第15話 ナンプレ

 ある日の私立魅星みほし高等学校。

 魅星高等学校は真惚まほあんが通う進学校だ。授業に関係のない物を持ち込むと教師に没収されてしまう。

 学校での朝のSHR。普段なら教師に見つからないようにする。だが、高校生活になれた1年生の夏休み直前には気が緩み見つかってしまうことがある。

「おはよう! あーちゃん!」

「おはよう! まーちゃん! 今日は遅刻しなかったわね」

「そんないつも遅刻してくるみたいに言わないでよ。1週間に1回あるかないかだよ」

「十分多いと思うんだけど……」

美音心みねこちゃんもおはよう!」

「おはよう! 真惚ちゃん!」

 根古美音心ねこみねこは可愛いものが大好き。自宅にはたくさんの可愛いものが鎮座している。ぬいぐるみ、抱き枕、など可愛いと感じたものはなんでも買ってしまう。

 真惚が教室に着いたとき、杏と美音心が談笑していた。真惚が来たことで会話が中断されたようだ。真惚もその会話に加わる。

「なに話してたの?」

「美音心ちゃんが抱き枕を買ったんだって。それがすごくかわいいって話してたの」

「へ~、どれどれ」

 美音心は抱きかかえていた抱き枕を真惚に見せる。縦33cm×横28cm×奥行14cm。たぬき顔でかわいらしい印象を与える。柴犬の抱き枕。触るとふかふかしていて気持ちいい。

「本当だ! すっごくかわいい。どこで買ったの?」

「百円ショップだよ」

「百円ショップ? じゃあ、この抱き枕は百円だったの? すごい!」

「それが違ったの」

「え⁉ 百円ショップなのに? もうそれ詐欺じゃん!」

「ね~、百円だと思ってレジに持って行ったら五百円だって言われて驚いちゃった」

「百円ショップなのに百円じゃないのが混ざってるなんて不便だね」

「本当にね。百円コーナー、二百円コーナー、三百円コーナーって分けてくれればいいのに」

「それもう百円ショップじゃないし」

「あれ? 本当だ!」

「あーちゃん! 放課後、百円ショップ寄らない? なんだか行きたくなっちゃった」

「いいよ。まーちゃん。美音心ちゃんはどうする?」

「私はいいや、この前行ったし。それにふたりの邪魔しちゃ悪いし」

「ちょっと! 私たちはそんなんじゃないよ」

 美音心が真惚と杏はあれな関係なんでしょ? という話を始めたタイミングで副担任のひめちゃんこと姫城ひめぎ美姫みき先生が教室に入ってきた。20代後半で名前に恥じないスレンダーな体格の巨乳美人だ。

「みんな席に着いて!」

 ひめちゃんは教壇に立ち、室内を一通り見回してから連絡事項を伝える。伝え終えた後、美音心に近づく。歩く姿はトップモデルを思わせるほどに優雅だ。

「根古さん? 抱きかかえているのはなにかしら?」

「抱き枕です。かわいいでしょ」

 抱えていた抱き枕を掲げて堂々とひめちゃんに見せる。

「うん。かわいい。だけど、授業に関係ないから没収ね」

「え~、そんな~」

「放課後、職員室へ取りに来なさい」

「は~い。でも、ひめちゃん」

「姫城先生でしょ?」

「安道くん、ナンプレしてますよ」

 安道莉生おんどうりおは先生が来ても構わず、SHRが始まる前からずっとナンプレをしている。ひめちゃんが教室に入ってからも知らぬ存ぜぬ素知らぬ顔で集中モードだ。

「あら、本当! 勉強しているかと思ってた」

 根古美音心は哀しい気持ちを抑え込んでおくことができずに溢れ出た思いをクラスメイトを道ずれにしたことでコントロールする。

「安道くん? 楽しいのはわかるけど、授業に関係ないから没収ね」

 安道は無言で「懸賞ナンプレ」「超豪華プレゼント」と記載されたB5サイズの冊子をひめちゃんに渡した。心なしか嬉しそうだ。ひめちゃんは美人だからしょうがない。安道くん、わざとかな?

