に樹雨は少し、眉根を寄せた。
「……通信先を間違えてるぜ、オペレーター。俺は右利きだ」
『そうかぃ、レフティ。それで、感度は?』
「……良過ぎて最悪だ。気取った口調で鳴くなや金糸雀」
『オゥ、そいつは残念。他の奴等にはオレのトークは割と好評なんだがな……』
「俺はオペレーターに役者を望んじゃいねぇよ」
『質実剛健。皇国武者って奴は遊びが無いねぇー』
「……そいつぁ悪かったな。遊んでくれる相手の担当に代わって貰えや」
『希望が通るならオレとしてもカワイコちゃんの担当に付きたいがねぇ……それでも
「……人手不足が深刻みてぇだな」
アンヌーンの防衛隊は、と樹雨が嫌味を言えば。
『まさしく。だから外様のアンタに、あー……シラハノヤ? だっけ? が立ったって訳だ』
おちょくる様な声が返ってくる。
「……」
これは、アレだ。話すのが好きで、好きで、大好きな奴だ。樹雨は何となく故郷の
「……テメェ
『だったら?』
「軽口に付き合う気はねぇが、ウルセェのには目ぇ瞑ってやるよ」
やたらと冷淡なのと、やたらと陽気なのがいるのは、
『オレ達のことを分かってくれてるみたいで嬉しいねぇ、そんな訳でプレゼントだ。受け取ってくれ。ハイブリット1、アンタのコールサインだ。おっと、オレからじゃなくてクーガーからの贈り物だから残念ながら受け取り拒否は出来ないぜ?』
「……ハイブリッド1、了解」
宣言通りに軽口には付き合わず、樹雨。通信機の向こう側で
碩学曰く。
生物学的に見た場合、飛べる《竜》は存在しない。
それでも空は数多の《竜》の領域だ。何故なら《竜》は魔術を用いる。
鳥であり、魚であり、獣であり、異形。姿形に共通点はなく、それでも垂直スリット状の瞳孔の瞳、竜眼を持つことだけを共通点とする《竜》だが、外見以外の共通点としては地を駆ける
では、魔術を使ってまで空を飛ぶ《竜》が背に人を乗せる意味は何か?
答えは簡単だ。
人もまた、魔術を使うからだ。そうでなければ《竜》との生存戦争には勝てない。
そして騎竜に取っての竜騎兵とは相棒であり、砲手であり、何よりも――
高高度。空気の冷たさに耐える様に口元を覆うフェイスガードの下で――
「――っ」
と、樹雨が鋭く息を吐いた。
内燃系。身体の内側での術の行使を得意とする術師である樹雨の腹で練り上げられた
加速する、加速する、加速する。
灰色雲を突き炙り、月を目指し、樹雨を食った分だけ高く、速く、陽炎は飛ぶ。
高度は十分、つまりは速度も十分。ならばこれから始まるのは狩りだ。
かりり、と木煙草を齧る樹雨。
奔る苦みを舌先で転がし、左の機眼を凝らす。
ばんやりと。
雲の先の景色を樹雨は見た。
熱を見るのだと。或いは体内を流れる架空元素を見るのだと樹雨は説明された。だが原理は知らない。興味もない。光を捕らえず、熱と架空元素を捕らえる様になった機眼の仕組みに興味はない。見えるか。見えないか。それが重要で、見えた。淡く、赤く、翅を光らせながら飛ぶ蜻蛉の群れが見えた。
だから――墜とす。
帝国式航空機動、ファルケヤークト。
風撃ちは一度。
高さを速度に切り替えながらの急降下。
空にて最速に名乗り上げることを許された翼竜の爪が、鷹が獲物に喰らい付く様に遅くて脆い蜻蛉共の
高度と硬度が頭を潰す。
濁った体液が慣性の名残で一瞬、空に昇る。
頭を潰されても動けるのは昆虫の特権だ。ぐしゃぐしゃの頭に変わってしまった蛍火蜻蛉の四枚の翅は空を切っていた。
それでも意味はない。
陽炎は蹴り捨てる様にして終わった蜻蛉を空へと捨てる。
一瞬の交差。それで仲間を潰された
混乱しているのだろう。
何騎かが『空中』で『止まれる』と言うその機動を無駄に使い、擦れ違った樹雨達が何かを確かめる様に停止していた。
シャンデル。
斜め四十五度に切り上がりながらの反転で樹雨は彼等と向き直った。陽炎の上の樹雨と、蛍火蜻蛉の背の小鬼の視線が交差する。
