第19話 魔物

「今日は楽しかったね」

 水族館からの帰り道、真守まさもり真惚まほ草太そうたあんの2人と別れて水族館での楽しい思い出に浸っていた。

 真守は受験生だからという理由で夏休みに遊ぶことに乗り気ではなかった。ただ、実際に遊んでみると楽しい気持ちでいっぱいだ。今も真惚に「そうだな。楽しかった」と返答している。

「次はどこに行こうかなぁ~」

「まだ遊ぶつもりなのか?」

「当たり前じゃん。夏休みはまだまだこれからだよ。お兄ちゃん」

 真惚は無邪気な笑みを真守に向け、もっと遊んで欲しいという思いを送る。

「そうかもしれないが、そろそろ勉強に専念しないとな」

 遊ぶことに乗り気でない真守を見た真惚は頬を膨らませ言葉ではなく顔で抗議する。その膨らんだ頬を真守は突っついて遊ぶ。

「そんな顔するなよ。突っつくぞ」

「もう突っついてるじゃん」

 しゃべるため頬に溜めた空気を抜いた真惚だが、再び頬に空気を溜めて膨らませた。真守も再び真惚の膨らんだ頬を突っつく。真守は両手を開き右手を真惚の左頬を左手を真惚の右頬に触れ、挟む。次第に口から音を鳴らし真惚の頬から空気が放出される。

「ぷっ! 変な顔」

 真守の両手で挟まれたことにより、真惚は変顔と化していた。

「お兄ちゃんのせいでしょ! 早く帰るよ」


「誰かいる?」

 家に着き、シャワーを浴び、パジャマに着替えて、部屋のベッドで寝ていた真惚だが、家の玄関に気配を感じたことで目を覚ました。

 恐る恐る部屋の扉を開け、一階にある玄関へとなにかに誘われるように向かう。

 家族はみんな寝ている。起こさないよう極力、物音を立てない様に忍び足だ。

 玄関の扉の前に着いた。固唾を飲み勇気を振り絞る。

 玄関の鍵を開けゆっくりと扉を開く。

 黒装束の男が立っていた。

「魔法少女よ。話があるついてきてはくれぬか?」

 嫌な空気が流れた。男は真惚が魔法少女であることを知っている。驚くあまり真惚が黙っている。すると続けて言った。

「出てこないのなら」

「……?」

「この家ごと吹き飛ばしてもよいのだぞ!」

 男がなにを言っているのか真惚には理解できない。ただおぞましい空気を感じた。はったりではない。

「どうする? ついてくるのか? それともこの家と共に吹き飛ばされたいのか?」

「……行く! ……だけど待って」

「待つ? なぜそのような必要がある」

「パジャマじゃ外に出られない。着替えてくるから待ってて」

「……よかろう。待つとしよう」


 余所行よそゆきの服に着替えながら真惚は考えていた。なぜあの男は自分が魔法少女だと分かったのか。

 思い返せばアニメの世界で魔法少女はなにかしらの理由があって変身するようになった。敵もなにかしらの意味を持って行動してる。

 私も戦うの?

 覚悟を決める必要があった。

「お待たせ」

「では行くぞ!」

 移動している間、会話はなかった。

 真惚が黒装束の男についていくと広い公園に着いた。名前は浦吉中央公園だ。

 緑豊かで小さな山がある。ふもとからは頂上は見えない。遊具もあり近隣の子どもにとっては確かな遊び場だ。

 なにもないスペースがある。端にはベンチと木だけで11対11でサッカーができそうなほどに広い。

 そのなにもない広いスペースで黒装束の男と真惚はお互いに距離をとった状態で話をする。

「ここでいいだろう」

「……!」

「俺の名前はオーウェン。人間が持つ夢見る力を喰って生きている魔物だ」

「……魔物?」

「そうだ。勘違いしてもらいたくないのは人間に直接、被害を与えるのを好んでいるわけではない」

「人間には害がないってこと?」

「そうとも言い切れない。夢見る力を吸い過ぎれば人間は絶望する」

「絶望するとどうなるの?」

「…………死ぬ!」

 真惚は魔物が死をもたらすことを聞き恐怖を覚える。

「正確には人間自ら死を選ぶようになる。つまりは自殺だ」

 真惚にはその魔物が人殺しに見えた。刃物などで直接的に人を殺してなくとも力を吸い取って生きる気力を奪うのであれば同じことだ。普段は見せない殺意をオーウェンに向けている。

