第9話 練習試合当日
6月のある日。
梅雨の時期で空には雲が泳いでいる中、今日は野球部の練習試合がある。
いかにも雨が降りそうだが、時間は待ってはくれない。
「雨降りそう」
「降らないことを祈るけど、時期的に難しいだろうね」
グラウンドで練習試合に向けてのアップをする。ジョギング、キャッチボール、ノックとやり、対戦相手が来るのを待つ。今日の対戦相手との実力差はほぼない。同程度のレベルだからお互いに良き練習試合の相手となっている。
「お兄ちゃん!」
「おう」
気恥ずかしそうにしながらも真守は真惚に手を振り返す。
「ん? 妹が来たのか。あれ? 隣にいるの杏じゃね?」
草太は怪訝な顔をしながら、真守に語りかける。真惚と杏が近づいてきて、はっきりと認識する。
「あれ? なんで杏がここにいるんだ?」
「友達に誘われてきたの」
草太の疑問に対して、杏が答える。
「え? なに? 知り合い?」
「知り合いというか、家のお兄ちゃん!」
「へー、そうなんだ」
「はじめまして、あーちゃんの友達の飯野真惚です」
「どうも、妹がいつもお世話になってます」
真惚と杏が親友、真守と草太が親友。このことをお互いに知らなかった。流れで
挨拶を終え、真惚と杏は邪魔にならないところへ移動して場所取りをする。グラウンドの一塁側に坂があり、芝生が敷かれている。そこに杏が持ってきたビニールシートを広げて座った。
「もう。まーちゃん。私がいなかったらどうしてたの? 服装といい。持ち物といい」
「あーちゃん。ごめん。考えてなかった」
真惚は白いワンピースを着ている。汚れるかもしれないのに白い服だ。しかも、スカートで「見えないように気をつけて」と杏に注意される。正座、体育座り、女の子座り、お姉さん座り、と一通り試した後に、真惚は言う。
「ねぇ。あーちゃん」
「ん? なに?」
「どの座り方がいいかな?」
「いや、好きにすれば」
杏にとって本当にどうでもよかった。それより天候が気になる。もちろん、杏は傘を持ってきた。さらに、当然のように真惚は傘を持ってきていない。
今日の練習試合は真守と草太が通う公立
「よろしくお願いします!」
対戦相手が到着し、お互いにアップを済ませたところで、試合が開始する。
東と南の練習試合開始。
1回表、まずは東の攻撃だ。だが、1、2、3番と凡打に終わる。「初回だぞ! もっと粘れ!」そんな声がたまたま通った生徒から送られる。ベンチからではない。
1回裏、南の攻撃だ。先程のたまたま通った生徒のアドバイスを真摯に受け止めていた。2ストライクになるまではバットを振らず、ボールをよく見ている。そこから粘るかと思いきや。三振。三振。三振。かすりもしない。それもそのはず、今、東が投げているのは飯野真守。小学生時代は全国大会に出場していたことがある。150キロを超えるストレート。キレのあるカーブ。落差のあるフォーク。なかなか打てる者はいない。そのボールを取っているキャッチャーもすごい。キャッチャーは栗江草太。小学生時代は医学書を読んだり、大学受験に向けての勉強をしていたため、少年野球はやっていない。中学生から始めている。持ち前の頭脳で早いボールの取り方などキャッチャーに必要なことは一通りマスターしている。
2回表、東の攻撃だ。4番ピッチャー真守。きれいにセンター前にヒットを打つ。ピッチングだけでなく、バッティングもうまい。南のピッチャーは悪くない。140キロ近いストレート。キレのあるスライダーとシュート。にもかかわらず、真守は1打席目からヒットを打った。しかし、あとが続かず、残塁のままチェンジになる。
2回裏、南の攻撃だ。4番に粘られる。10球ほど投げてようやく打ち取ることができた。次の打席ではこうはいかないだろう。5、6番をきっちり抑えてチェンジ。
3回表、東の攻撃だ。8番バッターが打席に入る。ボールをよく見てるが、見逃しの三振。9、1番と倒れ、早くもチェンジ。
3回裏、南の攻撃だ。特になにもなく、三者凡退。雑じゃね。と笑ってもらって構わない。動くのは二巡目からだ。
4回表、東の攻撃だ。2番からの好打順。1打席目の「初回だぞ! もっと粘れ!」と言われたことを覚えており、粘ってのファーボールで出塁。「よっしゃ!」たまたま通っただけの生徒がまだいた。誰よりも喜んでいる。東のベンチからの声はない。このことに気づいたたまたま通った生徒が東のベンチに野次を飛ばす。「声だせ! 声! ランナー出たぞ!」これを受けて東のベンチは声出すようになる。「ナイス!」「ノーアウトでランナー出たぞ!」「この回、チャンスだ!」部外に言われて声を出すようになる光景を真惚は疑問に思う。激しい声援の中、3番バッターは虚しくもキャッチャーフライに倒れる。次は1打席目にして、ヒットを打っている4番真守だ。南のピッチャーが声援に気圧され、力んで投げたボールがど真ん中の失投になる。真守は逃さず捉え、外野を越す。ホームランだ。歓声が大きくなる。「2点先制!」「やったー!」「さすが真守!」各々声を上げる。南のピッチャーは後続のバッターを難なく抑える。崩れなかったのは大したものと言いたいところだが、東のバッターが下手すぎた。調子に乗って明らかなボール球を空振り三振する。真剣に野球をしているチームなら「なにやってる!」なんて罵倒が聞こえてきそうだが、東は楽しく野球をすることを第一に考えており、
