第13話 公式戦当日
夏の高校野球予選は7月から始まる。
地方によって開始する時期は多少異なるが、浦吉東高校は7月からだ。期末考査を終えて、息つく間もなく、始まる。
「遂にこの日が来たな!」
「遂にって。言うほど練習してないだろ」
「いいだろ! 雰囲気だけでも楽しもうぜ」
一回戦の相手は先月、練習試合した
浦吉東と浦吉南の実力はほぼ同じ。どちらが勝ってもおかしくはない。ただ、大会はトーナメント式のため、一度負けたらそこで夏は終えてしまう。
どんなに実力のある選手でも一回戦で消えてしまうことがある。
そんな緊張感のある試合のはずなのに、浦吉東に緊張感はない。部員たちの会話は「今日、終えたら夏休みだ!」「やっと解放される!」「夏休みなにして過ごそう」「早く今日、終わらないかな?」といった感じで勝つ気がない。
「こら! そんなんでどうする! 今日で終わらせるな!」
一人やる気に満ち溢れている者がいた。マネージャーの
部員たちは「そうだよな! 負けると決まったわけじゃない」「勝ちにいくぞ!」と奈々の喝に答える。しかし、陰では「勝ってどうするんだよ」「勝つ意味って何?」「早く終わんねぇかぁ~」といったネガティブが会話がされている。
奈々は知っている。部員は皆、やる気がないこと。その裏にある真実までもを。だからといって喝を入れることを止めない。
「勝ちにいくんだからね! 手抜いたら許さないよ!」
神迫奈々は野球部員にとって、アイドル的な存在だ。だから、彼女の前だけはやる気あるふりをする。しかし、それはふりでしかない。
飯野真守も例外ではない。
150キロを超えるストレート。キレのあるカーブ。落差のあるフォーク。バッティングセンスもある。
プロになろうと思えば、なれるはずなのに。過去にはなろうとしてたこともあるのに。プロになる気がない。これだけのセンスがあるのにもったいない。周りがいくら言ってもしかたがない。これはそういう問題ではない。
「よろしくお願いします」
浦吉東対浦吉南の試合が始まった。
南が先攻、東が後攻だ。
スタンドにはプロ野球のスカウトらしき姿がある。浦吉南の4番である
一回表、南の攻撃。夏の大会であるためか。気合が入っている。ベンチからはまだ初回だというのに多くの声援が聞こえてくる。「初回だ! 見てけよ!」「勝ちにいくぞ!」東のピッチャー飯野真守は持ち前の剛速球で軽く追い込み。三振を量産する。南のベンチからは残念がる声が聞こえるが、ベンチに戻ってきたバッターに「どんまい! 次は打とう」といった前向きな会話が交わされる。勝つ気があることが見受けられる。
一回裏、東の攻撃。練習試合のときと同じだ。ベンチからの声援はない。神迫奈々の喝で仕方なく、声を出しているといった感じだ。勝つ気がない。南のピッチャーは練習試合に先発したのと同じだ。140キロ近いストレート。キレのあるスライダーとシュート。気持ちの入った球に気圧されたか。三者凡退で倒れる。
二回表、南の攻撃。バッターは4番。練習試合で真守がホームランを打たれた相手だ。スカウトが注目する選手でもある。ランナーなし。キャッチャーの
二回裏、東の攻撃。バッターは4番、飯野真守だ。南のピッチャーは練習試合でホームランを打たれたことを思い出している。逃げ腰だ。ストライクが入らず、ファーボールでランナーを出す。東のバッテリーとは違う。わざとではない。次の5番もストライクが入らず、連続ファーボールをだしてしまう。ランナーは一、二塁。異変に気付いた南のキャッチャーはタイムをとり、ピッチャーの元へ向かう。
「どうした? 4番はともかく、5番は恐れる相手ではないはずだぞ」
「すまん。4番に打たれた時のことを思い出してた」
「試合中にそんなこと考えるな!」
「悪い」
「とにかく、ストライク投げてこい! 球は走ってる! 打たれやしない!」
「おう」
キャッチャーが定位置に戻り、試合が再会される。ピッチャーは大きく深呼吸し、力強く球を投げる。ストライクが入った。持ち直したようだ。南のキャッチャーが言うように打たれるようなバッターはいない。外野フライ、内野ゴロのゲッツーと打ち取る。チェンジだ。
三回表、南の攻撃。打順は8番からだ。バットを振りにいくも当たらない。8番は三振。9番はファーストゴロ。ツーアウトになる。1番は三游間へのゴロ。サードが捕りに行くもボールを弾いてランナーがでた。記録はエラーである。南のベンチから喜びの声があがった。2番がバッターボックスに立つ。ツーアウトのため、送りバントはないはずだ。だが、バントの構えをしてる。ピッチャーの真守は投げたあと、前へ走る。バッターはバットを引っ込める。ストライクだ。2球目も同じだ。ピッチャーを走らせる。さすがに3球目はないだろうと思われた。だが、バントだ。今度は当ててきた。ピッチャーが処理し、スリーアウトでチェンジだ。