「ふたりとも放課後、取りに来るように! 授業で使わない物は持ち込み禁止です」

 ひめちゃんは最後の連絡事項を伝え教室を出ていく。


 放課後、真惚と杏は約束通り百円ショップに来ていた。

 そこは最寄駅から徒歩5分程の距離にある。普段の通学では通り過ぎてしまう駅だ。新幹線も通っている駅で都市部と言っていい。

 そんな駅が近くにあるため、平日だというのに人がたくさんいる。

「わー、きれい。こんなものも百円ショップに売ってるんだ」

「本当。きれい」

 ふたりがきれいだと言っているのは造花だ。バラ、ひまわり、紫陽花あじさいなど多くの種類がきれいに並べられている。

 造花に詳しい人が見れば大したことはないのだろう。だが、ふたりはそこまで詳しくはないため、百円の造花をきれいだと感じられる。

「どれか買ってみる?」

「私はいいや、買っても置き場ないし。処分に困るし」

「だよね」

「こういうのはお店で見るに限る」

「そういえば花言葉ってあるよね」

「あるね。それがどうかした?」

「バラは色によって意味が違うんだよ! すごくない⁉」

「確かにすごいわね」

「青は夢かなうなんだって」

「まーちゃんは叶って欲しい夢でもあるの?」

「私はやっぱりお兄ちゃんにプロ野球選手になって欲しい」

「……そう」

「そして、私は魔法少女になる!」

「それは夢にしていいものなの?」

「いいの!」

「実在しないのに?」

「するよ。今は見せられないけど……(全裸になっちゃうから)」

「ふ~ん」

「いつかは見せるね」

「……うん……?」

 魔法少女が実在するという話を信じていない杏は興味ない感じだ。

 造花を一通り見た。そのあと、奥に進んでいき、百円で購入できることが信じられない商品を見て回る。中には百円では購入できない商品も混ざってはいるが、百円で購入できる商品が一番多いことに変わりはない。また、百円でなくても安く感じられる商品はある。そんな商品を見つける度に驚くのは必然だ。

「あーちゃん! 見て!」

「わー、これって美音心ちゃんが学校に持ってきたのと同じだね」

「だよね。柴犬以外もあるんだ」

「猫もあるけど、美音心ちゃんは買ったのかな?」

「どうだろう? 美音心ちゃん、犬派だからね」

「名前をひらがなにするとねこって2個もあるのにね」

「それとこれとは関係ないんじゃない?」

「そっか」

「どれか買うの?」

「ううん。見るだけで充分」

「真惚ちゃんはこういうのより魔法少女の方が好きだもんね」

「まぁね」

 動物の抱き枕を一通り見終え、奥へと進んでいく。

 文房具売り場を通り過ぎ、見えたのはパズルコーナーだった。安道が先生に没収されたナンプレがある。他にもまちがいさがし、クロスワードパズル、塗り絵、折り紙などがある。

「これ、安道くんが没収されてたやつじゃない?」

「本当だ」

 真惚はナンプレの冊子を手に取り中を読んでみる。

「面白いのかな?」

「さぁ? だけど、兄さんがやってるのを見たことがあるわ」

「へー、あーちゃんのお兄さんがねぇ~」

「試しに買ってみたら? どうせ百円だし。」

「そうだね。どうせ百円だもんね。でも、ルールがわからないなぁ~」

「たしか、最初の方に書いてあったはず……ほらここ」

 真惚が持ってる冊子を受け取った杏がナンプレの解き方というページを開いて見せる。

「本当だ! ルール。1、タテの各列に1~9の数字が入ります。2、ヨコの各9列に1~9の数字が入ります。3、太枠で囲まれた3×3の各9ブロックに1~9の数字が入ります」

