警報
注意・本日四時間ぶり二度目の更新(本来の今日の分)
その両翼で辿り着けない場所は無く、翼竜と言うのは何処までも自由な生き物だ。
そんな彼等が人の隣に居てくれる理由の一つが毎朝の手入れなのだろう。硬い毛のブラシで力強く擦ってやれば、随分とデカくなってしまった相棒も仔竜の時と同じ様に喉を鳴らしてみせる。
「シラヌイ、はねあげて!」
足元でしゃがんだ小雨が、同じように不知火を磨いているがどうにも磨き方が甘い。尻尾の付け根当りが特に甘い。後で俺が磨くか。樹雨がそんなことを思っていたら――
街が鳴いた。
警報。
鳴り響くのはそれだった。
咄嗟、樹雨は小雨と不知火を抱きかかえて陽炎の腹の下に潜り、陽炎もそんな樹雨達を守る様に翼で包む。樹雨の指が意味ある“かたち”を造る。二秒も経たずに結ばれる印。
――
紡がれた
呪印術。
言葉を用いずに発動する魔術は高高度の凍った空気の中で戦う竜騎兵が好んで使うモノだ。
「あにうえ?」
「……まだ、動くな」
声が硬くなる。
きぃ、と軋んだのは右の猛禽の瞳か、左の機械の瞳か。
戦場帰りの一騎と一匹は瞬間で兵士の顔を取り戻していた。
「……」
動きが無い。警報は鳴って居るが爆発音などは被っていない。何だ? 動くべきか? アデルはどうなっている? そんな疑問、疑問、疑問。それを捨てる。分からないことは分からない。戦場では不用意な行動は死を招くが、停滞だって同じ結果を生む。適切な情報が無い以上、止まるのが正解とは限らない。
「陽炎、任せた」
だから樹雨は動いた。
竜房の外に出る。短機関銃を持った
外に出るとアデルが小型の
「……事情の説明が遅れていたことを詫びよう、レフティ。まだ
君を雇ったのもその為だ、とアデル。
「――つまり?」
「監視について居た術兵がアンヌーンに近づく敵影を感知した」
「ンなもんがいたのかよ……」
「当たり前だ。空に浮かぶ島とは言え、国だぞ? 当然見張りは……あー……」
自分を指差す樹雨の姿に、アデルが天を仰いで手で顔を覆う。
「……後で侵入ルートを教えてくれたまえ、レフティ」
「あいよ、クーガー……っってもよ、割と穴は多そうだぜ?」
「……取り敢えず、今この状況で私の頭痛の種を増やすのは止めてくれないか?」
「やべぇのか?」
「それなりにな。既に防衛想定ラインよりも内側で、
「……蛍火かよ」
蛍火蜻蛉。羽ばたきに合わせて燃える燐光を巻き散らす《竜》は『空中』で『止まる』と言う異次元の空中機動もさることながら、火術(かじゅつ)による爆撃が何よりも怖い《竜》側の爆撃担当だ。
人類側が気球に、或いは積載量に優れた《竜》に爆弾を括りつけて爆撃機とするが故に速度が期待出来ないのに対して、術により爆弾を用意できる彼等は軽く、速い。そこに止まると言う制動を始めとした機動力が加われば、広範囲を瞬時に火の海に変えてしまう。
早急に対処しなければ街が焼き払われる。
アデルの言う通り、
「多脚移動砲台の展開もするし、元よりの砲台もあるが、出来れば外で倒してしまいたい。だが、本隊を待っていては遅い。先ずは速い竜騎兵で一撃当てて足を止めたい」
「……翼竜は最速候補だぜ?」
「あぁ、そしてそれに乗る竜騎兵もとびっきりだ。……レフティ、武器は?」
「……知っての通り、俺の術師系統は内燃系だ。攻撃用の魔術は殆ど使えねぇ。部屋にもどりゃ村多が一丁あるが……単発だ」
「……確認を後回しにしていたのだが、それは、アレだろうか?」
「いや、流石にアレは俺の一存で国外に持ち出せねぇよ」
何処か期待を含ませたアデルの問い掛けに、樹雨は肩を竦めて首をふりふり横に。「だろうな」と安堵半分、失望半分の溜息を吐き出すアデル。
「だから今の俺は“撃竜”と“七郎”は名乗れねぇぜ?」
「だがレフティは名乗れる」
そうだろ? と問われたので、頷く。それで十分だ、とアデル。
「私の家に寄ってくれ。ロッテ――妻に言えば私のライフルが――」
アデルの言葉の途中で
竜騎兵ともども色々な部分がいい加減な奴等だ。そんなことを考えた。
気が抜けそうになったが、警報は鳴り響いている。胸を急かす様なこの音は聞いていて余り気分の良い物ではない。小雨の教育にも悪そうなので早く鳴りやませたい。
「さて、レフティ、急で悪いが初仕事だ。虫退治を頼む。方角は北北東で、距離は約八十。ゴーグルは私の物を貸すから直ぐに飛んでくれ」
言葉と共に投げ渡されたゴーグルを受け取る。突き出された拳に拳を当てて――
「――
山城樹雨は再び《竜》を殺す為に空を飛ぶ。
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