第18話 水族館

 真守まさもり真惚まほ草太そうたあんの4人は水族館に来ていた。

 真惚が真守にイルカショーが見たいと言い出したからだ。2人だけで水族館に行くのも気が引けたため、草太と杏を誘うことにした。

 水族館にはたくさんの魚を観賞することができる。普段から口にする食材としての魚も例外ではない。

「わー、おいしそうな魚がたくさん! 兄さんはどれが食べたい?」

「止めないか! 水族館に来て観賞用の魚を料理しようとするのは」

「そうだよ。あーちゃん、お魚がかわいそうだよ。ただでさえ、人間にジロジロ見られてストレスを感じてるのに」

「いや、ありかもしれないぞ!」

「お兄ちゃん? なに言ってるの?」

「ちょっくら職員に聞いてくる」

「ちょっと、お兄ちゃん!」

 走り出した真守が職員に聞いてみたが……

「申し訳ございません。当館ではそのようなサービスは行っておりません」

 ということで水族館の魚を食材にすることはできなかった。だが、その職員はおいしそうな魚のぬいぐるみを勧めてくれた。欲しかったのは食材でありぬいぐるみではないため、丁重に断った。

 真守がショップコーナーを出ようとする。

「真惚いくぞ……真惚?」

 真惚が目をきらきらと輝かせて動こうとしない。その視線の先には一体のぬいぐるみがいた。

 イルカだ。学習能力があり高い知能を持つ。北極海に多く生息しており、クジラと同じ種族である。クジラとの違いは大きさぐらい。そんなイルカの中でも白っぽい。シロイルカだ。

 かわいい見た目で真惚を誘惑している。真惚には聞こえる。シロイルカの声が心に響いてくる。

『僕には君が必要。君にも僕が必要。この意味、わかるよね』

「うん! わかるよ!」

「は?」

 真守にはぬいぐるみであるシロイルカの声が聞こえない。そのため、真守には真惚が突然、独り言をしゃべりだしたように見えた。


「どこ行ってたんだよ!」

「ショップコーナーでぬいぐるみを勧められてた」

「は?」

「観賞の魚は手に入ったのか?」

「だめだったよ」

「そりゃそうだよな」

 草太はどこかホッとした表情を浮かべた。

 真惚がなにかを抱えているのに杏が気づき声を掛ける。

「まーちゃん? なにそれ」

「えへへ、いいでしょ。シロイルカだよ」

「うん! かわいい! 私にも抱かせて!」

 真惚は返事をせず、ぬいぐるみを杏に渡した。杏は渡されたぬいぐるみを強く抱きしめる。

「わー、柔らかい。どこで買ったの?」

「ショッピングコーナーに売ってたよ」

「へー、私も行きたかった」

 普段、聞かないような甘えた声で杏がぼやいた。そんな杏のいじらしい姿を見た真惚は嬉しそうに言う。

「あーちゃんも一緒に行こう」

「そうね。イルカショーが終わったら行きましょう」

「そうだ! イルカショー始まる! 早く行かなきゃ!」

 イルカショーが行われるスタジアムへと真惚は走り出した。シロイルカのぬいぐるみは杏が抱えたままだ。無邪気な真惚の姿を見た真守、草太、杏の3人が顔を見合わせて微笑む。なかなか追いかけてこないため、真惚は声を上げる。

「早く! 早く!」

「もう。まーちゃん待って!」

 杏が真惚に追いつくため走り出した。釣られて真守、草太も走り出す。

「館内では走らないでください!」

 スタッフに怒られた。


 イルカショーのスタジアムに着くと既に多くの人が席に座っていた。前方は水しぶきが飛んできて服が濡れてしまうようだ。事前に前方と後方のどちらに座るか決めていなかったため、一瞬の沈黙が流れた。その沈黙を破ったのは真惚だ。

