1224勝0敗
研修会入会から3年経ち、私は中学2年生になりました。14歳ですよ、フォーティーン。
髪は肩まで、身長は150cmまで伸びてカワイサにも磨きがかかってきました。
クラスの男子からも「黙っていれば美少女」と認定を受けています。「黙っていなくても美少女でしょう!?」と反論したところ「そういうとこやぞ」と言われました。解せぬ。
そんなある日の放課後。
私は友人の
これは平和裏にじゃんけんで解決かなぁと考えていたところ、教室の引き戸がズギャアと開き、見覚えのある眼鏡大根が入ってきました。
入り口付近にいた男子と二言三言話すと、ズンズンこちらに向かってきます。
「おう、春香。将棋指そーぜ」
そうです、拓馬くんです。同じ中学の三年生。周りの目があるので学校では声かけないで欲しいんですが。
「別にうちに来て指せばいいじゃないですか。母は歓迎すると思いますよ」
そう言ったところ、高坂さんと天野さんが「おおっ!」と声を上げ好奇の目で見てきました。しまった、変な仲だと思われたか。
「いや、おばさんは良くてもおじさんがな……。最近視線が冷たいのよ」
言いながら拓馬くんは折りたたみ将棋盤を開いて机にセットし、駒を並べ始めました。まだ私は指すとは言ってないんですがねえ。
確かに最近の父は拓馬くんが来るとムスっとしている。拓馬くんもタッパが伸びたので、性的に無害な少年ではなく、二次性徴した男として見始めたということでしょうか。別にうちに来てもご飯食べて将棋指すだけなんですけどね。
「まぁ指すのは構いませんが、いいんですか? 私より弱いって学校でも知られたら生きづらくなりますよ? フフン!」
いつの間にか周りには10人ほどクラスメイトが集まっている。見知らぬ男が入ってきてクラスのマドンナ(作者注:自称)と対局となれば、そりゃあ注目浴びるでしょう。
「ハッ! 調子こいてられるのも今日限りだ! 今日の俺は昨日までとは一味違う。我に秘策あり!」
「
「……は?」
「その秘策とやらの正体ですよ。どーせ矢倉なんでしょ」
「ち、違うよ???」
眼鏡大根の顔が青く染まり青首大根になった。あやしい。
昨日将棋の棋聖戦があり、富士井七段が矢倉という戦法を取り見事勝利していた。この青首大根のことだから速攻で感化されて速攻で使ってくる。そんな気がします。
「ま、5分もすれば分かることですね。指しましょ」
私は鞄からシュシュを取り出し、髪を後頭部の高めの位置で束ね、シュシュで縛ってポニテにした。涼しい髪型の方が頭が動くんですよね。
振り駒の結果、拓馬くんが先手となった。
「「お願いします」」
対局開始の挨拶をする。
「おお、声が被った」
「なんかカッコいい」
高坂さんと天野さんが声を上げた。
もう1000局以上指してるので自然と被るようになっちゃったんですよね。
先手拓馬くんは7六歩。うん、矢倉の初手ですね。典型的な矢倉の初手ですね。
ギロリと盤向こうの大根をにらむ。目をそらしましたね、この男。
私はいつも通り5筋の歩を前に出しゴキゲン中飛車の体制。あ、私は熱烈な振り飛車党です。飛車は振ってナンボだと思いません?
ちなみに拓馬くんは居飛車党です。まあこの人、記憶力は良いのでこっちの方が合ってはいますね。
パチパチとお互い序盤の定跡を指す。
5分後、拓馬くんの陣営にはそれは見事な将棋の純文学(矢倉の異称)が組み上がっていた。
「はー…。やっぱり矢倉でしたね」
「な、なんのこったよ?」
「この
「アー!聞こえない!ア――ッ!」
大根が耳をふさいで私の詰問を拒絶する。
今日は矢倉で指すって堂々と宣言すればいいのに、私はこの人のこういうとこが駄目だと思う。ちなみに駄目は囲碁用語です。
「秋山さんってテメーとかコラ―って言うんだね。初めて知った」
観客の一人の内藤くんが驚いている。より正確に言えば若干引いている。
「あら? たまたまですよ、たまたま。オホホホ」
イカンイカン、私はクラスでは清楚でおしとやかなイメージで通ってるのに(高坂さん注:通ってないです)(天野さん注:全然通ってないです)対局となるとつい熱いところを見せてしまいますね。お恥ずかしい。
私だけ恥ずかしい目に合うのも不公平な気がするので拓馬くんにも道連れになってもらおう。
具体的にはケチョンケチョンに負かす!
