第16話 プール

 真守まさもり真惚まほ草太そうたあんの4人は近場の市民プールに来ていた。

 施設内には体育館も併設されており、バドミントン、卓球も楽しめる。市が運営しているため、格安で利用することが可能だ。ただし、流れるプール、ウオータースライダーなどはない。

 プールは屋内の25メートルの広さで、奥は飛込プールがある。飛込プールには立ち入りできないよう柵が張られている。近くまで行くと底が深くなっていることがわかる。どこまで深いのかは覗いただけではわからない。洞窟のような暗闇を感じる。

 プールは柵を仕切りとし、3つのレールに分かれている。幼児用、小学生用、大人用。大人用が底が一番深い。大人用の両端に幼児用と小学生用がある。こちらも飛込プール同様に柵が張られている。別のレールに行くには一度、プールから出る必要がある。小さいお子さんが溺れないようにという配慮だ。

 そんな創作では描かれないであろう。なにもないプールでのお話である。

 この前の買い物で購入した水着を着用している。

 真惚はピンク色のビキニ。ホルターネックで2段フリルの付いているフレアトップだ。

 杏は水色のビキニ。タンキニの上からTシャツを着てショートパンツを履いている。洋服感覚で着ることができる。

「誰が一番長く潜っていられるか勝負しよう」

 4人は小学生用のプールにいる。真惚が無邪気に提案する。なにもないプールですることといえば、潜るぐらいだ。

 真惚の誘いに他の3人が同意する。特になにか賭けているわけではない。ただの遊びだ。

「じゃあ、いくよ。せいの!」

 真惚の掛け声と共に4人が潜る。お互いの顔を水中で見ることができる。普段とは違う場所で見る姿はいつもと違う。潜っている間、特にすることがないため、お互いをまじまじと牽制するかのように見てしまう。真惚、杏、はセパレート式の水着で、露出度が多い。そんな真惚がもぞもぞとなにかをしている。ない胸の谷間に手を入れ、乳首を……

「ぷは! なにしてるの!」

「ぷは! なにしとるんじゃ!」

 杏、真守、が真惚に対して突っ込む。真惚は公共の場で。水中で。乳首を見せようとした。

「いや、勝負だからなにか仕掛けないとなぁ~と思って」

「もう! 仕掛けなくていいから! 誰も求めてないから!」

「そう?」

 真惚の行動に、真守、杏、草太が顔を赤くする。連れがこんなおかしなことをする子ですまないといった恥ずかしさからだ。

「普通に勝負しようか」

「え~、普通じゃつまらない」

「もう! それじゃ、手でも繋ぐ?」

「うん。それならいいよ」

 真守の普通に勝負という提案は却下され、杏の手を繋ぐは了承された。いざ手を繋いでみるとお互いの温もりを感じられ気恥ずかしい。

 真惚だけは気にしていないようだ。乳首を見せようとしたぐらいだから、手を繋ぐのは大したことないのだろう。輪になり、手を繋ぎ、はたから見たら仲良し4人組だ。

「じゃあ、いくよ! せいの!」

 真惚の合図で一斉に潜る。

 先ほど潜ったときと同じようにお互いがお互いを見ている。手を繋いでいるせいでバランスが取りづらい。気を抜くと浮いてしまいそうだ。冷たい水中で手を繋ぐと普段は感じられない温もりを感じられる。

 真惚の右手には真守の左手が握られている。真惚はそっと右手を唇に近づけた。それによって、真守の左手も当然、真惚の唇に近づく。あと少しで触れそうになったとき、真守がそれに気付く。

 させるかとばかりに真守は左手を力強く引っ張る。その拍子に真惚は体ごと真守の胸に飛び込む形となる。

「「……ぷは!」」

「この遊びは止めにしようか」

 真惚と真守がプール内で抱き合うことでこの水中に潜る遊びは終わりを迎えた。


 4人は大人用のプールに移動した。真惚の身長では足が着かない。そのため、持参した浮き輪を使う。杏は足が着く。だが、真惚に言われて持ってきた浮き輪を使う。

「今度はレースだ! お兄ちゃん! 後ろから押して!」

「おう! 任せろ!」

「もう! 浮き輪でなにするのかと思ったらレース?他にも人いるから難しくない?」

 プール内にはおよそ20~30人いる。レースをするとなると人が障害物となり、勝負どころではない。杏はそのことを気にして指摘するも真惚は構わない。

「貸切なんて無理でしょ? だけどレースしたい。だからしよう!」

「もう。しょうがないわね。兄さん。安全運転でお願いね」

「え⁉ やるからには勝つぞ!」

「もう。兄さん。そのやる気は受験にぶつけてくれる? 受験生でしょ? 医者、目指してるんでしょ?」

 真守&真惚VS草太&杏の浮き輪で妹を運ぶ遊びが始まる。

「レースは端から端まで。ここからスタートして奥の柵にタッチ。先に今いる場所に戻って来た方が勝ち。準備はいい?」

「いいわよ」

「いいぞ」

「問題ない」

「レディー、ゴー」

 真惚の合図でレースが始まった。もちろん、安全運転だ。法定速度を守っている。プール内に法定速度があるのかは知らないが。

「うわ!」

 開始早々、真守が声を上げた。水中で普段、歩くのとは違う。浮き輪も押してもまっすぐ進むとは限らない。コントーロールしづらい。浮き輪を掴み損なった真守がバランスを崩し水中で転ぶ。