 いつの日だったかテレビのニュースで自殺率が過去最高に達したという報道を思い出す。魔物の仕業なのか。

「魔法少女は夢見る力が強大だ! 魔物の餌としては最高だ!」

「……だからなに?」

「……喰わせろ!」

「喰われたらどうなるの?」

「魔法少女ではなくなる。最悪、死ぬ」

 真惚は後ずさりオーウェンとの距離をとる。魔法少女に変身する場面だが、兄からの愛がなければ全裸になってしまう。前回、変身した時は全裸だった。

 オーウェンに全裸を見られたくない。生まれたままのあられもない姿を見られたくはなかった。

「……来ないのなら……こちらからいくぞ!」

 どこからともなくオーウェンの手から剣が現れて大きな一歩を踏み出して真惚に襲い掛かる。両腕で顔を隠しガードの態勢を真惚はとる。

「キン!」

 真惚とオーウェンの間に割って入る人物がいた。寸のところで剣と剣がぶつかり合う。オーウェンは後ろに下がり距離をとる。

「おまえは……」

「真惚ちゃんケガはない?」

 割って入ったのは神迫奈々だった。奈々は魔法少女の格好をしている。

「……奈々……先輩?」

「そう! 学校は違うけど、真惚ちゃんの1つ上の先輩! 可愛い後輩のためなら盾にだって剣にだってなるんだから! ちゃんと頼ってよね!」

 後ろで腰を抜かしている真惚に対して奈々はウィンクをする。

「奈々先輩? なんでここに? それにその恰好……」

「話はあと! 真惚ちゃんも変身して!」

「……でも……お兄ちゃんからの……その……あ……愛がないと……」

「大丈夫! もう変身できるよ! 私を信じて!」

「ふっ! そういうことか。本当にひよっこだったんだな。なら今のうちに片付けてやる」

 殺気を放ちオーウェンは切りかかる。真惚をかばう形で奈々が応戦する。

「真惚ちゃん! 早く!」

 時が止まったかのように動かなかった真惚だが、奈々の声で我に返った。

 慣れない手つきでプラスチック製のボタンをポケットから取り出すと、ボタンを押し変身する。奈々が言った通り、魔法少女の衣装に変身できた。

 真惚は剣を顕現させオーウェンに切りかかる。

 オーウェンは真惚の攻撃を躱し距離をとる。

「……クッ! 2対1では分が悪いか」

 オーウェンは魔物を召喚する。手足は長く目は1つの化け物だ。両腕は垂れ下がり長い爪を持つ。牙も同じぐらいの長さだ。

「ゆけ!」

 召喚された魔物は奇妙な声を上げ奈々に襲い掛かる。

「ファイヤーボール!」

 奈々が呪文を唱えると火の玉が出現し、魔物に命中する。

 怯んだ魔物を剣で切りつける。切られた魔物は灰となり消えた。代わりに光の玉が地面に転がり落ちる。

「おのれ~」

 オーウェンはしかめっ面になる。尻尾を巻いて逃げていった。

「ふ~、何とか凌いだわね。ケガはない? 真惚ちゃん⁉」

 奈々が驚いた。真惚の下半身を見るとそこにはあるはずのないものがあった。真惚は何かに跨り宙に浮いている。魔法少女なら宙に浮くこと自体はなんら不思議ではない。問題は真惚が跨っている生物だ。

「真惚ちゃん? その跨っているのはなに?」

 気付いていないのか真惚は奈々の言葉に首を傾げている。真惚は足元を見る。

「……ふぇ? なに? これ?」

「やあ! 僕はシロイルカのバニラ」

「……バニラ?」

「そう。僕の名前はバニラ。元々は水族館で飼育されていたシロイルカだったんだけど、ある日からぬいぐるみに魂が移されてしまったんだ。そして、今日、真惚ちゃん! 君に買われた!」

