一笑

狂餐会


「いてて…ソファーで寝ると体痛いや…」


 慣れない長旅の疲れのせいか、起きた時には12時間以上が経っていた。ソファーから身を起こし、体を解しているとふいにドアが開かれる。現れたのは会長だった。


「おはよう旦那」


 会長はごく自然に挨拶をしてくれるが、それ自体が不自然だった。昨日、僕は店の鍵を閉めてから就寝したはずだ。


「おはようございます…あの、鍵かけてなかったですか?」

「鍵開いてたよ。不用心だなあ」


 手首の赤いブレスレットに触れながら白々しく言う。そこを追究するのも無意味だろうと、ここにやって来た理由の方を尋ねる事にした。


「それで、何かご用ですか?まだ店は開けない状態ですけど…」

「今日はジャンクに用は無くて。ちょっと時間くれないかな?臨時集会をするよ。旦那の紹介をするから。ついてきて」


 集会。狂餐会の面々に対峙できるならば、断る理由もない。僕は大人しく会長に従う事にした。




 ついて行った先は二階建ての小さめのビル。その一階の部屋へ通された。


「ここにいるのはみんな幹部だよ。会員自体はもっとたくさんいるけど」


 中には嬢と会長を含めた8人の男女と、椅子の上に決して可愛いとはいいがたいぬいぐるみが置かれていた。よく見れば、一人の女性は見覚えがあるような気がして、記憶を辿る。


「あっ、メイドさん?」

「あ?あんたか。そうでーす。メイドさんでーす。昨日はどうも」


 昨日僕に話しかけてきた時とは別人のように、タバコをふかしつつ無表情で淡々と答える。


「…昨日とだいぶ雰囲気が違いますね」

「当たり前じゃん。あんなキャピってるの素でやれないっしょ」


 仕事上のキャラ作りでやっていたとしても、ここまでの差があるならば、もしこのメイドさん目当てで通っているような常連がこの姿を見れば卒倒しかねないだろう。


「会長。言ってた新入りってこれ?」

「そう。旦那だよ。旦那の甥なんだって。いなくなった旦那の代わりに入ってもらったんだ」


 メイドさんが会長に尋ねたが、次にそれとは関係ない所から声が上がった。


「おまっ…!」


 その場所は、ぬいぐるみが置かれた一つの椅子だった。


「なに?教授」

「…いや、こっちの問題だ。手元狂ってミスった」

「なにやってんのよ」


 嬢は何の疑問も無くぬいぐるみに話しかけているが、発声するぬいぐるみなど僕には到底見慣れないものだったので触れざるを得ない。


「このぬいぐるみ喋るの…?」

「教授よ。研究に忙しいとかって滅多に出てこないの」

「音声参加してるからいいだろ」


 なるほど、ぬいぐるみの中に通信装置が埋め込まれているのだと理解したが、もう一つ気になる点に気づいてしまった。教授と呼ばれる声が、高橋さんに似ている事を。しかし嬢が言っていた『狂餐会は名前で呼び合わない』事を思い出し、名前を確認するのは避けて、もう一度声を確認しようと他愛無い質問を投げかけた。


「教授は何を研究してるんですか」

「ドラえもん作ってんだよ」

「ドラ…」


 本気で言っているのか、はぐらかされているのか。その判断はつかないが、声の主が間違いなく高橋さんである確信は得た。狂餐会と関わるなと忠告してきた高橋さんが狂餐会の一員だった事は疑問だが、それをこの場で話すのは憚られる。今後の機会で尋ねるべきだろう。


「嬢と教授って仲いいの?」

「まあね。私も研究者だし。畑は違うけどたまに手伝いしてるし」


 正直に言うと、嬢のその奇抜な外見からは白衣を着ているだけのコスプレに見えてしまうが、ちゃんとその白衣に見合う生業はしているんだなと納得がいった。


「そうなんだ…。嬢は何やってるの?」

「不老とクローン」

「そんなすごい事してるの!?」

「別に。私の趣味でやってるわけじゃないわ。どっかのお偉いの依頼よ」


 僕は心底感心したのだが、嬢は冷淡かつ不服そうに呟いた。


「それに、不老もクローンも技術だけは既に確立されてるのよ。ただ、今生きてる人間には適応できないだけ。不老化は遺伝子情報をいじくるわけだから、今の所じゃ後天的な不老化は不可能。だから不老化させた自身のクローンを作って、そこに移植するって話をしてるの」

