分岐器


 集会がお開きになって僕は一度ジャンク屋に戻り、そして暫くしてからまたあのビルへと向かっている。幹部ならばいつでも集会所に出入りしていいと聞いたので、ビルへの侵入自体でお咎めがあるわけでもない。その本当の目的が、叔父さんの痕跡を探す事でも。もし誰かがいたとしても、物色している時に誰かが来たとしても、忘れ物をしたとでも言えばごまかせるだろう。


 ドアの前で少し耳を澄ますが、中に誰かいる様子はない。しめた、とドアを開けるが、中には鉄子と鉄ちゃんがいた。この物静かな二人であれば外から人の気配が感じ取れなくても仕方がない。


「君達まだ居たんだ」

「うん。会長と話す約束してた」

「でも会長他の用を先に片付けるって。だから待ってた」

「そっか、じゃあ僕がいちゃお邪魔だね。忘れ物取りに来ただけだから…すぐ帰るね」


 人がいるのでは目的が果たせないので滞在する意味もない。僕は何もない椅子の上から何かを取る素振りをして、そそくさと立ち去ろうとした。しかしそこで、嬢の言葉を思い出した。


『私も気にかけてるけど、いつもあんな感じで。悪い子達じゃないから嫌わないであげて』


 きっとこの子達はいつも二人でいて、周りから孤立しているのだろう。放っておけない。そう思った。


「会長が来るまでなら、ちょっと話してもいいかな」

「うん」


 僕は少しほっとした。拒絶される可能性もあったが、そこまで他人を拒絶したいわけでなく、自分達から積極的にかかわらないが来るものは拒まない程度なのだろう。


「君達って電車が好きなんだよね。具体的にはどんな感じ?」


 我ながら随分曖昧で大雑把な話題を振ってしまったと思ったが、僕自身も人に関わる事が得意というものじゃないので、不自然な語り掛けは仕方ない。二人が少しでも乗ってくれる事を祈る。


「…電車好きは色々ある」

「撮り鉄、乗り鉄…とか。僕たちは車両鉄。車両の特徴を知る事が好き」

「そっか」


 とりあえず、二人は話を返してくれた。このままもう少し踏み込もうと、次の質問を投げかける。


「じゃあ、好きな車両とかは」

「どうしてそんな事聞くの。興味ないでしょ旦那」

「えっ」


 ピシャリと言い放たれる。見透かされていた。でも、僕が電車を好きかだとか以前に、僕には僕で、それを知りたい理由がある。僕はジャンクを集めていた叔父さんの影響でジャンクが好きになり、そしてジャンクの話をしている時の楽しそうな叔父さんが好きだった。そんな過去で、好きなものを共有できるのが何よりも悦ばしいという事は、よく理解しているから。


「君達が好きなもの、僕も知りたいから。好きなものを話してる人が好きなんだ」


 そう言うと、二人はお互いを見合って少し黙り込む。やがてポツリとつぶやく。


「旦那、会長みたいだね…」

「そ、そう…?」

「そう。同じ事言われた」


 あの人と同じと言われると複雑だけれど、結果的にそれが心を開くきっかけになったのか、二人は徐々に自身達の事を話してくれた。E231系という車両が好きな事。二人は留学生であり、溝足という学校の生徒である事。師匠と呼ばれる人と出会い、その人の影響で電車を好きになり狂餐会にも加わったが、一年前に電車に轢かれて死んでしまった事。しかし、どんな話をしている間も相変わらず二人の表情の変化は乏しかった。


「今度暇な時にでも一緒に電車乗ってどっか行かない?僕この辺のこと何も知らないから教えてほしいな」


 そんな提案をすれば、二人はまたお互いを見合う。他人と関わるのが苦手な子に対して踏み込み過ぎたかと思ったが、表情から困惑が見て取れるものの、拒絶の意志は感じられない。それならばこの間は何なのだろう、と僕も黙って見守る。


