第14話 牛丼屋

 焼肉の話をしたため、肉が食べたくなった真惚まほあん真守まさもり草太そうたの4人。焼肉食べ放題に行くにはハードルが高すぎる。主に金銭面で厳しい。ということで安くて定評のある大手チェーン牛丼屋に来ていた。

「お兄ちゃん、何にする?」

「俺は腹減ってるから、キングにする」

 どれにしたらいいのかわからず、何気なく真惚は兄である真守に聞く。それに対して、真守がメニューに載っていない。いわゆる裏メニューをあげた。野球の試合が終わった後で真守はお腹を空かせている。

「え!? そんなのあるの? 私も同じのにしよう」

「もう。まーちゃん。止めときなさいよ。残しても知らないわよ」

「大丈夫だよ。朝はヨーグルトしか食べてないんだから」

 朝寝坊した真惚は母から渡されたヨーグルトしか食べていない。甘くてクリーミー。マイルドな味わいで軽快な曲が特徴的なヨーグルト。真惚はヨーグルトを食べたときのことを思い出して鼻歌を歌っている。

「ヨーグルトしか食べていないにしてもキングは無謀だ。真守。兄として一言いってやれ!」

「……そうだな」

 草太は真守に真惚を止めるよう促す。真守はメニューを見ながら、続く言葉を考える。草太は真守を見て続く言葉を待つ。杏はメニューに細かいところまで見ている。真惚は軽快愉快にヨーグルトの曲を口ずさむ。

「……俺は……キングを止める」

「……⁉」

 草太は真守の言葉に驚いた。真惚がキングを注文するのをめると思いきや、真守がキングをめると言い出した。「止める」違いだ。

「キングをめる代わりに、真惚が残した分を食べる」

「……お兄ちゃん……!」

 顔を赤らめてうっとりとした表情を真惚は真守に向ける。その光景を見て「そんなに喜ぶところか」と嘆息してるのは杏と草太だ。

「じゃあ、残ったらよろしくね」

 満面の笑みを浮かべて真惚は答えた。

 これで注文できるかと思われたその時。ある一言により、注文内容が大きく変わる。

「へー、牛丼屋なのにアイスあるんだ」

「え⁉」

「まーちゃんの好きなバニラ味があるよ。しかも、北海道プレミアムだって」

「食べる! やっぱり、キングはなしで! お兄ちゃん、キング頼んでもいいよ」

「……あ……そう……」

 気が変わるのは早かった。真惚が注文しようとしたキングをめるように促した草太とキングをめた真守はバカらしく思った。

 店員を呼び注文をする。真守はキング牛丼。草太は特盛にお新香みそ汁セット。杏は並盛に生野菜みそ汁セット。真惚は大盛に北海道プレミアムのバニラ味。「あーちゃんも一緒にアイス食べようよ」と真惚が杏を誘うも、アイスが体によくないことを知っている杏は誘いに応じなかった。

 注文後、数分で品が運ばれてくる。真守が注文したキング牛丼だけ、お皿の形が違う。パーティーで使用されるような大皿に乗せられている。明らかに一人で食べる量ではない。こんなのを注文する輩は相当お腹を空かせて感覚がおかしくなっているか。大食いか。友達同士でふざけてか。まぁー、理由は色々あるだろう。真守が注文した理由は興味本位からだ。実は注文するのは今日が初めてである。

「おー、これが噂のキングか」

「え⁉ 初めてだったのか?」

「そうだ! いつ俺が注文したことがあると言った!」

「……兄妹そろって無謀なことが好きなんだな」

「無謀とはなんだ。勇気ある挑戦と言って欲しいな!」

 草太が呆れ顔で自身の知識を語る。

「キングはカロリーにすると2千キロカロリー以上。対して、消費するカロリーは一般男性の基礎代謝で約1千5百キロカロリー。日常生活で約5百~1千キロカロリー。完投で約1千キロカロリー。消費カロリーは合計で約3千~3千5百キロカロリーだ。消費カロリー以上摂るとその分、太るぞ」