「えっ…人間のクローンって禁止されてるはずじゃ」

「そうね。でもお偉いさんたちならそんなものひねりつぶせるのよ。私だって倫理的な問題で技術を否定するなんて馬鹿らしいと思ってるから、それは別にいいのよ」


 嬢は普通の娘ではないと感じていたが、いよいよその片鱗が見えてきた。しかしそれよりも、僕が個人的に気になった点を次に聞いてみる。


「じゃあ、移植っていうのは」

「もちろん、同一人格を保持するために脳味噌を移すの。まあ記憶が脳にあるって前提はどうかと思うけど」

「違うの?」

「脳以外の臓器を移植した人間に、提供者の趣味嗜好記憶が移った事例もあるから」


 なるほど。そんな話は何となく耳にした覚えがある。嫌いな物が食べれるようになっただとか、性格が変わってしまっただとか。


「でも、成金達の欲望に付き合うのも馬鹿らしくなって。さっさと切り上げて好きな事やりたいわ」

「嬢の好きなものって?」

「ケモ耳。人間にケモ耳生やしたいの」

「それって、萌え系によくある猫耳とか…?」

「そう、そうよ!あんた一番に猫耳を出すあたり分かってるわね!ケモ耳愛好会入る?良いわよね猫耳!特に黒、黒猫耳が至高だわ!もちろん犬耳も兎耳もいいのだけど!ツンデレ、貧乳、妹、幼なじみ、委員長…その他萌え属性は数あれどケモ耳は存在しない。無いなら作ればいいのよ!私なら作れるわ!」


 何かのスイッチがはいったようで、恍惚の表情を浮かべながら一息に捲し立てるような早口で言う嬢。


「ま、待って嬢…落ち着いて」

「……。私はいたって冷静よ」


 僕が水を差してみると、嬢はハッとしてから照れ臭そうに白衣の袖を握った。


「あんた、それより他の連中とも話してみたら?先生はいい人だから。媚び売っとくと良いわよ」

「はは。そんな言い方されると困るな」


 嬢は眼鏡の男性を指し示す。その人は苦笑いをしながらこちらへ語りかけてくれた。


「僕は先生と呼ばれているよ。このビルの近くにある病院に勤めている医者だよ」

「よろしくお願いします」

「ふふ。旦那に似ているけど君は素直そうだね」


 それの言葉には叔父さんが「素直ではない」という含みがあるが、実際そうであるし、それをよく分かっているこの先生も叔父さんと親交があった証拠だ。


「そうそう。僕の家は郊外にあるから、立地は悪いけど旦那も暇があれば遊びにおいで。僕は料理が趣味でね。ぜひご馳走したいんだ」

「やめといた方が良いよ。この人ゲテモノ食いだから」

「メイドさんだって食べてるじゃないか。僕の料理」

「そりゃ食べるでしょ。自分ちのご飯なんだから。好き好むかって話だよ」


 先生の話にメイドさんが反応して、そんなやり取りを交わす。その中でメイドさんの「自分の家」という言葉が引っかかった。


「お二人って一緒に住んでるんですか?」

「先生んちは本業のメイド。メイド喫茶は趣味」

「でも料理は先生がするんですね」

「…あたしは掃除が得意だし。メイドだからって何でもでき…するわけじゃないし」


 僕が素直に思ったままを尋ねるとメイドさんはバツがわるそうに呟いた。気にしている事を指摘してしまったのだろう。多分、料理が壊滅的に下手だとか。


「まあね、僕は料理が趣味で掃除が苦手。メイドさんとは上手く補い合ってるんだよ」


 優しくフォローをする先生がメイドさんに向けるまなざしは慈愛にあふれていて、この二人の仲は深いものなのかもしれないと感じたが、あえてそこに触れる必要もないし野暮であろうと考えて何も言わない事にした。


「ところで先生のゲテモノ食いって、どういうものですか」

「ああ。いや、メイドさんがそう言ってるけど、僕はただ珍しい食材に興味があるだけだよ。ヘビ、カエル、ワニ、トド…蜂の子、サソリとか虫も色々」


 僕も牛豚鶏以外では馬肉や猪、鴨くらいは食べた事があるものの、流石にそのラインナップは一度も口にしたことがないものばかり。


「そんなに色々…すごいですね」

「味を知らないものって食べてみたくならないかい?」

「いえ…ちょっと怖いかな…」

「そっか。僕は好奇心が先を行くんだ。こうやって医者にならなかったら料理人になっていたかもね」


 そこで、何者かに服の裾を引っ張られる感覚がして振り返る。


「なあ旦那。俺とも話してくれよ」

「え、はい」


 嬢の隣にいた青年は大きく伸びをしながらこちらへ体を向けてきた。そして咳払いをする。


「俺プロデューサー。ネット声優のプロデューサーやってまーす」

「ネット声優?」

「赤木やいこ、橙山ゆうか、黄野はおと、緑川ひなた、青森やまと、藍良レイナ」


 声優という職業はわかるが、そこにネットという単語が付くものは聞き覚えがない。聞き返してみると、プロデューサーがつらつらと名前を呼びあげるが一つもピンとくるものが無かった。