「私が買った?」

「そう!」

 なにを言っているのかわからない。ただ嘘をついているようには見えない。

「真惚ちゃんの部屋にいたはずなんだけど……気づいたらここに飛ばされてた」

 理解が追いつかない真惚は首を傾げている。そんな真惚の疑問を解決すべく、奈々が仮説を立てる。

「もしかしたら真惚ちゃんが抱くシロイルカへの思い。触れ合いたい。飼育したい。そういった思いがこのシロイルカに伝わり叶えたってことかもしれないわね」

「そんなことできるんですか?」

「魔法少女だからね……できるんでしょうけど……元々は生きていたのをこんな風にしちゃうなんてね。真惚ちゃんが持つ力は普通の魔法少女よりも大きいのかもしれないわね」

 納得はできない真惚だが嬉しそうだ。シロイルカに跨り空を飛び回っている。水族館で描いた夢がスタッフにならずとも叶えてしまった。

 奈々はしゃがみ込み地面に落ちてる光の玉を素手で拾う。それはビー玉ほどの大きさだった。

「奈々先輩、それは?」

「これは夢見る力よ」

 奈々は両手で光の玉を包み込み呪文を唱える。

「本来あるべきところへ戻りなさい」

 光の玉は放つ光を強め空高く上がり、どこかへ飛んで行った。

「真惚ちゃん、これを」

 奈々は変身を解いて真惚に指輪を渡す。真惚が指輪を触れた瞬間、変身が解けた。シロイルカはぬいぐるみに戻り真惚に抱きかかえられる。

「ふぇ? 変身が解けた」

「この指輪に触れると変身できなくなるわ。代わりにさっきのような魔物に見つかりづらくなるの」

「……どういうことですか?」

「魔物は匂いで私たち魔法少女を追ってくるわ。この指輪を身に着けることで匂いが抑えられ感知されづらくなるの」

「つまりは指輪を身に着けていれば安全ってこと?」

「そう。だけど注意して! 指輪を着けている間は変身もできないわ」

「それって危ないんじゃ……」

「確かに危ない。けどずっと戦うことはできないでしょ? またいつ襲ってくるかわからないわ」

 指輪を適当な指に真惚はめた。

「そう。それでいい。あとこれを見て」

 奈々は変身する時に使うプラスチック製のボタンを見せる。真惚が持っているのと同じはずだが、そこには真惚が持っているものとは明らかに違う点があった。

「なにかを嵌められるスペース?」

「そう。変身している間はここに指輪を嵌めとくの。指輪は肌に触れていなければ効果を出さないわ」

「……でも……私のにはそんなのありませんよ」

「イメージして!」

 奈々は両手でボタンを包み込み目を瞑っている。まるで真惚に手本を見せるように。真惚は奈々を真似る。

「目を開けて」

「あ⁉ ハートの形になってる! 指輪を嵌めるところもちゃんとある」

「うまくいったようね。これは思い描いた形に変えることができるの」

「へ~、面白い」

 真惚は夢中になって色んな形に変えている。丸いリンゴ。輝く星。緑の葉っぱをつけた木。一通り変形し最後はハートの形に落ち着いた。

「あとは……白く小汚い小動物。覚えてる?」

「……小動物? あ⁉ 魔法少女になった日に会った変態?」

「そう! その変態が魔法少女の衣装になるには兄からの愛が必要だとか言ってたと思うけど……」

「そういえば言ってましたね」

「あれは嘘よ」

「ふぇ? 嘘?」

「そう! 本当は兄でなくてもいい。さらに言うとね。魔法少女自身が愛を感じられればいいの」

「どういうことですか?」

「真惚ちゃんが今までしてきたみたいに兄と触れ合ったり、抱き合ったり、キスしたり、しなくていいってこと」

「キスはしてません!」

「そう? もう済ましてるのだとばかり思っていたわ」

「確かに抱き合ったりしましたけど……」

 真惚は顔を赤くして恥ずかしがっている。

「あら、可愛い。私のことも抱きしめてほしいわ」

「しません!」

「あら残念」

 逸れた話を真惚が戻そうとする。

「それで? 愛を感じるにはどうしたらいいんですか?」

「それはね」

「それは?」

「イメージするの。真惚ちゃんが愛を感じられるときを」

「イメージ? そんなんでいいの?」

「いいのよ。いくらでもイメージしなさい。なんならそのイメージに私を登場させてもいいのよ」

「それは遠慮します」

 奈々に狂気じみたものを感じた真惚は後ずさる。変態小動物と似たものを感じた。もう家に帰りたい。

「話はもう終わりですか?」

「そうね……大体は話せたかな? 魔物がなぜ私たち魔法少女を狙うのかは聞いているわよね」

「はい! さっき襲ってきたオーウェン? という魔物が言ってました。夢見る力がどうとか」

「そう。奴らは夢見る力を喰らい生きている。そして、魔法少女はその力が膨大なため狙われやすい」

「狙われるのは魔法少女だけなんですか?」

「いい質問ね」

 一呼吸だけ置いてから奈々は続けた。

「魔法少女だけではないわ」

「……!」

「普通の人間も狙われる。特にこの町は多く喰われているわ。真惚ちゃんも感じない? 夢を見ていないと」

 夏だというのに冷たい風が吹いた。公園の砂が舞う。木の葉はかさかさと音を立てる。スカートがなびく。

「兄はあんなに野球がうまいのにプロになる気がありません」

「それどころか部活の試合ですら勝つ気がないわ」

「ケガしたわけでも選手をケガさせてしまったなどといった後遺症があるとも聞きません」

「普通なら目指すわよね。プロを。甲子園を。だけど目指さない。それはなぜなのか」

 真惚はうつむき涙を流す。抱きかかえているシロイルカのぬいぐるみが涙で濡れてしまうのも気にせずに。悔しいのか。悲しいのか。はっきりとはわからない。わかることがあるとすれば……