 ルールを読み終え、感想を述べる。

「ルール自体は単純みたい。夏休みに入るしやってみよう。あーちゃんもやろうよ」

「えー、私も?」

「一緒にやろうよ⁉」

「わかったわ。やりましょう」

「やった」

 2人はそれぞれナンプレの冊子を購入する。真惚はそれ以外にまちがいさがしも購入した。百円ショップを後にする。


 買い物を終えたあと、杏の部屋で一緒にナンプレとまちがいさがしをして遊んだ。

 ナンプレは全部で125問あった。

 中には凹凸、合体、不等号といったスタンダードナンプレ以外もある。

 凹凸は3×3のブロックの代わりに、太枠に囲まれた凸凹の枠の中に、それぞれ1~9の数字が入るよう埋めていく。

 合体はスタンダードナンプレが3つある。重なり合う3×3のマスがあり、そのマスには共通する数字が入る。

 不等号は7×7あるマスの間に大なり小なりが配置されている。不等号があうように空欄の数字を埋めていく。

「そういえば、ナンプレって頭にいいって本当かな?」

「さぁ~、調べてみる?」

 真惚がなにげない疑問を杏に投げる。杏の実家はクリニックを経営しているため、医学の知識はある。だが、ナンプレについては知らないため、ネットで検索することにした。

「えー、なになに? 前頭葉が活発になることから、記憶力、集中力、論理的思考力が鍛えられるみたい」

「前頭葉って脳の前半分のことだよね」

「そうよ」

「使ってるって感じする?」

「言われてみればするような……しないような?」

「頭を使うってよくわかんないよね」

「目に見えるわけじゃなくて感覚的なことだからね」

 ナンプレに飽きたらまちがいさがしをする。ふたりで同じイラストを見ながら問題を解けるのは魅力的だ。頬と頬が触れ合ってしまう。

 まちがいさがしは全部で40問ある。

 物があるかないか。物が変わってないか。色は? 形は? 長さは? 大きさは? 傾きは? 見るところ多く見つからないとイライラしてくる。見つかるとスッキリだ。

 他には同じ絵さがし、てんつなぎ、隠された文字さがし、3Dパズル、漢字サーチ、さがし絵、と盛りだくさん。

 夢中になっているうちに、日は落ちる。

 懸賞目当てで買う人もいるだろうけど、ふたりは問題を解くことを楽しんでいる。ルールに則り空白の数字を埋めていく。かわいいイラストに癒されながら、まちがいを探す。

 楽しい時間は過ぎるのが早い。

 気づいたときには夕飯時で真惚は家に帰る時間だ。杏が見送りをする。食事を終えたあと、それぞれの家のリビングでナンプレをしている際に事件は起きた。


 飯野真守いいのまさもり栗江草太くりえそうたがお昼休みに食堂でナンプレをしている。すると、頂志乃琉夫ちょうしのるおがやってきた。どうやら、受験生であるふたりを茶化しに来たようだ。なぜか同じテーブルを囲んでいる。