「後方がいい」

 シロイルカのぬいるぐみを抱えた真惚が沈黙の意味を理解したのか口を開く。

 その瞳は微かに潤んでいるように見える。

「シロイルカ、濡れるのヤダ! 後方がいい」

「そうだな。出来る限り後ろの方に座ろう」

 兄が持つ優しい瞳を真守は真惚に向けた。草太は確認のために問う。

「いいのか? 後ろの方だと見づらくないのか?」

「いいんだよ」

 草太が「せっかく来たんだから前の方がいいんじゃないのか」と前に行きたがる。そんな草太に真守が前方を指さして主張する。

「あんなに小さな子供が騒いでる中に入れるか?」

 夏休みということで小さな子供がわちゃわちゃ、うじゃうじゃしている。高校生がいくら未成年で世間的には子供だったとしても入りづらい雰囲気がたしかにそこにはあった。

「……無理だな」

「だろ」

 表向きにはぬいぐるみを水で濡らさないため、裏では小さな子供に混ざる度胸がないため、可能な限り後方の席に座ることとなった。


 BGMが流れ、スタッフがステージに現れた。客席に手を振っている。5人のスタッフは各自の配置に着いた。中心にいるスタッフが客席に声を掛ける。

「イルカさんの自己紹介をしていきます」

 マイクを使っているため、声は届いている。声は届いているのだが、なにを言っているのか認識できない。ただ、イルカがスタッフの人数と同じで5頭いることだけはわかる。

 使っているマイクはヘッドホン型だ。コールセンターやゲーマーが使うような形をしている。

 一通り自己紹介を終えるとイルカが芸を披露した。

 言葉で説明するのは難しいが、見た人には確かに目に、そして心に焼き付く素晴らしいショーだ。

 水中でクルクル回りながら泳ぐ。水面から顔を出してクルクルと回る。とにかくクルクル回る。もしイルカだったら目も一緒に回りそうだ。

 クルクル回り終えたら、ジャンプだ。ただジャンプするだけではない。2頭同時。3頭同時。空中で宙返りまでしている。

 イルカの芸に目が奪われて忘れそうだがちゃんとスタッフがイルカに指示を出している。手を使って、全身を使って、イルカを魅せるため、努力した痕跡が観客に見せるショーとなり表されている。

 イルカは気持ちよさそうだ。ザブン! ザブン!

 スタッフが客席の方にやってくる。そのスタッフについていくかのように一頭のイルカが泳いでいる。スタッフが合図をだすと水が客席に降り注ぐ。前方に座っている客は待ってましたと言わんばかりに水を受け入れる。子供は大はしゃぎだ。

「気持ちいい」「冷たい」「最高!」「もっとちょうだい」

「本当によかったのか?」

「いいんだよ」

 草太はしつこく真守に問いかけた。真惚は複雑な表情を浮かべている。

 スタッフの合図でイルカが鳴き声を奏でる。5頭もいれば合唱することができてしまう。イルカの鳴き声に観客は癒させる。

 合唱を終えるとスタッフがイルカに跨った。その状態でイルカが泳いでいる。原理がどうなっているのかわからない。本来ならスタッフは振り落とされているはずなのに跨り続けている。真惚は目を輝かせて歓声を上げる。

「わー、あれやってみたい。イルカと触れ合えるコーナーあったよね」

「流石にあれはスタッフにならないとやらせてくれないだろ」

「ならスタッフになる」

 真惚は子供のようなことを言い出した。真惚には魔法少女になるという現実的ではない夢を持っているはずなのだが、水族館のスタッフになるという新しい夢も追加された。

 イルカは再度ジャンプを披露する。

 スタッフは終わりの挨拶を始めた。

「ありがとうございました」

「ごちそうさまでした」

「いや、杏? その返しはおかしいぞ」

「あーちゃん! イルカ食べないで!」

「もう。冗談に決まってるでしょ?」

「冗談に聞こえない」

 ところでシロイルカが館内に見当たらないのにぬいぐるみだけが販売されていることを疑問に感じた真惚がスタッフに尋ねたところ、数週間前から突如として姿をくらましたことを話してくれた。シロイルカはどこに行ってしまったのだろうか。


 不気味な雰囲気をまとったお城で夢見る力をエネルギーに魔物が生活している。彼らは敵対している魔法少女をどう始末するかを話し合っていた。

「やつら、新たに魔法少女を育成しているようだな」

「そのようね。匂いが徐々に強くなってきてるわ」

「手に負えなくなる前に始末しなければな」

「まー待て! 魔法少女は夢見る力が強大だ! 多少なり育ってからの方が我々にとっては好都合」

 黒装束を着た若年男性は早めに始末した方がいいと提案するも白髪を生やした老人はそれを止める。納得のいかない若年男性は意見する。

「確かにそうだが、手に負えなくなってからでは遅すぎる」

「エネルギーが不足している」

「……!」

「少しでも多くのエネルギーを手に入れなければどちらにしても我らは滅んでしまう」

「わかりましたよ」

 男性はぶっきらぼうに言葉を吐き捨てた。

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