「魔物のせいよ」

 奈々が断言した。

 夢を諦めたのが本人の望みなら受け入れることができたかもしれない。だが、そうではないという事実を真惚は知ってしまった。

「真惚ちゃん! 選びなさい!」

「選ぶ?」

「そう! 魔法少女として魔物を倒すのか。それとも魔法少女になる前に戻るのか。変態小動物に頼めば普通の人間に戻れるわ」

「……戻れるんですか?」

「もちろんさ!」

 真惚の疑問に答えたのは奈々ではなく、変態小動物だった。どこからともなく姿を現した。

「ここからは僕が説明するよ」

「お願いするわ」

「今から10年程前、魔物は勢力を伸ばしていた。あの頃は力のある魔物が数体いるだけだったんだけど、先ほどの召喚された魔物まで出てきた」

「あの一つ目の手足が長い魔物はいなかったの?」

「いなかった。さらに奴らは寄生虫まで手に入れていた。人間に寄生させ効率よく夢見る力を集めていたのさ」

 変態小動物は真惚の脳内に寄生虫に関する説明映像を送る。人間の頭ほどの大きさでタコのような足を持っている。足は5本あり、足の先端から夢見る力を吸い取る。吸い取られた力は寄生虫の頭部へ移動する。普通の人間には見えないため、気付かれない。寄生虫の体内に溜まった力は魔物のアジトに貯蔵される。

「……今のは?」

「脳に直接、情報を送ったのさ」

「脳に直接?」

「そう。寄生虫については理解してくれたかい?」

 真惚は声に出さず変態小動物に向かって頷いた。

「そうやって勢力を伸ばしている魔物を指くわえて見ているわけにはいかない。そこで僕らは魔法少女アニメを使って夢見る力を増幅させようと考えた。テレビで放送されている魔法少女アニメに念を送り、見た人たちが本気で魔法少女に憧れ、なりたいと思わせるようにした。その結果、何人かは魔法少女となり、魔物と戦ってくれている。ただ、危険が伴う。そのため、魔法少女になった子、全員が魔物と戦ってくれるわけではない。中には普通の生活に戻りたいと願う子もいた。だから、真惚ちゃん自身で決めて欲しい。魔法少女として魔物と戦うのか。それとも普通の生活に戻るのか」

 泣くのを止め変態小動物の説明を聞いていた真惚は疑問を感じていた。魔物が夢見る力を喰らうことを目的としているように、変態小動物もなにか目的があるのではないのか。魔法少女アニメでもそうだ。正義も悪も何かしらの目的を持って行動している。そんな感じていた疑問を投げる。

「あなたは何で人間の味方になるようなことをするの?」

「気になるかい?」

「……うん」

「生きるためさ!」

「生きるため? だけど魔物みたいに力を食べてるわけではないのでしょ?」

「そう! 僕たちに食事は必要ない。必要なのは人間とのたわむれさ」

「どういうこと?」

「寄生虫は普通の人間には見えないとさっき話したよね?」

「うん」

「同じように僕たちも普通の人間には見えない。膨大な夢見る力を持つ人間にしか見ることができないんだ」

「そうなんだ」

「そして、人間との戯れを失くすと死んでしまう。人間でいうと孤独が死を招くのと同じことさ。僕たちは人間と共に生きている」

「でもそれは魔物も同じじゃないの? 夢見る力が必要なんでしょ?」

「そう! ただ魔物は喰らい過ぎてはいけないことを知っている。喰らい過ぎては人間は死に夢見る力を作る者がいなくなってしまう。そこで喰らい過ぎないように制御する。人間が死なぬよう、かつ我々の姿が見えない。その中間で留めるようにしている。魔物の勢力を抑えたい。どうか力を貸して欲しい。だが、無理強いはできない」

「……考えさせて」

「うん! すぐに決断する必要はない。じっくり考えてくれ」

 今日はもう解散することになった。真惚と奈々は小動物の力で自室に瞬間移動された。靴は玄関の元の位置に置かれる。変態小動物はなぜ靴の定位置を知っているのか。そんなことがどうでもよくなるくらい色々とあった。

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