三回裏、東の攻撃。打順は8番からだ。8番の引っかけた球はサードに転がりアウト。9番はキャッチャーフライ。1番はセカンドへの強い当たりだが、正面のゴロだ。悠々と
四回表、南の攻撃。打順は3番からだ。ピッチャー返しのセンター前ヒットだ。初ヒットとなる。次の4番は強打者。警戒する必要がある。なのに、カキーン。打たれてしまった。ボールはスタンドへ消えていく。ホームランだ。2点先制。南のベンチからは歓声が上がる。東は秘かにガッツポーズしている者がいる。マネージャーの神迫奈々はそれに気づき、舌打ちする。打たれたのに喜ぶとは何事だ。下唇を噛み感情を抑えようとしている。その後、いい当たりが続いたが、内野ゴロ正面2つ。外野フライとランナーでず、チェンジ。
その後、数々の攻防を繰り返して試合は2対0のままで浦吉南が勝利して終えた。浦吉南も浦吉東も喜んでいる。異様だ。傍から見たら、どちらが勝ったのかわからない。たまたま通りかかった人からは「勝ったのか? おめでとう」なんて言われてしまう始末。どうかしてる。
監督が締めの挨拶をし、解散となった。
「奈々先輩!」
手を大きく振って声を掛けたのは
兄たちとは遅れて球場のスタンドで試合を観ていた。
午前の試合だった。朝に弱い真惚は自力で起きられなかった。杏が家まで起こしに行ってようやく起きたという具合だ。球場に着いたときは9回。最終回だった。真惚にとって勝ち負けはどうでもいいこと。だが、2対0で浦吉東が負けた事実だけ受け止めた。
「お疲れ様です! 残念でしたね」
「本当にね。残念だったわ」
真惚が残念だと言ったのは試合に負けたこと。だが、奈々が言う残念は別の意味に聞こえた。
「今日はこれからどうするんですか?」
「もう解散したから、まっすぐ家に帰るわよ」
「えー、焼き肉は?」
真守がリトルの頃、試合後は焼き肉を食べていたことがある。親御さんも多く参加し、お金を出し合っていた。小さいお子さんを連れてくるものも多かったため、真惚も参加する。焼き肉屋さんとクラブチームは親交が深く、貸し切りにすることも多い。そんな裏事情を知らない真惚にとって、試合後は焼き肉を食べるものだと思い込んでいる。
真守が中学にあがってからなくなっているのだが、真惚は呼ばれないだけで焼き肉は食べているものだと思っていた。
「負けたからなしね」
浦吉東では勝ったら焼き肉という約束はない。だが、神迫奈々が知る限り、試合に勝ったことがない。そのため、勝ったらどうなるのかわからない。ならば、負けたからないと言っても嘘ではない。勝ったら、焼き肉を食べるかもしれないからね。
「そんなぁ~」
「まーちゃんは何しに来たの?」
杏が真惚に呆れ顔で突っ込む。
「試合の後は焼き肉だ~。と思って来たのに」
「応援はどうした」
「家を出た時点で間に合わないのわかってたし、これじゃ何しに来たのかわからないよ」
「諦めなさい」
「そんなぁ~」
奈々は真惚と杏のやり取りを苦笑しながら見ている。ふと、公園の木陰にあるベンチで涼んでいる飯野真守と栗江草太を見つける。
「真守先輩! 草太先輩! かわいい妹が来てるわよ!」
奈々がふたりに声を掛ける。普段は苗字で呼んでいるが、妹が近くにいることをいいことに名前で呼んだ。
真守は今日の試合で完投している。そんな理由からぐたっりとしていた。付き添いでキャッチャーの草太がいるようだ。奈々の声に気づいて答える。
「ん⁉ 真惚、起きれたのか?」
「起きれるよ。子供じゃないんだから」
「嘘つかないの。私が起こさなかったらいつまで寝ていたのやら」
「もう! 言わなきゃバレなかったのに!」
真守が苦笑する。「バレないわけないだろ」とでも言いたそうだ。
「それより、お兄ちゃん! なんで負けたの!」
「怪物がいたんだよ」
真守は空を仰ぎ答えた。奈々と草太が「お前が言うか」といった表情をする。
「お兄ちゃんも十分怪物でしょ! そのせいで焼き肉がないじゃない!」
「焼き肉? なんの話だかわからないが、これから草太とご飯食べようと話してたところだ。一緒に来るか?」
「行く! 焼き肉だ! 食べ放題だ!」
「焼き肉も食べ放題もない」
「奈々先輩も行きましょう。みんなで行きましょう」
「悪いけど、私は帰らせてもらうわ」
「えー、そんなぁ~。一緒に食べましょうよ」
「
真惚がごねるのを止め、杏は軽く会釈する。
「お疲れ」
真守と草太が奈々に軽く手を振って別れる。
真惚、杏、真守、草太でお店を探す。
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