第5話 兄たちの混乱
翌日、真守が通う学校での昼休み。真守は親友の
学食に場所を取り弁当箱をふたりして広げている。学食は昼休みということもあり騒がしい。退屈な授業の合間のささやかな安らぎの時間だ。
あるものは食べ物を奪い合い。またあるものは友達とのおしゃべりを堪能する。またまたあるものは勉学やら読書を勤しむ。
そんな空間に真守と草太がいた。
ふたりは浦吉東高校の野球部に所属している。
真守は普通科普通コースで、草太は普通科進学コースだ。コースもクラスも違うが、同じ部に所属していることをきっかけに仲良くなり、今では親友といってもいい間柄だ。
普段から一緒に食べているわけではない。真守が草太に相談があると持ち掛けたため、時間が取れる昼休みに学食で一緒に食事を摂ることにした。
高校三年生で夏に野球部の大会と冬に大学受験を控えているにも関わらず、ふたりともそれらとは別の悩みを抱えている。
「真守の弁当、おいしそうだな。誰が作ってるんだ?」
「母親が作ってくれてる」
「へー、いいな~」
真守の弁当箱は二段型だ。おかずとごはんが分かれている。ごはんにはゴマが降られており、おかずは卵、ミートボール、ポテトグラタン、ミニトマトと一般的なレパートリーである。
「別に普通だと思うが?」
「いやいや、俺なんか弁当作るのが妹なのに妹とケンカしちゃって……。お弁当のおかずなし、だと言われたよ」
「わぁ~、それは悲惨。なにをしたんだ?」
「この前、妹が突然、デートに誘ってきて」
「ブフゥゥゥゥ」
真守が噴き出した。
「大丈夫か?」
「……ゴホ……ゴホ……大丈夫だ」
息を整えた真守を確認して草太が話を続ける。
「デートの誘いをきっぱり断ったら怒り出したのさ」
「……なるほど」
「……? 真守……やけに理解が早いなぁ」
真守があまりにも草太の話をすんなりと信じたため、草太は不審な顔をする。
妹にデートに誘われるなんて普通はありえない。あっても買い物かもしくは家族でどこか出かけるとかだろう。デートという名目でましてや妹から誘われるなんてあってはならない。そんなのは空想の世界だけだ。
「……いいか……草太……よく聞け」
「……なんだよ」
「俺も妹からデートに誘われた」
「はぁ⁉」
「意味がわからないよな。俺もわからない」
「……まさか、……妹が兄をデートに誘うことが流行っていたとは……」
「いや、それは違うと思うぞ」
「早く流行に乗らねば」
「早まるな! 妹からの誘いを受けたとしても流行に乗ったことにはならないぞ! 妹が兄をデートに誘うことが流行っているんだから……? いや、それも違うな……とにかく落ち着け!」
草太が携帯を取り出し、妹に電話しようとしたところを真守は必至に止めようとする。
寸でのところで、草太が妹に電話せずに済んだ。
「落ち着いたか?」
「ああ、危うく過ちを犯すところだった」
過ちなのかどうかはさておき、真守が本題に入る。
「実は相談というのもそのことについてだ」
「そのことというと妹が兄のことが好きで好きで仕方がなく。思わず、デートに誘ってしまうという話か」
「おう。好きで好きで仕方がないかはわからないが、そうだ! 果たしてその気持ちに応えるべきかと悩んでいる」
「……ん~ん~」
草太はしばらく黙り唸る。
その姿は妹の杏にそっくりだ。頼られるのは嬉しい。親友である真守になんと答えたらいいか真剣に考えている。冷静になった草太は親友の期待に応える。
「思わずデートと言ってしまっただけで本当はただ一緒に遊びたいだけなんじゃないのか?」
自身にも言い聞かせるように草太は言う。先ほど、気をおかしくして勢いで妹に電話しようとした人とは思えない言動だ。
「……そうか……ならいいか」
「……? なにがいいんだ?」
「妹の誘いに乗ってもいい、ということだ」
「……そうか」
妹を持つ同士なにかが通じたのか多くは語らなかった。
ところで、妹とケンカしたせいで「今日のお弁当はおかずなし!」と今朝、妹に言われた草太だが、実際のところ、おかずは入っていた。あれは嘘だったようだ。
食堂で妹とイチャイチャラブラブする話をしていたせいか。校内で飯野真守と栗江草太は妹とデートする仲だという噂が流れるようになった。
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