「勉強しなくていいんッスか?」

「いいんだよ。俺は高校入学前に大学入試で必要なことを完璧にマスターしている。この前の模試では志望している医学部がA判定だった」

「栗江先輩、それはすごいッスね」

「まーな」

 草太はどや顔をキメている。頂志は草太を茶化すのを諦め、標的を真守に変えた。

「飯野先輩はどうッスか?」

「俺は壊滅的だ。こんなことをしている場合ではない」

「場合ではないのにしてしまう……ダメ人間ッスね」

「うるせー! 叩くぞ!」

「暴力反対! でも、なんでナンプレやってるんッスか?」

「どうしてだろうな? 俺にもわからん」

「そうなのか? 俺はてっきり頭の体操……もしくは懸賞目当てだと思っていたんだが……違ったか?」

「そうだ! それ! それ! ゲーム機本体が欲しいんだよ。買うとなると高いからな~。当たらないかな~」

「勉強する気ないな」

「そうッスよ。このままじゃ、ダメ人間になっちゃいますよ」

「後輩にダメ人間扱いされてるぞ!」

「ック! なにも言い返せない。そもそも、購入したナンプレの問題数が多くなかなか解き終わらないのが悪い」

「そもそも購入したこと自体が悪いことにはならないのか?」

「それならいいのがあるッスよ」

「「なに!?」」

 真守と草太は頂志の言葉に驚く。頂志はふたりに「これ! これ!」と検索したスマホの画面を見せる。

「友達から教えてもらったんッスけど、ナンプレの問題作成に使えるサイトッス。これを使えば答えがわかるッス」

「自力で解かなくてもいいのか!?」

「技術の進歩だな。そんなの出回ってていいのか?」

 草太の疑問はともかく、答えがわかってしまうのは事実だ。

「これで真守先輩、勉強に専念できるッスね」

「いや待て!」

「なにか問題でもあるんッスか?」

「これだと、スタンダードのしか答えがわからないぞ」

「スタンダード? ナンプレってそんなに種類があるんッスか?」

「ああ、スタンダード以外に凹凸、合体、不等号とある」

 草太がバラエティナンプレの解き方のページを開き説明する。

「へー、こんな種類があるんッスね。知らなかったッス」

「残念だが、これでしばらくは勉強できないな」

「残念そうに見えないが……勉強しなくていい理由にはならないぞ」

「そうッスよ。ちゃんと勉強してくださいッス」

「終わったらな」

 真守はナンプレを優先して勉強しようとしない。この様子ではたとえナンプレの問題をすべて解き終えても勉強しないだろう。


「ただいま……と言っても誰もいないんだけどな……」

 飯野家の玄関の戸が開き、ひとりの男が入る。

 真守だ。

 彼が帰る前は家に誰もいなかった。父は仕事。母は買い物。妹の真惚は学校。真惚が通う学校は真守が通う学校よりも遠い。具体的には真守は徒歩で30分。対して真惚は電車で1時間かかる。そのため、まっすぐ家に帰ると真惚より真守が先に家に着く。

 階段を上り、部屋へと真守は向かう。荷物を置き、私服に着替え……ない。制服を着たまま冊子と筆箱を持ち、1階のリビングへ移動する。

 リビングのテーブルに冊子を広げて気合を入れる。

「よし! やるか」

 真守は高校3年生。野球部の大会を終え引退した。受験を控えているため、勉強に専念するのは当然だ。

「ック! この問題、間違えてる。解き直しだ」

 途中まで解いた問題を消しゴムで消し、初めから解きなおす。傍から見たら勉強しているようだ。消しカスが散らかるのを気にせず、問題に集中する。

「にしても頂志にはいいことを聞いたな。今度なにか奢ってやるか」

 ナンプレの問題を解いている。頂志にネットで検索すればスタンダードは答えがわかるため、凹凸、合体、不等号を解く。

 ナンプレをすると記憶力が鍛えられるとか。集中力が鍛えられるとか。とにかく頭にいいと言われているが、問題を解いている当人でも定かではない。ただひとつ言えることがあるとすれば『楽しい』ということだ。

 夢中で取り組んでいると時間が過ぎるのは早い。

「ただいま~」

 母親が家に帰ってきた。受験生の敵とも味方ともなる。今日の母はどっちだ?