そう呼ぶにはあまりにもお粗末だろう。
シャンデルで失った速度を樹雨を喰うことで陽炎は補う。状況把握の為に止まった蜻蛉など擦れ違いざまに喰らって仕舞いだ。
ぱん、と爆ぜた音がした。
閉じられた陽炎の口がもごもごと動き、嚥下。それに合わせる様に飛び出した目を食い千切られた蛍火蜻蛉が堕ちて行く。これで、残りは七。
「――」
きぃ、と樹雨の目が軋む。
流石にこれ以上は楽に行かせてくれないらしい。
敵部隊の中から三騎が樹雨に向かい、残った四騎が進路を維持して飛んで行くのが見えた。良い判断だ。そう思う。だがこの状況にしては、と言う注釈が付く。この状況になった時点で既に最悪なのだ。
強く、強く、樹雨が歯を食いしばる。木煙草が口の中で割れる。殺意に両目が軋む。掴む手綱に力が入り、腹の底で架空元素が、ぐらりと煮立つ。
三工程。手綱から離された右手が印を結ぶ。
――
音なく、言葉なく、世界に落ちた“意味”はソレだった。
狭くなった視界の中、世界が加速する。
陽炎は樹雨の望むままに足止めの三騎を無視して逃げた四騎を追った。
ハイ・ヨー・ヨー。
相手と比べると速過ぎる速度を高さに食わせてからの、上からの襲撃。樹雨の鋼の左手に握られた短機関銃が騎乗の小鬼を撃ち抜き、脆い蛍火蜻蛉の翅を突き破る。そのまま降下を続け、高さを速度に切り替えながら――再び高さへ。数度の風撃ちで加速した陽炎が今度は蛍火蜻蛉の腹に腹腔で練り上げた火球を叩きつけた。
まともな護衛も無しに蛍火蜻蛉が翼竜に、ましてや山城樹雨と陽炎号に敵う道理はない。
戦場で数が重要視されるのは行動回数が多いからだ。
そして行動回数は数ではなく、速度でも賄える。
一手に対して二手。それは流石に無理だ。だが、九手に十手。それ位なら打てる。更に五手に七手を合わせてこその山城樹雨。
速さを武器にすると言うのはそう言うことだった。
速さを武器に撃墜王に至ると言うのはそう言うことだった。
追って、追って、追って、撃って、避けさせて、速度を落とさせて、その背中を撃つ。
止まれると言う特性を生かし、四騎一列での射撃は、まぁ、良かった。評価してやってもいいな、と樹雨は思った。思ったが、堕ちてやっても良いとは思えなかった。
だから墜とす。
王国式航空機動、ペンギンウェイ。
ロー・ヨー・ヨーを元に生み出された航空機動は空と、弾雨の海に潜り最終的に死角である腹から敵を食い破る隊列崩しの為に生み出された技法だ。
九騎を喰らって、四騎に。
『ハイブリット1、タイムリミットだ。ダンスの最中に悪いが、十二時になっちまった。継母と意地悪なお姉さんがたのご到着だ』
そこで通信が入った。
それに合わせる様に空に箒星が六つ流れる。
排煙とエーテル光の尾を空に引き、科学と魔術のハイブリット、機関式箒に跨った
あとがき
・小ネタ
コールサインとTACネームは王国語(英語)が使われてるらしい。
因みに
コールサイン…所属部隊によってころころ変わる(例・メイジ2、スペア15)
TACネーム…そのパイロットのあだ名。そんなに変わらない。普段からパイロット同士はコレで呼び合う(例・トリガー)
って感じです。
樹雨ならTACネームがレフティで、コールサインがハイブリット1なのです。
そして言語に関係して、出番のないヒロインの名前について。
狭霧カナメと言う漢字+カタカナなのはカナメがアンヌーン生まれだから。
狭霧と言う皇国の名字はそのまま使うけど、アンヌーン一応帝国の属国だし、漢字の名前つける必要ないよね? と言う理由からカナメの漢字は用意されなかったらしい。
そして作中人物が何語を話してるかは考えてはいけない。
樹雨視点の場合は基本的に皇国語(日本語)だけれども、考えてはいけない。
ややこしくなるからね!!
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