「知らないって顔してるなー?」

「すいません、勉強不足で」

「いいよいいよ。ま、その声優たち全部俺なんだけどな」

「えっ?」


 プロデューサーの言葉が一瞬理解できずに、思わず素っ頓狂な声が出る。


「こんにちは。やいこだよ」

「えーっと、こんなふうに」

「色んな声を使い分けられちゃうんだよね、俺」


 プロデューサーの声は一息毎に、かわいい女の子の声、落ち着いた女性の声、少年とも女性ともとれる中性的な声と、性別すら超越した別人の声に変わる。


「すごいですね…」

「だろー?もっと褒めていいぞー!」


 プロデューサーはお調子者なのか単純な人なのか、上機嫌にニコニコとしている。そんな人好きのする笑顔を見せるものだから、僕は魅力的な人だなという印象を持った。


「だから俺の事務所所属、かっことういう名目になってるかっこ閉じ、の声優たちは顔出ししてないんだ」


 プロデューサーがそう言った所で、嬢が割り込んできた。


「あんたねえ。旦那からかうんじゃないわよ…悪趣味ね」

「お前に言われたくねえよなあ」


 僕に関係ある事を言っているようで、僕には何の事か理解できないやり取りを交わす二人。それを見つめていると、プロデューサーがこちらに視線を戻して、僕が不思議に思っていたのを察したようで、ニヤリと笑った。


「こっちの話ー」

「私の声使わないでよ気味悪い」


 プロデューサーは嬢の声を使い、嬢はそれを咎めた。この二人はあまり仲が良くないのかもしれない。


「はあ。まあいいわ。旦那こんな変人の相手するくらいならあっち気にかけてあげて。ねえ、鉄ズ!あんた達も旦那に自己紹介しなさい」


 嬢が呼びかけたのは壁側で何かを話していた金髪の高校生と思しき少年と少女。雰囲気が似ているので兄弟か双子かもしれないし、加えてその見た目からするに外国人かハーフか、恐らく純血の日本人ではないだろう。二人は会話を止め、おずおずと遠慮気味に近づいてきた。


「こんにちは。僕は鉄ちゃん。電車が好きだから」

「こんにちは。私は鉄子。電車が好きだから」


 二人は呼び方以外は同じ文言で淡々と自己紹介をした。


「僕は旦那。よろしく」

「知ってる。でもよろしくしなくていい」

「ほっといてくれていい」

「え、あ…そっか」


 僕も自己紹介をするがそっけなく返され、あとは壁際に戻ってまた二人だけの世界に入ってしまった。人と接するのが苦手な子達なのかもしれない。


「もう、相変わらずね。私も気にかけてるんだけどね、いつもあんな感じ。悪い子達じゃないから嫌わないであげて」

「うん。わかってるよ」


 僕は最後に一人、まだ話していない人の事が気になり、そちらへと歩んでいく。部屋の隅の方で誰とも接する事なく佇んでいた青年。声をかけてみると、平凡で簡素なスーツという、特に何の変哲もないような姿からは想定しえなかった、異様な第一声を放った。


「僕はモブ。君ってモブにも話しかけるタイプなんだね」

「えっ、モブ…さん?」

「そう」


 嬢のように派手な見た目でそれに見合った人間性ならば、それも彼女の個性だと思えるが、その人は普通の見た目でモブを自称するものだから逆に異質さが際立ってしまう。いやしかし、モブを自称する為にあえて普遍的な風貌でいるのかもしれないし、個性を押しつぶしているからこそモブという呼び名を与えられたのかもしれない。


「モブさんはどうして狂餐会に?」

「…モブキャラが自分の事を語るなんておかしいでしょ?僕は背景の一部だから。その人生に、経歴に、理由なんてない」

「…そう…ですか…」


 この人は恐ろしいまでに『モブキャラクター』である事を徹底している。モブさんは最早この中で一番の曲者かもしれない。そんな事を考えているうちに、会長がこちらへ声をかけてきた。


「うん。皆とあいさつ終わったみたいだね」

「あの…狂餐会って、名前を呼ばない以外にルールとかあるんですか」


 僕は、ある意味核心に迫る質問を会長へ投げかけた。何も知らない、まるで初めてのゲームのルールを聞く初心者のように。


「特にないよ」

「じゃあ、名前を呼ばない意図ってなんなんですか」

「大した意味はないかな。強いて言えば無暗に個人情報を晒すのもね…って」


 そのやり取りの間、会長は嘘を付いていた。




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