第10話 あとをつけてくる恐怖

 さっきから私のあとをつけてくる男がいる。


 私が立ち止まればその男も立ち止まり、私が早く歩けばその男も早く歩く。


 気味が悪かった。その男は隠れもしないし、顔を伏せる事もしない。堂々と、そしてあからさまにただ私のあとをつけてくる。


 私は振り向き、その男に詰め寄った。


 「いい加減にしてくれ! 何なんだ! なぜあとをつけてくるんだ!」


 男はキョトンとしながら私の顔を見つめ、ボソボソと話し始めた。


 「あの、私があなたのあとをつけているわけじゃありませんよ。あなたが私の向かう方へずっと歩いていっているんです」


 なんと無茶なことを言う奴だ。私が呆れていると、なおも男は続けた。  

 

 「私が立ち止まるとあなたも立ち止まるし、私が早足になるとあなたも早足になる。正直、気味が悪いのでやめてもらえませんか」


 ここまで開き直られると、何だか本当に私のほうが悪い様な気持ちになってくる。


 とにかく、こんな男をいつまでも相手にしていられない。私は自宅に向かって走り出した。すると案の定、男も走り出した。


 数分で自宅に着いた私は玄関のドアを叩いた。妻が慌ててドアを開ける。


 「変な男にあとをつけられてる。早く警察を呼んでくれ!」


 すると、妻の顔からみるみる血の気が引いていった。


 「キャャャアーーーー!」


 耳をつんざく妻の悲鳴が響き渡る。

 

 もうあの男がやって来たのか、そう思い振り向いたが誰もいない。


 「落ち着け! まだアイツは来ていない。早く警察を!」


 「イヤーーーー! あなた誰! 何を言ってるの!」


 妻の目は私を凝視し、その悲鳴は明らかに私に向けられていた。


 程なくしてあの男も到着し、私に向かって叫んだ。


 「お前!俺の家で何をしている!」


 「あなた!この人おかしいの!誰かにつけられてるとか、警察呼べとか…」


 何なんだこいつら。まるで私がおかしいみたいな言い方しやがって。腹が立った私はポケットにたまたま入っていたナイフを取り出し、男の胸に突き立てた。


 男は倒れ込み、妻はまた悲鳴を上げた。まったくうるさい女だ。そもそも私は何年も何年もこの女を観察してきた。ここに倒れているバカ男と結婚した後は、この女だけじゃなくこのバカ男もずっと観察してきた。おかげでこの男の歩き方や癖、駅から自宅までの道のりまで完璧に頭に入っている。


 まあいい。バカ男はいなくなったことだし、今日からはようやく妻と二人っきりの生活が始められる。


 私はこれから始まる新生活に胸をときめかせていた。妻は相変わらずうるさい叫び声を上げているが、すぐに落ち着きを取り戻して私との新生活を楽しんでくれるはずだ。

 

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