矢倉で来ることは読めてたので対策はバッチリです。悪いが死んでもらうぞ眼鏡大根。
30分後。
観客から「うわぁ」「これはひどい」といったつぶやきが聞こえてきた。
拓馬くん陣営は1から5筋の駒がすべて私に取られ、6から9筋にさみしげに矢倉だけが残っていた。これぐらいヤると将棋に詳しくない人もどちらが強いかわかりますね。
拓馬くんは盤をじっとにらみ、静かに震えている。うちでよく見るポーズですね。
サディスティックな、実にいい気分になってきました。
拓馬くんの物だった飛車を右手でもてあそびながら問いかける。
「駒、なくなっちゃいましたね?」
「……」
「勝敗は誰の目から見ても明らかだと思いますがまだ続けますか?」
身体の震えが大きくなり、顔が紅潮しだした。かわいい。
「そろそろ聞かせてもらいたいですねぇ。い・つ・も・の♡」
拓馬くんはあごを斜め30度上げ叫んだ。
「チクショ――ッ! 次は勝ってやる―――ッ!!」
涙目になりながらぴゃあと教室を出て行った。ごちそうさまでした。
あわれな上級生を目撃してしまったクラスメイトは苦笑いを浮かべながら彼を見送っていた。
「覚えてろおおぉぉぉ―――……!」
廊下からドップラー効果付きの呪詛が聞こえてきた。
"再戦の意思あり"と受け取った私は
「いつでもどうぞ。春香は勝負を拒みませんよ」
と答えた。まぁ聞こえちゃいないでしょうけどね。
ルンルン気分で拓馬くんが残した盤と駒を片付けていると高坂さんが声をかけてきた。
「春香ちゃんって将棋強いんだね」
「フフン! 当然ですよ! 近い将来、天才美少女プロ棋士として世間をあっと言わせる存在ですからね私は!」
「春香ちゃん、本当にかわいいんだから自分で美少女って言わない方がいいよ?」
たしなめられた。解せぬ。
「アキちゃんってあの男の人と何度も将棋してるの?」
そう尋ねてきたのは天野さんだ。彼女は私のことをアキちゃんと呼ぶ。
「そうですねー、彼との対局も1224局めになりますか。ちなみに私の1224勝無敗です♡」
「そんなに同じ人と指してて飽きないの?」
「いや、むしろ対局数少ないんですよ!」
「え? そうなの??」
驚いてる高坂さんも見て私も
「拓馬くん……先ほどの上級生と指し始めて4年になりますが1年に330日彼と会うとして、1日つき3局指してたら3960局は対局を重ねられたでしょう。ただ彼は負けると毎回例の捨て台詞吐いて帰っちゃうので1日1局しか指せてないんです。これはホントもったいないことです。感想戦もできないですしね。あ!感想戦ってのは対局後にお互いの指し方を検討することです。感想戦してもっといぢめ……もとい鍛えてあげたいんですけどね。残念なことです。そんな彼ですが実は県内でも10本の指に入るぐらいには将棋強いんですよ。ま、私は3本の指に入っちゃいますけどね!彼は居飛車の色んな戦法を知ってて私も案外勉強になったりしてます。そして何より私に何度負けても諦めないしぶとさ!年下の女の子に1200局も連続で負ければ普通心が折れますからね。彼のここだけは割と尊敬してます。言えば調子乗ること大確定なので絶対言わないですけどね。あの男少しでも隙を見せると途端に煽ってくるんですよ昔から。いびきはうるさいしヨドは臭いし最近はニキビまで浮かべて。『思春期だから』なんて言い訳しないでもっとスキンケアも心がけて欲しいものですね。関東甲信越で一番カワイイこの私みたいに!フフン!」
ふぅ、普段溜めこんでる感情を口に出せると気持ちいいものですね。
少し喉が乾いたので水筒のお茶を飲む。おいしい。
「ふーん……。春香ちゃんはその拓馬くんのことが好きなの?」
あまりの驚愕発言にブ――ッ!と茶を吹き出す。
「ゲホッ、ゴホッ。な、なんでそうなるんですか!?」
「え、だって春香ちゃん拓馬くんについていっぱい喋ってたし楽しそうだったし」
「アキちゃんの目キラキラしてたよね、コウちゃん」
「ねー」
イカン、友人二人が何やらあらぬ誤解をしている。誤りは正さねばならぬ。
「ありえませんよ! 自分より弱い人を好きになるなんて!」
「そうかな?」
「あまり関係ないと思うけど」
ないない、絶対ない!私があんな眼鏡大根を好きになるなんて!
最近背は抜かれたけど、ニキビ顔だしあいかわらず性格は悪いし戦法は姑息だし。
そして何より私に一度も勝ったことがない人にほだされるなんて私のプライドが許さない!
体温が高まり耳が熱くなってくる。
「ありえないですって! 仮に…… 仮にですよ?? 仮に彼が私と結ばれたいならせめて1勝ぐらいはしていただかないと!『春香ちゃん、自分に一度も勝ったことない人と付き合ってるの?』なんて言われたら私、耐えられません!」
「私、そこまでは聞いてないけどな……?」
「頭よさそうで頭わるいのがアキちゃんだからね……」
何やらひどいことを言われた気がしますが友人らの誤解は解けたはずです。
彼と将棋の話題はこれきりになり、私たちは週末のショッピングについて再び話し始めた。
結局話し合いでは解決しなかったのでじゃんけんの結果、高坂さんが勝ちイロンまで行くことになった。あそこまでチャリこぐのかー。めんどくさー。
帰り際、シュシュをほどいていつもの髪型に戻したとき、ふと彼の顔が浮かんだ。
そしてなぜか自分でも信じられない言葉が頭をよぎった。
「そろそろ一度ぐらい負かして欲しい」と。
ありえないことだ! 将棋指しが自らの敗北を願うなんて!
私は頭がおかしくなってるのかもしれない。
冷静さを取り戻すためシュシュを取って再びポニテにする。
友人らはその様子を不思議そうに眺めていた。
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