「おかえり~」

 問題を解く手を休めずに真守は返事をする。

「あら、珍しい。勉強してるの?」

「受験生だからな。当然だ!」

「ふ~ん。なんの勉強? 国語? 英語? 数学?」

「ナンプレ」

「……なんぷれ……ねぇ……そんな科目あったかしら?」

「あるんだな~。これが」

「真守はその……なんぷれ? はどのくらいできるの?」

「……? もうそろそろこの問題集が終わるぐらいだが?」

「そうじゃなくて……模試とか……定期試験でどのくらいの点数が取れるの?」

「……? 模試? 定期試験? あるわけないが?」

「……受験科目であるならあるんじゃないの? ……!」

 ようやく受験勉強しているわけではないと母が気づいた。

「それ受験勉強じゃなくない?」

「もちろん! この俺が受験勉強するわけがないだろ!」

「もちろんじゃない! 受験勉強しなさい! すっかり騙されたわ」

 これ以上ナンプレをしていても問題を解く手が進みそうにないため、潔く受験勉強することに真守はした。2階から受験勉強に必要な物を持ってくる。

 今日の母は受験生にとって敵か味方か。人によって意見が分かれることだろう。


 真惚と父が家に帰り、家族4人が揃う。夕飯を食べ終え、リビングに集まっていた。

 いつもの光景の中にいつもと違うことが混ざっていた。

 父はテレビでプロ野球中継を見る。いつものことだ。

 母は食器を洗う。洗い終えると、お茶をすする。お茶をすすりだすと他の3人が「お茶をくれ」とせがむ。いつものことだ。

 真守がテーブルで受験勉強している。いつものことではない。

 真惚がナンプレの問題を解いている。いつものことではない。

 いつもと違うところに気づくと人は興味を持つ。

 ナンプレをしている真惚を見た真守は声をかけた。

「真惚もナンプレするんだ?」

「今日、初めてやる」

「初めてにしてはよくできてるじゃん」

「えへへ、お兄ちゃんはナンプレしないの?」

「してたわよね。勉強してるとか言って」

「そうなの⁉」

「そうだ! ナンプレは頭にいい。広義では勉強していると言っていいだろう」

「そうなの? 真惚ちゃん? お母さん、そのなんぷれ? というのに詳しくないんだけど……どうなの?」

「頭にいいのは確かだけど、勉強と言っていいかは知らない」

「なんぷれ? って頭にいいんだ⁉」

「そうだよ。え~っと……集中力とか……記憶力とかが鍛えれるんだよ」

 今日、覚えたての知識を披露する。母は感心した。

「へー」

「さて、ナンプレが頭にいいことがわかったところで。俺もナンプレするか」

 勉強道具を片してナンプレしようとした真守を母が止める。

「それとこれとは違うんじゃない? 受験問題には出ないんでしょ?」

「うん。聞いたことない」

 真守の受験勉強は続く。進路が決まるまでは付きまとう。


 しばらくすると、父と母は自室でくつろぐ。

 リビングには真惚と真守のふたりになった。兄妹であるため、ふたりっきりになっても特に問題はない。だが、微妙な緊張感があった。なぜなら、ふたりともそれぞれの作業に集中していたからだ。

 真惚はナンプレ。真守は受験勉強に集中している。

 ところが、普段から勉強していない真守の集中力がそんな長く続くはずなかった。真惚がナンプレをしているのを見て思い出す。

「そういえばいいのがあるぞ」

 真守はスマホを操作してとあるサイトを開く。真惚が今まさに解いている問題を見て、空欄を埋めていく。最後にスマホの画面に表示されている「解く」というボタンを押し、その画面を真惚に見せた。

「どうだ! 元々は問題を作るためのサイトだが、これを使えば答えがわかるぞ。自力で問題を解かなくても懸賞に応募できる。野球部の後輩に教えてもらったんだ。すごいだろ」

