第23話 それぞれの決意

 へーべーの異空間から元の世界に戻るとすでに西日が差していた。2週間で3人はそれぞれ準備をする。

 真惚まほは準備万端だったのに決戦を迎えることができず、気が抜けてしまう。

「ただいま~」

「帰ってきた」

 気の抜けた声で玄関を上がるとすぐにお迎えが来た。

 真惚が家に帰ると父が逃がさんとばかりに詰め寄る。

「ラクルト! 勝ったな!」

「え? そうなの?」

「おまえもか~。見て来たんじゃないのか? いったい何しに行ったんだ?」

「ごめん。いろいろとあって途中までしか見てない」

「どこまでだ! どこまで見た?」

「いい加減にしなさい」

 興奮気味な父の頭をペシンと母が叩き制止させる。

「もう少しで夕飯ができるわよ。真惚。手洗いにいってらっしゃい」

「は~い」

 母は父の襟をがっちりと掴み、ズルズルと引きずってリビングへとさらっていく。平均男性ほどの体格である父を引きずってではあるが移動させられるなんて、母の腕力が相当なものだと真惚は感心した。

 飯野家の夕飯でなにげない会話が行われたあと、話題は真惚以外がずっと気になっていたことへと移った。

「そういえば、真惚? 昨日はどうやって帰って来たの?」

「え⁉ あ⁉ きのう?」

「そうよ。真守は気づいたらベッドにいたって言うし」

「そうなんだよな~。いったい俺はどうやって帰って来たんだ?」

「えっと…………どこでもドアかな?」

「「どこでもドア⁉」」

「そう! お兄ちゃんが急に寝ちゃって、運んで帰ることもできないし。タクシーに乗るお金もないしで困ってるところに通りすがりの発明家が来て……どこでもドアを出してくれたの! でも、これは秘密だよ。発明家さんは注目されるのが嫌いで本来ならニュースで大きく取り上げられることなんだけど、それを嫌ってるの」

「そうなの? なら、今度お礼しなくちゃね」

「それは難しいかな? その人は本当に通りすがりで名前も住所もなにも聞いてないから」

「そうなのね。それは確かにプロ野球の試合どころではなかったわね」

「俺もどこでもドア欲しいなぁ~」

「それでもお父さんは最後まで見てきて欲しかった」

「まだ言ってるの? もう諦めなさいよ」

「諦めたらそこで試合終了だ」

「お父さんが諦めなくても試合はとっくに終了よ」

「その時には勝ち越しているから問題ない」

 誤魔化しきった真惚は安堵する。

 魔法について話しても信じてもらえない。特に真惚はそういったアニメが好きだからなおさらだ。そこで科学の方向へもっていった。それも無理があったが、これ以上に問い詰め問い詰められる必要性を感じないため、ここで話を終えた。

 家族は一様にどこでもドアが欲しくなった。

 真惚だけは魔法世界においてのどこでもドアといえば変態小動物かと思う。すると、複雑な感情を抱いた。あれがどこでもドア……ありえない。


 栗江くりえあんは家に帰った。

 決戦の日が見送られることとなり、緊張が解けて疲れがどっと出ていた。

 慣れない場所に長い時間いた。女神という普段、接することのない者に一緒にいたのはもちろん今日が初めてだ。壮大な戦いを目の当たりにし普段通り過ごせるか不安を抱えていた。

「ただいま~」

「おかえり~」

 リビングでは兄の草太がボロボロな教科書、参考書、問題集、を山積みして勉強に集中していた。さすが、医学部でA判定を貰えるだけあってよく勉強していることが見受けられる。夏休みを明けてから本腰を入れだしたようだ。

 普段通りの光景を見たことでほっと胸を杏は撫で下ろす。その素振りを草太は不審に思ったようだ。

「なんだよ。どうした? まるで異世界からやっと元の世界に帰ってきた主人公みたいな顔をして」

「それってどんな顔?」

「安心しきって、今にも倒れそうだ」

「倒れてもいいけど、そうすると兄さんの今日の夕飯はないよ」

「それは困るな。倒れるなら夕飯を作ってからにしてくれ」

 そんなどうでもいい会話を交わす。何気ない日々がここにあることを確かに杏は感じた。

 両親はまだ帰ってはいないようだ。土曜日であっても診療を行っている。内視鏡を専門クリニックで栗江家のすぐ隣にある。5時頃には診療を終えているはずだが、近所の人との雑談なり、カルテ整理なりでまだ帰ってはいない。

 トントントン。杏はおもむろに夕飯の支度を始めた。毎日のことで献立はパターン化してしまう。なにか新しい料理を作りたいと考える。だが、不評だったときの処分、慣れないメニューに手間を感じて結局は普段通りの献立となってしまう。

