第8話 プロ野球選手を夢見た時もある

 飯野いいの真守まさもりは小学生時代、プロ野球選手になることを夢見ていた。

 近所のクラブチームに入り、練習に明け暮れる。当然のように自主練も毎日欠かさずしていた。朝はランニング、昼間はバッティングセンターかクラブの練習、夜は筋トレや素振り。周りから見ても、選手生命を奪われるような大きなケガをしなければ確実に活躍できる選手になれるであろうと思われる程に打ち込み努力をしていた。

 そんな生活を送っていた真守だが、中学、高校と学年が上がり、年を取るにつれて夢を見なくなっていく。誰しもが経験する現実と理想とのギャップ。そういったものに直面したのかもしれない。

 特にケガをしたわけではない。プレイ中に誰かをケガさせてしまったわけでもない。大きな病気にかかったわけでも、大切な人を野球で亡くしたわけでもない。

 リトルの大会では全国大会に出場することもあった。彼はピッチャーで三振を量産する。バッティングも申し分なく、いつも上位打線を任されていた。にもかかわらず、いつの日かプロ野球選手になる夢を彼は見なくなった。

 まるで少年漫画の主人公のように「プロ野球選手に俺はなる!」といっていた少年はもういない。

 真守の妹の真惚まほが「お兄ちゃんはいつからプロ野球選手になるのを諦めたの?」と聞いても、「さぁな」と答えるだけだ。

 特に両親は責めようとしなかった。やりたいことをやらせてあげたい。野球をやりたいと言い出したのも真守本人からで、親に強制されたわけではない。

 あるとすればきっかけを与えたのは間違いなく父親である。真守がまだ小学校に上がる前、プロ野球の試合を見に行ったことがある。チケットは父が職場でもらったものだ。職場で父が野球観戦に趣味であることを知られているため、チケットが余っていると声が掛かる。子供がまだ小さいからと断っていた時期もあった。そんな父を見かねて職場の人が「もうそろそろ小学校にあがる歳でしょ。大丈夫ですよ」その一言から父は真守を連れてプロ野球観戦に行くことを決めた。野球に興味のない母と真守より2つ年下の真惚は家でお留守番だ。プロ野球観戦には父と真守のふたりで行くこととなる。このころからだ。

「プロ野球選手になりたい!」

 真守が毎日のように言う。目を輝かせて、まさに夢見ていた。それがいつの日か言わなくなった。そのことを誰かが責めることはない。真守本人が決めたことだ。家族全員が受け入れた。

 ただ、不自然なことに真守は練習を毎日することは止めなかった。習慣なっているのかプロ野球選手になる以外になにか理由があるのか。聞いても真守は誰にもその理由を答えなかった。

 毎日のように練習していることから家族以外は真守がプロ野球選手になりたいとばかり思っている。しかし、家族はわかっていた。もうプロ野球選手になる夢を見ていないということを。

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