第10話 梅雨だから仕方がないよね
雨が降ってきた。6月は梅雨の時期である。
浦吉東対浦吉南の練習試合が終わったあと、まるで待っていたかのように雨が降り注ぐ。
「お兄ちゃん、先に帰ってるね」
「おう」
試合後の片づけをしている
「帰ったら、すぐシャワー浴びるんだよ」
「おう」
風邪を引かないか心配した真惚が声を掛けるが、片付けで忙しいのか。「おう」としか返事をしない。
杏にも兄がいるのだが、気恥ずかしいのか。声を掛けようとしない。
「あーちゃんは声かけなくていいの?」
「……いい」
「楽しいよ。一言でもいいから、声かけたら?」
「いいの!」
杏は兄にデートを誘った際に、きっぱり断られたことを思い出し、兄への怒りを
「杏! 気をつけて帰れよ!」
声の主は杏の兄である
「行くわよ!」
「うん!」
恥ずかしくなったのか。杏は真惚に帰宅を促す。
雨は止む様子がない。
ふたりとも浦吉東高校から徒歩で帰れる距離に自宅がある。
杏が持ってきた傘に真惚が入り、ふたりは相合傘をしている。杏が持ってきた傘は65cm以上もある大き目の傘だ。真惚が傘を持ってこないことを見越して選んだことが見受けられる。
「この傘、大きくない?」
「まーちゃん、どうせ傘忘れてくると思って大きいの持ってきたの」
「さすが、あーちゃん! 私のことわかってるね」
「こんなこと、わかりたくもないけどね」
「もう! そんな冷たい態度とって! 本当は私と相合傘したいくせに」
「嫌ではないわね」
「でしょー。私に感謝してよね」
「それはおかしい。次はちゃんと持ってきなさい」
「えー、いいじゃん。次もしようよ」
「してもいいけど、この傘けっこう重いのよ」
「どれどれ」
真惚は杏が持ってきた大きな傘を持つ。杏は真惚が傘を握ったのを確認して手を放す。
「確かに重いね」
「でしょー」
「一緒に持とうよ」
「えー、そんなに持つとこ広くないよ」
「いいじゃん。手と手を重ねればふたりで持てるよ」
「もう。しょうがないわね」
まったくしょうがないなぁという顔……ではなく、むしろ嬉しそうに真惚の手に重ねるように傘を握る。真惚も杏の表情を見て、嬉しそうにほほ笑む。
「そういえば、お兄さんをデートに誘うって話。どうなったの? 誘えた?」
「……それが誘ったには誘ったんだけど……」
「なにか問題でもあった?」
「……妹とはデートできないって」
「あー、なるほどね」
「あーちゃん、どうしよう?」
「……まーちゃんは何て言って誘ったの?」
「ストレートにデートしない? って言ったよ」
「私も……」
私も思わず誘うときにデートしない? って誘ったら、速攻で断られたことを言おうとした。兄をデートに誘うことが恥ずかしいことだと気づき言うのを杏は止めた。顔を赤らめながら、急いで言い直す。
「誘い方が悪いんじゃない? デートしようではなく、どこか遊びにいこうとか」
「……は⁉ 確かにそうだね」
「デートって言うと尻込みしちゃうでしょ。プロポーズより愛の告白より友達になっての方が言う方も、言われる方も気が楽なように。今度試してみたら?」
「……ん~。誘い方はそれでいいんだけど……」
「まだなにか問題があるの?」
「お兄ちゃん、野球の公式戦あるから忙しいって」
「終わってからでいいじゃない。それとも魔法少女? になるのにタイムリミットがあるの?」
「ううん。たぶんだけど……ないと思う」
「なら終わってからにしましょ」
「そうだね。あ⁉ あとね。プロ野球観戦にはお金が必要なの!」
「でしょうね」
「でもね。でもね。足らなそうなの……お金が……」
「そうなのね」
「どうしよう?」
「……ん~ん~。は⁉ まーちゃんのお父さん、プロ野球チームと関連のある企業じゃなかった?」
「ん? そうだよ?」
「じゃさ。じゃさ。チケット! 貰えるんじゃない? 頼めば」
「そうか! さすが、まーちゃん。今度頼んでみる」
「ええ。そうしなさい」
楽しくおしゃべりをしている間に真惚の家についた。傘を持ってきた杏が傘を忘れた真惚を家に送る。ふたりは中学からの付き合いでこんなことはしょっちゅうで慣れっこだ。
真惚は夕飯までそんなに時間がないにもかかわらず、「家にあがっていく?」と声を掛けた。しかし、杏は「そろそろ、家に帰らないとだからいい。やめとく」と答えた。
このあと、飯野家の大黒柱が真惚の言動により、傷つく。なぁ~に、気にする必要はない。
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