「今度…は…」

「あ、君達学生だもんね?そんな暇なかったりする…?」

「ちがう…けど、えっと…考えさせて…」


 二人は踏ん切りがつかないように、答えを保留にした。それからは他愛のない会話をして、会長が来ないうちにビルを去ることにした。


「じゃあ、またね」

「Ĝis revido.」


 別れ際にそんな言葉をかけられた。そういえば、二人がどこの国から来たのかまでは聞いておらず、何語だろうかと思ったが、またあった時にでも聞こう。



「君。ちょっといいかな」


 ビルを出た所で、近くの交番にいた警官に声をかけられた。それは昨日メイドさんを追いかけていた警官だった。


「見かけない顔だけど、ここから出てきたって事は狂餐会?」

「はい。昨日こっちに来て…捕まりました」

「それはご愁傷様」


 その言いぶりからするに、この人も高橋さんと同じように狂餐会をあまり良くないものとして捉えているのだろう。


「まあ何かあったら話に来なさい。俺はそこの署の巡査だから、いつでも来るといいよ」

「ありがとうございます」


 そのうちにでも警察に話を聞きに行くつもりだったし、丁度いい機会なので尋ねてみる事にする。


「…じゃあ、聞いていいですか。この近くのジャンク屋の店主が行方不明になった件、何か分かりますか。僕店主の甥なんです」

「旦那か…。それに関しては既に報告を受けているが、力にはなれそうもないね。警察は捜索願が出た行方不明者を全員探し出すような余裕はないからね。緊急性のない大人の失踪人は特に」

「そうですか…」


 確かにその通りだ。叔父さんは綺麗にその身だけを晦ませていて、事件性が証明できない限りは警察も動いてはくれないだろう。やはり僕がなんとかするしかないんだと、一層強く意志を決めた。


「ああ。このあたり妙な事件多いから、君も気をつけなさい」

「何かあったんですか?」

「殺人。六年前から一年おきくらいに、今まで六人の遺体が見つかってる。必ず首が切られていて、他に体の一部が喪失していたり。どれも身元が分からないんだ」


 巡査はそこで一息つき、静かに、しかしどこか嫌悪感を帯びた顔で続ける。


「なんて。いくら損壊が激しくても身元が分からない事はそうない。「そういう事」にされてるんだ」


 というのは、つまり警察が犯人を庇って意図的に事実を隠している、なんて意味だろうか。


「これ、事件の記事のコピー。あげるよ」


 巡査は一度交番に戻ってから、6枚の新聞の切り抜きのコピーを持ってきて僕に渡してくれた。それぞれにこの街で遺体が発見されたという事件が書き記されている。


 一枚目。六年前の三月、路上で遺体が見つかった。頭部が切断されていて、身元が不明。若い女性とみられている。

 二枚目。五年前の一月、頭部が切断され、更に内臓を抜き取られた身元不明の若い女性の遺体が見つかる。その類似点から一年前と同一犯による犯行だと考えられた。

 三枚目。四年前の五月、頭部が無い上半身のみの遺体が発見される。その他損傷が激しく性別・身元が不明。十代後半から二十代前半と思われる。

 四枚目。三年前の四月、頭部と臀部の無い遺体が見つかる。身元不明、十代男性と思われる。

 五枚目。二年前の八月、頭部と両足の無い遺体が見つかる。身元不明、若い男性とみられる。

 六枚目。一年前の十二月、頭部と胸部の無い遺体が見つかる。身元不明、若い女性とみられる。


 軽く読むとそんな旨の記事だった。およそ一年おきに人を殺している点ではシリアルキラーと呼ばれるような犯人だ。目的も不明で、頭部への異様な執着が読み取れる。


「最近じゃ不審火まで増えるようになったし。そうでなくとも度々行方不明者出るから、正直言うと君の叔父さんも何かしらに巻き込まれた可能性も無くは無いな」

「そうじゃないと良いんですけど…治安悪いんですね…」

「どこの集団のせいだろうね」


 それは暗に狂餐会の事を指しているのだと自然に理解した。巡査も狂餐会の事を怪しんでいる。それだけなら良かったのだが。


「君も分かってるだろう。奴らに深入りするんじゃない」

「巡査さんも、よくご存じのようですけど」

「俺はギリギリの所から眺めるのを愉しんでるだけさ」


 この人も、あまりまともじゃない。思考はそう結論付けた。


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