第24話 決戦(1)

 3人の魔法少女が決心を胸に戦いの舞台へと向かう。

 兄の夢見る力を取り戻すため、普段の何気ない生活を守るため、可愛い女の子たちを守るため、それぞれの思いを胸にする。

「準備はいい?」

「いいよ」

「もちろん」

「いつでもいいわよ」

「それではよろしくお願いします。検討をお祈り申し上げます」

 変態小動物の瞬間移動で魔物のアジトへと向かう。人々が奪われた夢見る力を取り戻し、人間世界を救う。そこには危険がある。そんな危険よりも叶えたい願いがあるからこそ、挑むことができる。

「あそこが魔物のアジトだよ」

 どこかの山にある草むらの中に潜み、魔物に見つからないようにしている。見つかってしまうと追われることとなり、夢見る力を貯蔵している場所に辿り着く前に捕まってしまう。

 もし、捕まったらどうなるかわからない。

「見張りがいるよ。見つからないように気をつけて」

 魔物のアジトは大きな屋敷になっている。外観だけではどこに夢見る力が貯蔵されているのかわからない。中に入る必要がある。

 門番が立っており、容易に侵入できない。一国の兵士のように鎧をまとい、左手に盾を持ち、腰には剣を所持している。辺りを見回し警戒を怠らない。

 見張りは2体。だが、5分毎に交代する。キョロキョロ、交代。キョロキョロ、交代。をひたすら繰り返している。ケンケンパのようにリズムカルだ。暇すぎて遊んでいるようにも見える。

 そんな光景を見た真惚が「私もやりたい!」と飛び出そうとしたが、杏がそれを止める。

「奴らは魔法少女の匂いに敏感なんだ。変身したら、見つかると思っておいた方がいいよ」

 息を潜めて魔物の動きを伺う。

 慎重にならなければならない。決してここで魔法少女に変身なんてしてはならない。

 変身なんてしたら匂いでばれてしまう。

「変身!」

「「へ!?」」

 ただ1人してしまった少女がいた。真惚だ。今まさに変態小動物が変身したら、魔物に見つかってしまうと話していたのにしてしまった。

「……? なにか匂わないか?」

「これは……魔法少女だ! であえ! であえ!」

 門番をしていたいかつい魔物数体が匂いで気づく。大きな声を上げ、侵入者が来たことを伝える。陰に隠れていた魔物も出てきて、かるく20体はいるだろう。

 まだ、屋敷の中に侵入していないにも関わらず、侵入者扱いされてしまった。

 奈々と杏も変身して、正面から潜入することにした。

「もう。まーちゃん、何してるの~」

「ごめん。緊張に耐えきれなくて~」

「見つかったんなら、しょうがないわ。大丈夫よ。お姉さんがちゃんと守ってあげるから」

「やれやれ……やばくなったら瞬間移動するから、僕からは離れないようにね」

 目的は魔物を倒すことではない。夢見る力を取り戻すことだ。そのためには貯蔵されている場所をつきとめなければならない。

「ファイヤーボール!」

 奈々が得意とする火の魔法を放ち、魔物を退けて道を作る。数は多いが一撃で倒せてしまう程に弱かった。

 戦い慣れている奈々を先頭に屋敷の中へと侵入する。

 屋敷の中に入ると尚一層、立派だと感じさせられる。

 天井にはシャンデリアがある。右手にも左手にも長い廊下が続いており、いくつ部屋があるのか見当もつかない。

 まっすぐ伸びる階段はどこぞの金持ちが中央を優雅に通ってそうだ。

 そう。まるで、真惚たちの目の前に現れた女性のように。

「あら? 侵入者ってあなたたち?」

 シャーロットが現れた。待ち構えていたのかいつでも攻撃してきそうに殺気だっている。心なしかシワが増えたように見える。

「あなたたちのせいで、またシワがひとつ増えたじゃない!」

 気のせいではではなく、2週間程度でシワが増えたようだ。そんな八つ当たりに対して奈々が答える。

「私たちのせいにしないでくれるかしら?」

「黙りなさい! オーウェンにやられてた雑魚が!」

「雑魚はあなたでしょ。魔法少女になりたての真惚ちゃんにやられてたじゃない」

「ムカー。あの小娘は変な生き物を飼いならしているから! あんなの反則よ! だいたいね! 小娘の癖に生意気なのよ――――」

 シャーロットがやや下を向く。目を瞑り、右拳を力強く握っている。くどくどと愚痴を吐く。その隙に奈々は後方の真惚と杏に目線を送り、先を急ぐように伝える。それを理解した2人は力強く頷き、下手の方へと進んでいく。