 ミートソーススパゲティ、卵スープ、キャベツのツナサラダを作る。どれもありきたりで手頃な料理だ。

 そのうち、両親が匂いに誘われるように帰ってくる。

 料理して、家族と雑談して、勉強して、友達と過ごし、確かな日々を過ごしていく。どこにでもありそうな当たり前すぎて忘れられてしまいがちな幸せがあった。

 そんな幸せを守れるなら、力があるなら、行動を起こすだけだ。日常が杏の決心を固めた。


 神迫かみさこ奈々ななは家に帰った。

 都心にある高層マンションに住んでいる。それは両親が所有するマンションで一室に家族で暮らす。父も母もそれぞれの部屋で仕事をしており、忙しそうだ。

 バルコニーに出ると夜景が見える。涼しげな風に当たり、感慨深い感傷に浸る。

「この中に可愛い女の子がどれくらいいるのかしら?」

 変態的なことを呟く。

 奈々が魔法少女をするのは経済を豊かにするためである。だが、可愛い女の子が大好きだからという理由もある。

 どちらの方が大切かというと断然、可愛い女の子だ。そのためならなんだってする。

「真惚ちゃんも可愛いけど……杏ちゃんも可愛いのよね。キリっとした目に鋭い眼光。ゾクゾクするわ」

「奈々は随分と楽しそうだな」

 奈々が1人で興奮していると父が後ろから話しかけてきた。右手には缶ビール、左手には袋詰めされたさきいかを持っている。バルコニーの椅子に座り、さきいかをテーブルに置いた。

「どうしたの? パパ。仕事はいいの?」

「一段落したから休憩だ。気にせず、奈々はそこから可愛い女の子を眺めていてくれ」

「パパ……ここからじゃよく見ないわよ」

「頭の中にあるだろ。それもとびっきり可愛い子が……!」

「2人でなに楽しそうな話をしてるの?」

「ママまで休憩?」

「そう。パパが部屋を出る音がしたからもしかしてと思って来たの」

 右手には缶ビール、左手にはノートパソコンを持っている。父のいるテーブルに近づき、椅子に座る。

「奈々はどの子がいい?」

「また新しいモデルを探してるの?」

「可愛い子はいくら見ても飽きないからね」

 モデル事務所を経営している母はパソコン画面を眺めつつ、どの子がいいかしら? と嬉しい悩みを抱えている。

「好みの子を選んでもいいんだけど……売れなかった時のことを考えるとなかなか踏ん切りがつかないのよね」

「どれどれ」

 母のいるテーブルに近づき、椅子に座る。家族3人が同じ卓を囲む形となる。

「だいだいは搾れたんだけどね。奈々ちゃんも意見を聞かせて」

「ん~。そうね~」

 子供から大人まで約10人ほどの候補者がいた。どれも凹凸つけがたく母が悩むのも無理はない。その中に杏に似た子を見つける。切れ長で知性を感じる。心を射られてしまった。

「私はこの子がいいわ。この目が堪らず好きよ」

「こういう子がタイプなのね」

「あ~。でも待って」

 真惚に似た子も見つけた。低身長で全身で甘えん坊オーラを出している。だけど、しっかりとした芯を持ち、そんな心の強さに惹かれる。モデルなんて高身長の子が多い中、よくここまで残っていたなという感心も相まって惹かれてしまう。

「この子もいいのよね」

「この子ね~。ただ、この子は身長がね~」

「アイドルならいけるんじゃない?」

「それもそうね。その方向で話してみましょう」

 可愛い女の子を眺めて奈々はこんなに可愛い子がいる世界を好きにさせるわけにはいかないと決意を新たにする。


 私立魅星みほし高等学校。

 真惚と杏が通っている学校だ。

 ふたりの家は近いため帰りは一緒に帰る。行きは真惚の遅刻ぎりぎりに杏が付き合いきれないため一緒ではない。

「まーちゃんが元気になって安心した」

「心配かけたみたいだね。奈々先輩から聞いたよ。相談に行ったんだって?」

「ま~ね。兄さんがまーちゃんと奈々先輩が公園で話してるのを見たって言ってたから」

「そうか。見られてたんだ。気付かなかった」

「まぁ、普通はあんな夜中に出歩かないもんね」

 ふたりして過去を振り返る。

 満喫できる夏休みのはずだった。それが魔物の登場で真実を知ることで大きく変わってしまった。

「そうだ! これお土産!」

 真惚が杏に渡したのはハンドタオルだ。

 プロ野球観戦のために球場へ行った際に親友へのお土産として買っていた。それにはラクルトイメージキャラがプリントされている。

「なにこれ! どうしたの?」

「ふふ~。それはね。お兄ちゃんと……」

「デートした時に買ったのね」

「え⁉ いや⁉ ちが⁉」

「聞いたよ……」

「え? なにを?」

 杏が言う聞いたとは真惚と真守が実は従兄妹いとこであることだ。

 そこまでは言わない。そこまで言う必要はない。

 その代わりに今後のためになることを話そう。

「魔法少女アニメについて教えてもらったの」

「え⁉ なに⁉ あーちゃんも好きになった?」

「なった! なった! だから家で一緒に見よう!」

「見る! 見る!」

「その前にアイス食べに行かない?」

「行く! 行く!」

「まーちゃんはバニラ味かな?」

「当然! バニラ大好き!」

 これから待ち受ける決戦を忘れるぐらい遊んだ。夏休みの後半の分も含めてたっぷりと。

 いつ今のこの幸せな日々がなくなってしまうかわからない。だからこそ、一日一日をしっかりと噛み締めて楽しむ。

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