「残りは1千以上もあるな。問題ない」

「へ~、頼まなくてよかった。太るのはイヤだもんね」

 草太は真守に向けてカロリーの話をしたのだが、その話を真に受けたのは真惚の方だった。初めからカロリーの話をした方が早かったのではないかと草太は反省した。

 数字がものをいう。真守には効き目がなかったが、真惚には効いた。女子にはカロリー責めで行こうと秘かに思う。

「ところで、なんで今日の試合負けたの?」

「もう。まーちゃん、それじゃ、いつも勝ってるみたいでしょ?」

「あ! そっか」

「いや、真惚ちゃん。そっかじゃないよ。確かにうちの野球部は勝ったところを見たところがないが、だからといってそんな会話をしていい理由にはならない」

 真惚と杏の会話に対して草太がとがめる。そんな草太の肩にそっと手を乗せて真守が告げる。

「諦めろ。勝ったことがないのは事実だ。それに、今日の試合相手には怪物がいた」

 真守に「お前がいうな」という視線を草太が向けている。

 怪物なのは真守も一緒だ。最速150キロのストレートが投げれる。そんなピッチャーはそうそういない。プロでもそう多くない。ましてや高校野球ともなれば注目の的である。

 浦吉東は弱小高校で公式戦では怪物がいる相手と当たり試合数が少ないため、注目されていない。球が速いだけでなく、コントロールも悪くなく、変化球も投げれる。本人さえ本気になればプロになることも夢ではない。ただし、やる気があればの話。

「……怪物? ゴリラでもいたの?」

「そうだな。あれはまさしくゴリラだった。高校を卒業したら野生に還るとも言っていた」

「……へ~。そんなことより、大会が終わったから、夏休みどこか遊びに行こうよ。暇でしょ」

「いやいや、暇では……」

「いいね。行こう!」

 真惚の誘いに対して、「受験勉強があるから」と真守が断ろうとした。そこに割って入るように草太が真惚に賛同した。

「兄さん、大学受験が控えてるでしょ。落ちてもいいの?」

 草太は両親の影響から幼いころから医者になることを夢見ている。現在、高校三年生で受験のための大事な夏休みであるはずなのだが、遊ぶことも大切だと考えた。

 妹の杏も草太と同じで医者になるため、日々勉強に勤しんでいる。そのため、どの程度の勉強をする必要があるのかを理解できる。

「大丈夫だよ。模試の結果だって悪くないんだから」

 草太の模試の結果が悪くないのは事実で、順調にいけば合格することができる。ただ、本番はどうなるかわからない。幼い頃から勉学に励んで受験に必要な知識から医学書まで読み漁った結果だ。

「あーちゃんも行こうよ」

「……うーん。そうね。行こうかしら」

「よし! 4人で行こう」

「おう!」

 真守は行くとは言っていないのだが、これで行かないのは不自然だ。流れで行くことになった。

「どこに行こうか」

「プールに行きたい」

「いいわね。今度、水着を買いに行きましょう」

 真守を置き去りにしたままプールに行くことが決まった。


 試合を終えた日の夜の街。

 神迫かみさこ奈々ななと小動物がビルの屋上に立っている。

「今日は試合だったんだよね。お疲れ」

「えー、負けてしまったけどね。楽しかったわ」

「真惚ちゃんには真実を伝えたのかい?」

「……まだよ。出来れば、真惚ちゃんには真実を知らないでいてもらいたいのだけれど……」

「僕としては戦力は多い方が助かるんだけどね。奴らは戦力を増してきてるし。そのうち手に負えなくなりそうで怖いよ」

「そんなに言うなら、自分で伝えたらどうかしら?」

「それは僕のやり方に反する」

「なら急かさないでくれるかしら」

「別に急かしてるわけじゃないよ。奈々ちゃんをいじって楽しんでるのさ」

「相変わらず、悪趣味ね」

「奈々ちゃんだって、似たようなものだよね? かわいい女の子を愛でたいから魔法少女してるわけだし」

「あなたみたいに意地悪する趣味はないわ」

「じゃあ、なんで早く教えてあげないの?」

「まだ、衣装には変身できていないのでしょ?」

「そうだよ。僕としては急いでほしいんだけどね」

「ならまだ大丈夫ね。匂いは付いてないわ」

「そんなにのんびりしてていいのかな?」

「まだ、引き返せるわ。いざとなったら飛んでいくから大丈夫よ」

 神迫奈々は夜の街へ消え奴らと闘う。人間世界を破滅しうる魔物を討伐する。

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