 廊下へ進んでいき、夢見る力を探す。変態小動物は奈々の方についている。

「だいたいね! ……?」

 顔を上げ、目を開いたシャーロットは真惚と杏がいなくなっていることに気づく。

「なんだか数が減ったような気がするけど?」

「年を取り過ぎて、時が進むのが早くなったんじゃないかしら?」

「なんですって?」

「2人ならとっくの昔に先へ行ったわ」

「昔! 昔! ってあなたたちの言う昔はほんの数年前の話でしょ?」

「いいえ、数分前よ!」

「ムキャー。ダークネスヘイズ!」

 怒りのこもった黒いもやが奈々を襲う。だが、怒り狂っているせいで攻撃が荒くなっている。悠々に奈々は攻撃を避けた。

「ムカー。避けるんじゃないわよ」

「そんなすぐにイライラするなんて更年期かしら?」

「生意気な……ふっ……」

 シャーロットが不気味な笑みを浮かべたところで奈々が背後に迫ってきている者に気づく。

 奈々の背後には出口たる大きな扉がある。奈々が入ってきた扉だ。その扉から何体もの魔物が入ってきた。その魔物の後ろにもまだまだいる。

 奈々1人なら倒せそうだとぞろぞろと屋敷の中へと入ってくる。

「なにこれ。多すぎじゃない?」

 屋敷の中に入ってきた魔物を奈々は片手剣で倒していく。一体一体は弱い。だが、数が多すぎて押され気味だ。そんな中、シャーロットの相手もしなければならない。

「そんな雑魚に押されるなんて……やっぱり弱いじゃない」

「なんとでも言いなさい! 更年期を迎えた年増には負けないんだから」

「減らない口ね。ダークネスヘイズ!」

「ファイヤーブレス!」

 シャーロットの黒いもやを燃やしきれず、斜め上に飛んでかわす。きれいに着地するもすぐに魔物が奈々を襲う。

 魔物を片手剣で払う。すでに十体以上は倒したはずだが、屋敷中の魔物がぞろぞろと集まっているため、一向に減る気配がない。

「さて、いつまでもつかしらね」

「可愛い女の子のためならなんだってできる! 負けないわよ」

「ふっ……それって私のことは可愛くないって言いたいのかしら?」

「当然でしょ! 言わなきゃわからないほど脳が衰えているのかしら?」

「ムカー。八つ裂きにしてくれるわ」

「できるもんならやってみなさい!」

 シャーロットを挑発して順調に強大な敵を奈々が引きつけている間に真惚と杏は夢見る力を捜索する。


 真惚と杏は奈々と変態小動物と別れて夢見る力を捜索する。

 どこまでも続く廊下を出て、一つ一つの部屋を確認していく。漫画、ラノベ、ゲーム、フィギュア。これだけで30部屋ほどあり、この屋敷では娯楽を嗜む以外になにもしていないのではないのかと思えるほどだった。

 真惚が喉から手が出るほど欲しいのもが数多くある。限定品なんかを目の当たりにして「ちょっとだけならいいよね」「すぐに終わるから」と漫画やら、ラノベやらを堪能しようとする度に、杏が「ダメに決まってるでしょ」と制止する。

 ここには真惚のような二次元が好きな子を陥れる罠が張られている。これでは城ごと破壊することを躊躇ためらうことになってしまう。とんでもない策士がいたものだ。

「ねぇ、あーちゃん?」

「なに?」

「二手に分かれてよかったのかな?」

「なんで?」

「あの小動物だって言ってたでしょ? やばくなったら瞬間移動するから、僕からは離れないようにって」

「そんなこと言ってたかな?」

「そんなことって……結構、重要なことだと思うけど……」

「大丈夫だよ。なんとかなるなる~」

「本当に大丈夫かな?」

「それにしても……」

 会話の途中で真惚が神妙な面持ちをしていたため、杏も釣られる。息を呑み、続く言葉を杏は待っていた。

 いつまで経っても続きを言わないため痺れを切らす。

「なに? どうしたの?」

「この屋敷すごくない⁉」

「は?」

「大きいし! 広いし! なにより、漫画、ラノベ、フィギュア、がたっくさんある。ここは夢の国だよ。ずっと住んでいたい」

「まーちゃん……」

「こんだけたくさんあるんだもん。一つぐらい持って行ってもバレないよね」

「それは困るの~」

 興奮気味に語る真惚を呆れ顔で杏が見ていた。そんな2人に強大な敵が襲い掛かる。それはこの屋敷の主であり、夢見る力を大量に集める計画の主導者だった。

「ここにあるものはすべてワシの物だ」

「だれ?」

「人の家を土足で踏み荒らしておいて、あるじが誰なのか知らないとは……失礼な奴じゃの~」

「この屋敷の主⁉」

「そうじゃ、この屋敷の主にして、夢見る力の回収の主導者。ウィリアムじゃ」

 男性にしては低身長で白髪を生やした老人は夢見る力を奪った張本人であると名乗りをあげた。その老人のすぐ後ろに真惚が見覚えのある姿があった。黒装束を纏った若年男性。オーウェンだ。