4回裏、南の攻撃だ。2点先制され、焦っている。と思いきや、そうでもなさそうだ。打順は先頭に戻り、1番からとなる。東のエース真守は気が抜けたのか。ボールに勢いがない。先頭バッターにライト前のヒットを打たれる。2番バッターは送りバントの構え。サードに転がるボールをピッチャー真守が無理に取りに行く。一塁に投げる。しかし、投げたボールはベースから遠く一塁手は取れない。ライトがボールを取る間にランナーは一、三塁となる。ノーアウトで3番。犠牲フライでいいから1点は欲しい場面だ。キャッチャーの草太はタイムを取り、ピッチャーの真守に声をかける。「この場面だ。一点は捨てよう。どうせ、練習試合だ。思いっきり投げてこい」親友の言葉を受けて真守は持ち直す。3番をセカンドゴロのゲッツーに抑える。その間に三塁ランナーはホームに還るが、まだ一点差で東が勝ってる。慌てることはない。だが、カキーン!4番に打たれた。特大ホームランだ。ツーアウトでランナーなし。気が抜けたか。真守はど真ん中の失投を投げた。それを打たれてしまったのだ。しかし、まだ同点で振り出しに戻っただけだ。5番は難なく抑える。真守は「すまない」とチームに頭を軽く下げるが、チームメイトは「気にするな!」「もともとお前が取った2点だろ!」と励ます。
「なんだか楽しそうだね」
真惚は隣に座る杏に話かける。野球専用グラウンドのファール席は坂になっており、芝生が敷かれている。その上に持ってきたビニールシートを敷く。これで晴れていればさぞ気持ちよかろう。
「お兄ちゃんが家の野球部は楽しくやることを1番に考えてるからお気楽でいいって言ってた」
「へぇ~、私は野球に興味ないから知らなかったなぁ~」
「どう? うちの野球部は楽しそうでしょ」
「楽しそうでいいですね。安心しました」
あまりにも自然に問われたため、思わず流れるように真惚は返答していた。
「どう? うちでマネージャーしない?」
ここで気づく。マネージャーの勧誘だ。
「あ……いえ……その……私達はこの学校の生徒ではありません」
「え? そうなの?」
「はい。そうなんです。」
「部外者が勝手に入ってきちゃダメじゃない」
野球部グラウンドは校内にあり、真惚と杏は傍から見ると部外者だ。
「すみません。今日はお兄ちゃんの応援に来ました」
「そう。ならベンチに来ない? 近くで見れた方が楽しいわよ」
「え!? いいんですか」
「いいわよ。それにここにいて部外者に間違われて騒ぎになっても迷惑だし」
「ありがとうございます!」
ベンチに向かいながら、お互いに自己紹介をする。
東のベンチは騒がしくなった。真惚は白いワンピースにピンクのリボンを着けてる。小柄な体格も相まって可愛さを増していた。
杏は青のスキニーパンツに白のショート丈トップス、黒のジャケットを羽織っている。真惚には可愛くないと言われたが、場を
「お兄さんをデートに誘ったの?」
「え!? なんで知ってるんですか?」
「風の噂でね。なんで誘おうと思ったの?」
「そうしないと魔法少女になれないのです」
「真惚ちゃんは魔法少女になりたいの?」
「はい! 小さい頃からの夢で、そのためにたくさん勉強しました。それであと一歩でなれるんです」
「そう。叶うといいわね」
思いの外、真剣に聞いてくれる奈々に真惚は好感を持つ。
「神迫さんは……」
「奈々先輩って呼んで欲しいなぁ~」
「わかりました。奈々先輩は魔法少女になりたいと思ったことないですか?」
「ちょっと、真惚! 何聞いてるの!」
「いいじゃん。知りたいんだもん!」
杏が真惚を制止しようとするも聞かない。
「そうね。真惚ちゃんほどじゃないけどあるわよ」
「本当ですか⁉ なら、一緒に魔法少女になりませんか?」
「こら!」
真惚は止まらない。勢いでとんでもない事を口走る。
「……ん~、そうね。考えておくわ」
奈々は大人の対応で返した。本来ならこの場合、本心ではなる気がない。
ところで、試合の方だが、南はピッチャーを代え、最終回まで0点で抑える。東は8回にピッチャーを交代し、その後、2点取られて敗北する。
東が負けて、南が勝つ。
東は負けたにもかかわらず楽しそうだ。監督も特に選手を
相変わらず、雲行きが怪しい。
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