第12話 先輩魔法少女

 浦吉東対浦吉南の練習試合を終えた夜。

 とある街にあるビルの屋上には一人の少女と一匹の小動物がいた。

 少女の名は神迫かみさこ奈々ななまとった可愛らしいフリルが風でそよぐ。魔法少女の衣装に身を包む。

 雨が降っているにもかかわらず、衣装は濡れている様子はない。彼女の周辺だけ雨が避けている。

「今日、学校で練習試合があったわ」

「へ~、どうだった?」

「とても楽しかったわ」

「それはよかった。魔法少女は精神面が安定してないと務まらないからね。だからこそ、僕はこうやって君の様子を見に来ている」

「まぁ~、あなたを見たら逆に不安定になる人もいるでしょうに」

「そりゃいるだろうね。こんなプリティボディが自ら近づくんだからね。嬉しくてたまらなくてどうにかなってしまうよ」

「あまりの嬉しさに失神してしまいそうだわ」

「わかるよ。その気持ち」

「そんなわけないでしょ」

「なんだ。嘘なのかい?」

「あなたを見ると虫唾むしずが走るわ。早くどこかに消えてもらえないかしら?」

「ひどいなぁ。君の夢を叶えてあげてるのに」

「その態度がムカつく」

たかぶった心で仕事がはかどって僕は嬉しいよ」

「あら、今日はもう止めにして、家に帰ろうかと思っていたのだけれど」

「そんなこと言わずに、一体ぐらい思いの丈をぶつけにいってもいいんだよ」

「変な言い方しないでくれる?」

 慣れた口調で話している。ふたり? は一年の付き合いになる。


 一年前、神迫奈々は高校一年生だ。

 魔法少女になるべく、数々の文献を調べている。どの文献を読んでもどうしたら魔法少女になれるのかわからない。そんなとき、魔法少女アニメを観ていた奈々の目の前に小動物が現れた。小動物はプラスチック製のボタンを渡し、「兄からの愛を感じられたら、魔法少女の衣装が手に入る」ことを伝える。ところが、奈々には兄がいない。一人っ子だ。そのことを伝えると

「あれ? おかしいなぁ。君にはお兄さんがいると聞いたんだけどなぁ」

 奈々にはお兄ちゃんと呼んでいた相手はいた。そのお兄ちゃんというのは6歳も年上の従兄いとこだ。住んでいる場所が近かった。そのため、小学生時代はよく一緒に遊んでいた。奈々が中学に上がると同時に従兄は大学に進学し、一人暮らしをしている。家から遠く離れたため、会うことはほとんどなくなってしまっていた。

「他に方法はないの?」

「はぁ~、なら誰でもいいよ。愛を感じてきて」

「……? さっきは兄からって指定してきたけど、誰でもいいんだ」

「うん。だれでもいいよ」

 奈々は小動物を睨み殺意を向ける。顔は笑っているが、明らかに怒っている。

「さっき、私全裸にさせられたんだけど……」

 プラスチック製のボタンを押すと魔法少女に変身できる。ただし、兄からの愛を感じていないと全裸になってしまう。奈々がボタンを押す前に、このことを小動物は伝えていなかった。

「そうだね。うっかりしていたよ」

「……うっかりね。他に秘密にしていることはないかしら?」

「秘密だなんて、まるで僕がわざと君に伝えなかったみたいじゃないか」

「わざとでしょ?」

「心外だな。証拠はあるのかい?」

「そうね」

 奈々は目を瞑り、大きく深呼吸する。頭の中でなにかをイメージしているようだ。数分たち小動物から貰ったボタンを押す。すると、可愛いフリルを着た少女がそこにいた。

「これは証拠になるかしら?」

「な⁉」

 小動物は嘘をついてはいない。「愛を感じる」ことが魔法少女の衣装を手に入れるために必要だ。それはつまり、直接的な接触は必要ない。頭で思い浮かべ、自身で愛を感じられたと思えれればいい。奈々はものの数分で従兄との思い出に浸り、愛を感じることに成功した。その結果、魔法少女の衣装を手に入れることができた。

「……う……うそは……ついてないよ。現に愛を感じる必要があるとしか僕は言ってない。具体的に何かをしないといけないなんて言ってないからね」

「他に言うことは?」

「……ふ~、わかったよ。話すよ」

 小動物はこれ以上、彼女との関係を悪化させていても今後に支障がでると判断し、多くのことを語った。幼気いたいけな少女を揶揄からかうという変態じみた趣味を持つ小動物のささやかな趣味がひとつ失われた瞬間だった。

 夢見る力を食べる魔物が街に増えていること、魔物に対抗すべく魔法少女を増やしてること、魔法少女は夢見る力が強く匂うため魔物に襲われやすいこと、その匂いを打ち消せる指輪があることなど色々と小動物は語った。

「ふう。これですべてさ。協力してくれるかい?」

「私の生活にも影響のでる話だし。いいわよ」

「それはよかった。よろしく頼むよ」


 雨の音が響いている。

「変わってないわね」

「ん⁉」

「今日、新しい魔法少女にあったわ。それでその子、兄をデートに誘ったって言ってたわ」

「それはよかった。ちゃんと動いてくれているんだね。真実を話した時の顔が見ものだ。君もその子みたいに素直だったら、僕を楽しませられたのに。残念だよ」

「別にあなたを楽しませたいというサービス精神は持ち合わせていないわ。あの子もあなたを楽しませたいわけじゃないでしょ?」

「そうだけど……僕の趣味だからしょうがないよ」

 小動物は変わらない。変わらず、少女たちを揶揄う。そのこと知り、奈々は嘆息する。

「そろそろ取り掛かるわね」

「そうしてもらえると助かるよ。僕も少女を揶揄いに……ではなく新たな魔法少女を探しに行くよ」

 飯野真惚が真実を知るのはいつになるのかわからない。真実を知ったとき、真惚はどうするのか。

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