「久しぶりだな。まさか、また会うことにあるとはな」

「まーちゃん。知り合い?」

「前に奈々先輩と一緒に戦ったことがあるの」

「それじゃ、あいつも悪者ってことね」

「悪者はどっちだ。我々の邪魔をしようというのなら……覚悟はできているんだろうな」

 真惚と杏にとっては夢見る力を奪った相手を敵だと判断し、ウィリアムとオーウェンにとってはそれを邪魔する相手を敵だと思っている。お互いに敵対関係にある。

「ダークネスヘイズ!」

 ウィリアムが真惚に攻撃を仕掛けた。

「ウェーターウォール!」

「な! 防ぎ切れない⁉」

 分厚い水の壁でウィリアムの攻撃を防ごうとするも防ぎ切れなかった。攻撃が当たる前に空中へ真惚は回避する。

「ダークネスブレイド!」

 続けざまにウィリアムは黒いやいばを無数に放つ。それを素早く躱す。

「ック! 近づけない」

「どうした? その程度か?」

「ウォーターショット!」

 攻撃が途切れたところに透かさず、凄まじい威力の水を砲撃する。

「ダークネスウォール!」

「そんな……」

 真惚の攻撃が防がれてしまった。

「ダークネスヘイズ!」

「ウォーターシールド!」

 水の盾が破られ、攻撃が真惚に当たる。

「キャー」

「まーちゃん!」

「貴様の相手は俺だ! ダークネスヘイズ!」

 杏が真惚の方へ駆けつけようとするもオーウェンに止めれる。攻撃をかわした杏は視線を真惚へ向けて無事を確認する。

「私は大丈夫だから、あーちゃんはそいつとの戦いに集中して!」

「わかった」

「一対一で戦うことになるとはな……魔法少女になりたての相手に負ける気がしないな」

「確かに魔法少女になったのはつい最近……だけど、負けるわけにはいかない」


 魔法少女VS魔物の激しい攻防が行われていた頃、異空間にてへーべーとセドナが落ち合っていた。魔法少女たちが心配なようだ。

「へーべーよ。彼女たちの様子はどうじゃ」

「なんだかんだ言って気になるのですね」

「勘違いするでない。ワシが気にしてるのは我が友のことじゃ。人間の世界がどうなろうと関係ない」

「はいはいそうですね~」

「いいからワシにも見せろ!」

「わかりましたよ」

 へーべーは地上の光景を映像にすることができる。セドナが来るまでは直径40cmほどの円にしていた。それを2倍以上に広げ見やすくする。

 魔法少女が茂みに隠れ、好機を伺っている様子が映された。見張りの魔物が2体いる。5分程すると別の2体の魔物が現れ、見張りだった魔物と交代する。ただただそれを繰り返しているように見えるが、女神にはそう見えなかった。

