第4話 白衣のひと1

 その少女は驚愕していた。



 下着に白衣だけ。


 マンション10階のベランダ。


 缶ビール片手に下界を見下ろしていたら、みーちゃんが砂場で仕事をしているのが見えてしまったのだ。



 「あの猫が仕事をするだなんて」



 少し前に仕事をしたばかりだったはずだ。



 あの猫に限って、まさか。


 あれからまだ100年も経過していないはずだ。



 生物ではなかった期間が長過ぎて、時差ボケが酷かったはずのあの猫が。



 少女はぐびっと、冷えたビールで喉を潤す。


 世界の理を壊し、人々が価値観を共有する為に作りだした柱達を悉く猫にした少女は、地上で交わらないはずの出会いを得て、今に至る。


 お酒に出会ってしまった彼女は、あと1杯呑んだら仕事しよう、と思いながらもう数百年が経過していた。



 「ミカエルだけはあたしと同類だと思っていたのに……」



 仕事を終えて帰っていくみーちゃんを眺めながら、少女はショックを受けていた。


 お気に入りの芋焼酎がとてもおいしい。



 「仕事するスイッチが入らない」



 他の柱達と違い、最近まで寝て起きて散歩して寝るだけだったミカエルに、親近感すら抱いていた少女。


 仕事である旅行記の執筆にやってきた、この世界の異物は、ウィスキーの瓶に手を伸ばしながら、まるで仕事をする気にはならなかった。



 ちなみに生活費はその時期に価値のある鉱物をゼロから創造しては、適当に成功しているバイヤーの前に現れ、交渉して稼いでいる。


 彼女にとって、それは別に仕事ではなく、娯楽の一部。



 「冷蔵庫にビールまだ残ってたかな……」



 少女は、少女の姿にそぐわない独り言を呟き、部屋の中へ戻っていった。


 仕事をする気は、まったくない。

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