「ドボン」

「え⁉ なに⁉」

 大きな音がしたため、驚いて真惚は振りむく。

「……お兄ちゃん、大丈夫?」

「すまん。手が滑った」

「……そう。……あ! あーちゃんたち先いってるよ! 早く押して!」

「よっしゃ! いくぞ!」

 思わぬハプニングにより、うまくスタートを切ることができなかった真守&真惚だが、真守の自慢の脚力で追い上げていく。

 対して、草太&杏は障害物(人)に阻まれ思うように前に進まない。まるで、レースの先頭者に直撃する甲羅のように邪魔が入る。

 そうこうしているうちに、真守&真帆が追いついてきた。

「まさかこんな勝負を真守とすることになるとは思わなかった。お互い、悔いの残らないレースにしよう」

「草太。俺も同じ気持ちだ。こんな勝負なんの意味もない。だが、意味がないからこそ込められる思いがある」

「さすが親友。わかってるじゃないか」

「もう。どうでもいいけど……」

「……ん⁉」

「ぶつかる」

 真守&真惚は浮き輪ごとが柵にぶつかった。

 どういう原理かはわからないが浮き輪がどこかに飛んで行ってしまう。

 急に止まれなかった真守は勢いで真惚に抱き着く形になった。

「お兄ちゃん、そんなに私のこと好きなの? 今日、これで2回目だよ」

「違う!」

 いたずらっぽく真惚は微笑みを浮かべながら、真守の頭を撫でる。

 ちなみに草太は感覚的にそろそろ柵にぶつかるとわかっていたため、手前で止まっていた。こうしてプールでの勝負は引き分けともつかずに終了した。

 人がたくさんいる市民プール内でレースをするのは危険だと4人それぞれが悟った。


 プールを満喫したあと、敷地内にある公園で昼食を摂ることにした。杏がお弁当を作ってくれたのだ。

 両親がクリニックを営んでおり、忙しい母親に代わって普段から料理をしている。杏が自ら言い出したことだ。今では家事全般を任されている。

「大したものありませんが、食べてください」

「本当に大したものないな」

「わーい! おにぎりだ!」

「食べるぞ」

 草太の一言で杏は膨れっ面になる。

「兄さん、文句あるなら食べなくていいんだよ。一日ぐらい食べなくても死なないんだから」

「いいや、食べるよ。ありがたくいただくよ。食べなきゃ心が死ぬよ」

 ビニールシートを敷いて弁当箱を囲むようにして食べる。おにぎりはラップにくるんでおり、中身は梅干し、鮭、おかかの3種類だ。弁当箱のおかずは甘い卵焼き、骨ありスパイシーチキンがある。

 真守、草太、杏がいただきますと言う。すでにいただいていた真惚は今更、いただきますというのも不自然だ。そのため……

「いただいてます」

 杏の説明を聞かずにフライングで食べていた真惚がぼやく。

「これ、中に梅干し入ってる~」

「まーちゃん、梅干し苦手だったの?」

「そうだよ~」

「舌がお子ちゃまなんだろ」

「もう! 兄さん、失礼なこと言わないの! 梅干しは代わりに私が食べるから、まーちゃん、鮭とおかかどっちにする?」

「おかかちょうだい」

 お弁当を広げる際、どのおにぎりにどのおかずが入っているのかを杏は説明していた。説明していたにも関わらず、真惚は聞いていなかったようだ。食べかけの梅干し入りおにぎりを杏に渡し、代わりにおかか入りのおにぎりを真惚は受け取る。

「妹が悪いね」

「いえいえ、大したことではありません」

「杏ちゃんは梅干し大丈夫なの?」

「食べれなくはありませんが、好きというわけではありません」

 杏が梅干しが好きではないことを聞き、それじゃと続けて言う。

「その真惚の食べかけは俺が食べるよ」

 杏に渡されたおかか入りおにぎりを口に頬張ろうとしていた真惚が手を止める。

「そうですか。では……」

「ダメ!」

 真守が杏から真惚の食べかけおにぎりを受け取ろうとするのを止める。

「……ダメって言ったって、真惚の食べかけを杏ちゃんに食べてもらうのは悪いだろ?」

「お兄ちゃんだって梅干し好きじゃないでしょ?」

「そりゃそうだけど……」

「そうだったのですね。知らなかったとはいえ、すみません」

「いや、杏ちゃんは悪くないよ」

「そうだよ。悪いのはお兄ちゃんだから」

「なんでだよ!」

「なんでも! とにかくお兄ちゃんが悪い」

「そうだな。真守が悪い」

「いやなんでだよ」

「……いいえ、悪いのは私です。おにぎりに梅干しを入れたから……まーちゃんや真守さんの好みも聞かずに入れてしまったから……」

「「……」」

 梅干しのせいで重い空気が漂う。梅干しには何も罪がないはずなのに。そんな重い空気を壊すべく一人の男が動いた。

「……はむ。……もぐもぐ」

 草太は杏が握っていた真惚の食べかけおにぎりを食べた。

「……へ? …………おまえ」

「……ごっくん。……俺は好きだぞ。梅干し」

「知ってる」

 その光景を見て、真惚は口を開けたまま固まっている。

 こうしてある意味、人気な梅干し入り真惚の食べかけおにぎりは草太の腹の中へと消えていった。

 なぜこのようなことになったのかはわからないが、草太が梅干しを好きだということだけはわかった。

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