「なんじゃこれは……際限なく増殖しているではないか」

「そうなのです。まるで今、この日、この時、攻めてくるとわかっていたかのよう……」

「情報が漏れていたとでも言うのか?」

「そんなはずは……」

「うむ……」

 考え込む女神たち。

 実はスパイがいた? そんなわけない。思い当たる人物もいないし、ありえない。

 盗聴器を付けられていた? 真惚と奈々は魔物の主力と遭遇、戦闘してるしありえないことではない。ただ、女神が2人もいて気づかないことがあるか? ありえない。

 思い当たることを一つ、また一つと消していくうちにある答えに辿り着いた。

「よもや、今日から人間の世界は連休ではないのか?」

「そうですが、それがなにか?」

「なにかではない。魔物は人間が休みのときにこそ活発になる。よもや、忘れていたわけではあるまいな」

「そんなわけ……あるないわけ……ないじゃないですか」

「言語が狂っておるぞ。……ふ~。……あるんじゃな」

「だって、彼女たちは学生だし、夜更かしさせるわけにいかないし、夜更かしはお肌への大敵だし、そうなると休日に行かせるしかないじゃない!」

「休めばよかろう」

「そんな彼女たちに不登校になれと……」

「そこまでは言っておらん。1日、2日、休んだところで大したことにならんじゃろ」

「大したことあります。あの子たちの1日は私たちの1年なんです。それくらい重要なんです」

「なにを大げさな」

「大げさじゃないですよ。1日だけならと休み、また1日だけならと休み、休む頻度が次第に多くなって終いには不登校になるのです」

 へーべーが少女たちの不登校となった将来を思い浮かべて青ざめた顔で悲しそうにしている。その姿にセドナは呆れ顔を向けて溜息をつく。

「相変わらず心配性のようじゃな。特に青春を楽しむといったことに顕著。その心配性をなぜ戦略を第一に考えられんのじゃ」

「だって~、青春は1日たりとも無駄にできないのですよ」

「もう、わかった。戦いの日は休みの日以外はありえないということじゃな。そうこうしているうちに少女たちが屋敷の中に入っていったぞ」

「あら本当」

 映像には茂みと屋敷しか見えなくなっていた。

「さっさと少女たちを映さぬか」

「言われなくてもやりますよ」

 映像を移動させる。おそらく入っていったであろう大きな扉を通り、屋敷の中に入るとすぐのところにいた。シャーロットと対峙たいじしているところだ。

 真惚がまたがっているシロイルカを見てセドナは思いふけっていた。


 とある海でのこと。地上に比べると水中は低温。地上で暮らす生物にとっては寒さを感じることがある。

 地上でしか生活できない生物なんかはここではいい獲物だ。

 弱肉強食の世界。強い者は弱い者を喰らい生きる。弱い者は強い者に食べられない様、逃げる。隠れる。それが自然の摂理。

 海を管理する女神セドナもこれが自然で下手に手を出すことではないと考えていた。

 人間なんかは海では生きられない生物。喰われるだけの生物。なのにどうしてこうなった。

 人間がまだ漁を盛んに行っていなかった時代。

 海は自然そのままだった。そんなとき、あるシロイルカと出会う。

「今日も我が海は自然のままじゃ」

 海を管理する女神が見回りをするのは当然のことだった。海が自然から離れてはならない。

 小魚をイルカが食べ、そのイルカをシャチが食べる。なにもおかしなことはない。そのはずだった。

 女神は海を見るが、海は女神を見ない。正確には見れない。見ようとしても認識できないのだ。

 だからこそ、嬉しかった。

「ねぇ、君は誰?」

 そう声を掛けられたとき、ワシは女神に声を掛けられたのかと思った。だが、周りを見渡してもそれらしき者は見当たらない。

「ねぇ、どうなの?」

 まだ聞こえるいったい誰なんだ? 幻聴か? もうそんな年を取ったとでもいうのか? 老いとは切ないものじゃな。

「ねぇ、聞こえてるんでしょ?」

 後ろからなにかにどつかれる感触を得た。なにが起きたのかにわかには信じられなかった。

 何かに触れた。ありえない。海はワシに触れることなどできぬはずじゃ。

 振り返った先にいたのは一匹のシロイルカだった。

「なんじゃお主、ワシが見えるのか?」

「なに言ってるの? ここにいるじゃん。一緒に遊ぼうよ」

「なにをバカな。ワシがそのようなことするわけがなかろう」

「いいじゃん。どうせ暇でしょ?」

「勝手に暇人扱いするでない。ワシは女神じゃぞ」

「女神? なにそれ?」

「ここの管理者じゃ」

「楽しいの?」

「楽しいわけではない」

「なら、そんなことめて僕と遊ぼうよ」

 構っている場合ではない。そんな時間はないと振り切り、その時はその場から去ることにした。

 それからというもの、そこを通る度にそのシロイルカに声を掛けられるようになる。

 ワシは見て見ぬ振りをしてすぐに去っていた。

 ところが、ある日。そこを通っても声を掛けられなかった。シャチにでも食われたか。自然でなによりだと嬉しい。

 そのはずなのにどこか心にぽっかりと穴が開くのを感じた。

 シロイルカがワシを認識できることが自然だと言えるのか?

