第6話 野球部マネージャー

 真守まさもり草太そうたに妹がデートに誘ってきたことを相談した日の放課後、すでに校内ではうわさが広がっていた。飯野真守いいのまさもり栗江草太くりえそうたはそれぞれ、妹とデートするような間柄だという噂だ。

「飯野先輩! 妹とデートしてるってマジっすか?」

 野球部の部活動の最中。ランニング中だというのに二年生部員の頂志ちょうし乃琉夫のるおが何気ない一言を発した。

 頂志は坊主頭のお調子者だ。

「本当ではないし……ランニング中に喋るな!」

「噂になってますよ。飯野先輩! 妹とできてるって」

 真守が止めるように言っても聞かない。親しいを通り越してめられていると言ってもいい。

「おい! 静かに走れ!」

 草太がたまらず、会話を止めようとする。

「栗江先輩!」

 頂志は満面の笑みを浮かべている。割って入ってきたことを嬉しく思っているようだ。

「栗江先輩も噂になってますよ。妹とデートしてるって」

「そんな話は知らん。それに頂志、いい加減、黙らないと……」

「コラ~、真面目に練習しなさい! 掛け声はどうした! 掛け声は!」

「「はい!」」

 無駄話をしている野球部員に叱るとも怒るともしないはっきりとした大声をかけるのは二年生で野球部マネージャーの神迫かみさこ奈々ななだ。ゆるふわしたお姉さんの雰囲気を持ち特徴的なおさげヘアーを肩ほどに垂らしている。

 汗臭い、泥まみれな野球部を日々支える。

 弱小でやる気のない部員たちだが、彼女目当てで顔を出している者も多い。

 さながら学園のアイドル、野球部の女神様だ。

 ふんわりとした雰囲気とは裏腹に野球部員を叱責、激励している姿が魅力を増幅させている。

 現在、野球部は三年生5人、二年生6人、一年生6人、マネージャー1人。計17人で活動している。一回戦突破できればいい方で、甲子園出場を目標にしようと言い出すものさえいない。皆、楽しく野球できればいいと思っている。もっといえばマネージャーである神迫奈々にお近づきになれればそれでいいとさえ思うものもいる。

 奈々によって、無駄話はなくなり、代わりに掛け声が響き渡る。奈々がジャージ姿で野球部専用のグラウンドに出てきていたことを知っていた草太は「だから言っただろ!」という呆れ顔をしている。

 キャプテンは真守だ。欠かさず練習に参加して自主的にもトレーニングを行っていることで部内で一番に野球がうまい。他の部員と比べたらしっかりしているため任されている。ただ、キャプテンとしてあまり機能していない。


「……妹が……兄に……デートに誘うか……」

 ボソッと誰にも聞かれない声で言うのは神迫奈々だ。晴れた青空を見上げて感傷に浸っている。

「奈々ちゃんも気になる?」

 頂志には聞こえていた。

 水分補給のため、休憩に入っていた。奈々の独り言に反応する。その一言で部員の多くが聞く耳をたてる。

「そうね。私もそんな時期があったなぁって」

「詳しく!」

「あんたたち! そんなことより、さっさと練習に戻りなさい!」

 注目を浴びていることに奈々は気づく。奈々は思わず漏れてしまった言葉による恥ずかしさを隠すように部員に練習へ戻るよう促す。


「集合!」

 監督がグラウンドに来た。

 中年男性で出てるお腹を気にするようにさする。小太りなのにジャージ姿が似合う。

 片手に持った手帳とグラウンドに集まった部員を交互に見ながら、なにやら連絡事項があるようだ。

「今度の日曜日、練習試合が決まった。相手はうちと同レベルの浦吉南高校だ。夏の大会も近づいている。本番のつもりで臨むように!」

 監督が練習試合があることを伝える。さらに、スタメンも伝えた。真守は4番でピッチャーだ。小学生時代、クラブチームに所属し、日々練習に打ち込んでいたことがある。今はあのときほど打ち込んではいないが、他の選手に比べると頭一つ抜けている。

 真守の球を取るのは草太である。ふたりはバッテリーを組んでいることもあり、仲がいい。弱小チームがどこまでいけるかわからない。それ以前に、勝ち進んでいきたいと思っている選手はこの中に何人いるのだろうか。

「以上だ! 引き締めていけよ!」

「「はい!」」

 返事だけはいい。

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