 画期的なサイトの存在を教えて気持ちを共感しようと興奮ぎみな真守。

 それに反して真惚の表情は曇っていた。

「答え……」

「そうだ! 答えがわかるんだ。すごいだろ」

「……それ今、私が解いてる問題だよね?」

「……? そうだが? どうした?」

「答えと違う……間違ってた……」

「そうか。間違えに気づけて良かったじゃないか」

「良くない! 知りたくなかったの! 自力で解きたかったの!」

「? そうなのか?」

「そうだよ!」

 勉強が嫌いな真守には理解ができなかった。問題を解く楽しさ。頭を使う快感。未知の世界を開くワクワク。自力で解きたいという真惚の気持ち。

「すまん。自力で解きたいとは思ってなくて……てっきり懸賞目当てだと思ってたから……」

 早くも真守は謝る。

 真惚はそっぽを向いて怒りを態度で表している。

 しばらく沈黙が続いたあと、真惚が口を開く。真守に近づき、頬を赤らめて立てた人指しを突きだす。

「罰として私と一緒に水着を買いに行くこと。あーちゃんも一緒です」

「なに⁉」

「異論は認めません! 罰ですから」

「いや待て!」

「……なに?」

「男ひとりだとさすがにあれだ。だから、草太も一緒だ」

「……まぁ。いいよ」


 ある日の休日。

 水着を買いに近場のショッピングモールに来ていた。

 メンバーは真守、真惚、草太、杏の4人だ。

「どうして兄さんがいるの?」

「それはこっちのセリフだ。どうして杏がここにいるんだ?」

 杏は草太が、草太は杏が、一緒だということを知らなかった。

「私は真惚と水着を買う約束をしてたからだけど……?」

「水着? 真守。どういうことだ?」

「いろいろあったんだよ」

 草太は真守に「買い物に付き合ってくれ」としか言われていなかった。なにを買うのか。なぜ一緒に行く必要があるのか。聞かれても真守は答えてはいなかった。

「いろいろねぇ~。まぁいいだろう」

 草太は真守の肩に手を回す。真惚と杏がいる方とは逆の方を向いて、ふたりに聞こえないように言った。

「なにがあったか知らないが……今度、なにかおごれよ」

「おう」

 同じように真惚と杏の方でもひっそりと会話があった。

「あーちゃん。どういうこと? 兄さんが来るって聞いてないんだけど……真守さんもいるし」

「いいじゃん。男の人からの評価も必要でしょ?」

「ん~。そうかな?」

「そうだよ。それにきっと楽しいよ」

「しょうがないわね」

 話がついたところで水着売り場へと向かう。

 夏休みに入ったばかりであるため、水着を買い求める人は他にもいる。人目のある中、女性の水着売り場にいるのは男にとっては恥ずかしい。だが、約束であるため、逃げるわけにもいかない。

「なぁ~。真惚。やっぱり店の外で待ってちゃダメか?」

 真惚と杏がどれにしようかと悩んでいるところに真守は声をかけた。

「ダ~メ! 試着も見てもらうんだから」

「そうは言っても時間かかりそうじゃないか? 長い間、ここにいるのは恥ずかしいんだが……」

「え~」

「それじゃ、いくつか選択肢を絞ってから呼ぶのはどう?」

「う~ん。それならいいか」

 不満そうな真惚に打開策を杏が提案した。それに応じた真惚を見て、真守と草太は胸を撫で下ろす。

「それじゃ、決まったら呼んでくれ」

 真守と草太は女性の水着売り場を後にする。ふたりは自身の水着を適当に購入したあと、ぶらぶらとお店を見て回る。

 本屋で時間を潰すことにした。草太は受験に必要な参考書や問題集をみる。金髪で遊んでばかりいるが、将来は親と同じように医師になることを夢見ている。受験生としての自覚を持っているため、自然と足を運んでしまう。

 真守はナンプレ、漫画を見る。勉強が嫌いで受験生としての自覚はない。親友の草太とは違う。将来どんな仕事をしたいのか。まだ、決めてはいない。とりあえず、大学に進学して野球を続けていけたらいいと考えている。社会人になってもそれは変わらないだろう。