 否。そんなことは自然ではない。ならいいではないか。

 次の日。また次の日と会えない日が続いた。

 寂しくなどない。これが自然だ。

 幾日、幾月、幾年。どれほど経ったかわからない。ある日。

「久しぶり、また会えたね」

「またお主か。懲りずにまた来よって」

 嬉しかった。また会えたことが。ただ、素直になれないワシがいた。

「シャチにでも食われたかと思っていたぞ」

「そんなわけないじゃん」

「ではどうしてしばらくいなかったのじゃ?」

「それは――」

「お母さん、誰と話してるの?」

 シロイルカの隣には一回り小さいシロイルカがいた。どうやら子供のようだ。

「……誰と?」

 母シロイルカは考えもしなかったという風に止まった。自身で考えたことがなかったのかキョトンとする。

「ねぇ? ねぇ?」

 待ちきれないとばかりに子供シロイルカが急かす。私の方を見る母シロイルカはなにかを確認するようであり、問いかけているようにも感じられた。

 私に振られても困る。無難でいいだろう。

「友とでも言っておけばよかろう」

「そう……友……友達だ! 僕たちは友達なんだよ!」

 子供シロイルカに言い聞かせるようだ。

「……友達?」

「そう。友達!」

 不審に思う子供シロイルカを不審に思う母シロイルカ。友達の意味を知らないのだろうか。

 ところが、そうではなかった。

「誰もいないよ?」

「そんなわけないでしょ? 目の前にいるでしょ。よく見なさい!」

「……?」

 先ほどの母シロイルカによく似たキョトンとした顔を見せた。母シロイルカは驚きふためく。

「え⁉ え? え!」

「……そうか」

「そうかってなにが?」

「これが自然じゃ。なにもおかしくはない」

「自然? おかしくない?」

「そう。見えないのは自然じゃ」

「そんなわけないでしょ。僕にはちゃんと見えてる」

 信じられないという風に戸惑っている。無理もない自身が見える者を我が子が見えないと言うのだ。まるで幽霊でも見ているかのように感じているのか。

 そんな困惑の中、自然が襲い掛かってきた。

 シャチがイルカを食い殺すことはありうることだ。シロイルカも例外ではない。

 ものすごい勢いでなにかが近づいているのを感じる。海の弱者は散り散りとなり、必死になにかから逃げる。こういうのも自然だ。

 一瞬だった。

 気付いた時には子供シロイルカはシャチに咬まれさらわれて行く。移動速度は速い。

 母シロイルカが必死に小魚を狩るよりも早く子供を攫ったシャチを追いかけるも追いつけるはずもなかった。

「これが自然じゃ」

 励ますつもりの一言は思いのほか不要だった。これまでにもあったのだろう。仲間だったか、友だったか、家族だったか、だからこそ受け入れられたのかもしれない。

「……うん……そうだね……」

 母シロイルカは水面に顔を出して鳴いていた。あるいは、泣いていた。どこまでも響く音を出して、どこまでも届くように、我が子に届くように。

 ワシはそのとき初めて目の前で子供が狩られたときに母シロイルカが出す音を知った。

 海を管理する者として、そういったことは自然なことだと思っていた。

 それからというもの、ワシとシロイルカは幾度となく会う。

 子供を亡くした悲しみが日ごとに強くなるのを感じる。

「こんなの酷い。こんなのあんまりだ」

 海の管理者たるワシから海で隠れることは不可能。その程度で隠れているつもりかと普段なら思うことだろう。だが、シロイルカは隠れていた。

 どこにいるのか当然のように見つけることができる。見つけても寄せ付けない雰囲気があった。

「これが自然じゃ」

 悲しんでいることを知っている。わかっているにも関わらず、元気がでる言葉をかけられなかった。


 時が経ち、人間が漁を盛んに行うようになった。

 シロイルカはまだ生きている。

 元気がなくとも、お腹が空いたら小魚を狩っていたようだ。

「まだ、生きているようじゃな」

「不思議だね。どんなに悲しくてもお腹が空く」

「それが自然じゃ」

「自然……自然ってなんだろう」

「生きていればお腹が空く。お腹が空けば狩りをする。狩りをすれば、狩られるものと狩るものがでてくる。シロイルカは小魚を狩り、シャチに狩られる。なにもおかしくはない。自然なことじゃ」

「……」

「人間が漁を活発に行うようになってきておる」

「……漁?」

「人間のエサにされることじゃ。拘束され見せ物にされることもある。気をつけるのじゃ」

 返事はなかった。理解したかどうかはわからない。

 思えばこの時、もっと念を押しておけば良かったのか。

 そもそもとして、あんな話をしない方が良かったのか。

 なにが正解なのかわからない。

 結局、シロイルカは人間に捕まり見せ物にさせられた。

 その状態から救うべく人形に変えたというのにわかってもらえなかった。

 我が友よ。お主の望みはなんだ。どうか聞かせて欲しい。

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