第11話 恋愛のマナー

 不意に目が覚めた。


 寝苦しかったわけでも、十分な睡眠をとりきったわけでもない。ただただ単純に目が覚めた。


 目を開けた瞬間、真っ黒い髪の若い女と目が合った。


 その女は天井からぶら下がり、僕の顔を覗き込んでいた。僕はすぐにその女が幽霊の類だと気付いた。


 女の顔は青白く、その目は狂気に満ちている。


 僕と目が合ったことに気付いた女は、天井にぶら下がったまま、にゅうっと伸びて、僕の眼前わずか1~2cmのところまで迫ってきた。


 僕は、思わずその女を抱きしめ、キスをした。女はひどく動揺し、さっきまで青白かった頬が少し赤く染まった。


 すると女は僕を両手で思い切り突き放し、そのままスルスルと天井に吸い込まれてしまった。


 女が消えた天井を見ながら、僕は「なんてことをしてしまったのだろう」と後悔していた。


 僕とあの女はまだ自己紹介すらしていない。互いを知らないのに急に抱きしめてキスをするなど、ただの痴漢と同じだ。


 あの日から僕は毎日あの女が現れるのを待ち続けている。今度こそまずは恋愛のマナーとして、告白から始めたいと思う。 

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