「これは真惚が好きなやつじゃないか?」

 漫画コーナーを一通り見て回っていた真守は真惚の好きな魔法少女作品を目に止めた。手に取ろうとしたところで聞き覚えのある声がかかる。

「飯野先輩?」

 声のかかる方へ視線を移す。

神迫かみさこ?」

 真守が所属していた野球部のマネージャーである神迫奈々だった。

「どうしてこんなところに?」

「それはこちらのセリフですよ。勉強はどうしたんですか?」

「俺は勉強したいんだけど、妹が買い物に付き合って欲しいって言うから……」

「買い物? 妹さんと仲がいいんですね」

「仲がいいっていうか……今回は色々とあって付き合わされているんだ」

「……色々?」

「そう。色々」

「試合を観に来てましたし……デートにも誘われたんですよね?」

「そのことは忘れてくれ」

「するんですか? デート。妹さんと」

「するとは言ってない……言ってはいないのだが……」

「……だが? なんですか?」

 顔を真守に近づけて続きを促す。

「草太や草太の妹を交えて夏休み遊ぶことになっている」

「つまりダブルデートですね」

「こんなダブルデートあってたまるか」

「でも、周りから見たら兄妹だとわかりませんよ」

「そんなことはない。真惚は俺のことをと呼んでくれているからな」

「お兄ちゃんと呼ばれているからといってもそう呼んでいるだけで兄妹であることの証明にはなりませんよ」

 どうしたらいいかわからず真守が苦悶していると、奈々は真惚が好きな魔法少女漫画の最新刊を手に取る。レジに向かう。

「ちょっと待ってくれ!」

 真守は奈々を呼び止めた。

「どうしました?」

「その漫画、面白いのか?」

 先ほど手に取った魔法少女漫画を真守に見せる。

「これですか?」

「そう。それ」

 魔法少女漫画を読んだ感想を話した。

「読み始めたら止まらない中毒性を感じる作品です」

 見惚れてしまうほどいい笑顔であったため、真守は固まっていた。

「真守? さっきのは神迫か?」

 草太が声をかけたが、真守は動かなかった。

「お~い」

「おう。どうした?」

「どうした? ってお前がどうした」

「いや~、魔法少女って人気なんだなぁ~と」

「は? それよりお呼びがかかったぞ。お姫様から」

「お姫様?」

「妹のことだ。さっさと行ってちゃっちゃと終わらせるぞ」

 ふたりは女性の水着売り場へと戻った。

 着いたときにはすでに真惚と杏は水着を買い終えていた。

「さて、帰るわよ」

「ん? 試着は見なくていいのか?」

「大丈夫です。ね! まーちゃん」

「……うん! 帰ろう」

 水着の試着をした真惚と杏を真守と草太は見ずに帰ることになった。


 なにがあったのか。時はさかのぼる。

「それで? どうして兄さんと真守さんが来ることになったの?」

「お兄ちゃんたら、ナンプレの答えを調べられるサイトがあるんだって言って、解いてた問題の答えを見せてきたんだよ。ひどくない? その罰として買い物に来させたの」

「そんなことで⁉」

「そんなことって、重要なことでしょ?」

「そうかな? 真守さん嫌がってるように見えたけど……」

「嫌なことじゃないと罰にならないでしょ?」

「そうだけど……答えを知りたいかもと思ってそのサイトを教えてくれたんじゃないの? 教え方に問題があったかもしれないけど……親切でしてくれたんだと思うんだけどな……」

「……親切?」

 確かにカッとなっていた。親友の言葉を受けて真惚は冷静になる。真守の気持ちを考えていなかったことに気づく。

「そう親切。だから罰はなしにして2人で選んじゃお!」

「……うん。そうだね」


 4人が合流しての帰り道。太陽が沈もうとしている頃。

「やっと帰れるなぁ~」

 両腕を高く上げ伸びをしている草太が疲労を吹き飛ばすように言った。そんな草太に真守はこの前のことを愚痴ぐちる。

「そういえば、家でナンプレしてると勉強しろって親がうるさいんだよ。ナンプレは頭にいいっていうのに……受験問題にはでないんでしょって。おかしくないか? 大して変わらないだろ?」

「全然違うでしょ⁉ 落ちてもいいの?」

 真守は草太に話していたつもりだったが、真惚が答えていた。

「落ちてもよくはない。勘弁してくれ」

「だったらちゃんと勉強しなくちゃ! もちろん勉強だけじゃなくて、私と一緒に遊びもしてもらうけど」

 真守と真惚がいちゃついている。その横で何かを思い出そうとしている草太の唸り声が聞こえる。

「……ん~ん~」

「どうしたの? 兄さん」

「……ナンプレ……受験問題……!」

 唸ってまで思い出したことを話し出す。

「そうだよ! 数学の受験問題で出たことがあったんだよ」

「「なにが?」」

 視線が草太に集中した。

 背負っていたリュックから、なぜか数学の問題集を取り出す。パラパラとめくり何かを探している。探していたページが見つかったのか手を止め3人に見せる。そのページに載っている問題を見て驚く。どこの大学で何年に出題されていたかまで記載されていた。

「なに⁉」

「そんな~」

「こんな問題あったの⁉」

 勉強が嫌いな真守はともかく、県内有数の進学校に通う真惚と杏までもが驚いた。進学校なら数多くの問題を解くことがある。そのため、そこに載っている問題も解いたことがあるはずだ。だが、ナンプレが受験問題に出題されているとはだれも思わないため、気付かなかった。対して。草太は勉強も遊びも大切にしており、共通点があると考えている。勉強と遊びを別物だとは考えてはいない。そのため、ナンプレが受験問題に出題していることに気づけた。

 真守は不敵な笑みを浮かべて自慢げに言った。

「ほら見ろ! 言っただろ。ナンプレは勉強だ! この問題がそう言っている」

 高笑いしている真守を冷めた目で3人が見る。

「この問題解けても……」

越えなきゃ……」

「そうだな……」

「「意味ないよね」」

「意味ないって言うな!」

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